第8話 石の上にもなんとやら
中央管理機関は聞き込みを行う際、必ず距離を取ることを義務付けられている。
それは術法を使用したものと対峙する場合に、素早く効果範囲から逃れるためである。
一般流通をしているコードは安全装置が組み込まれているため、意図しない連続使用は自動で停止するようになっているが、改造したコードや自然発生した未登録のコードの場合はそうした対処ができない。
だからこそ、距離を取ることで予防することが必須なのだ。
そうしなければ…
「ぎゃぁあああああ!!」
この男のように、フリスビーよろしく横回転で吹き飛ぶことになるのだから。
*
「ぐぇ!あが!ばぎゃぎゃぎゃ!」
地面を三回ほど跳ねた後にゴロゴロと転がり、電柱に思い切りぶつかった。
「いってぇ……お嬢、あれビンゴだよな」
痛みで背中をさすりながら、腕に着けたシンクロブレスで通話をかける。
『反応が急激に増大した……間違いないわね』
物陰で隠れている紫織が答える。
怪しいと思い近づいた黒いローブの人影は、その中から波打つようにうねる巨大な手を出してこちらを投げ飛ばしてきた。
これまでにも何度か見てきたが、この魔力反応と姿、そして人並外れた怪力は間違いない。
「【エヴォルバグ】だっけ、コードを使いすぎて体が強制的に変化しちゃう奴」
『その通り。よく覚えてたわね』
「実際に戦った相手だから流石にな。でも変身する様子を見るのは初めてだぞ」
膝を支えに体を起こし、地面と擦れた体を軽くはたく。
目の前の黒いローブの人影は、食い破るようにその中身をあらわにする。
「ギギ、ジャマ、スルナ」
現れたのは石の怪人だった。
大理石のように滑らかで白く輝く表面と、内側から人の皮を破って悪魔が飛び出ようとするような見た目。
一つの芸術作品と見紛うが、それは人が変化したものと考えると悍ましさを感じる。
「ゲイジュツヲケガスモノメ…!」
男か女か判別できない声を発している。
正体を隠すためかはわからないが、少なくとも特徴を捉えることはできないものだ。
「人様の石像勝手に作っといてよく言うじゃねぇか。六法全書で肖像権調べてから出直せっての」
「セントラルノイヌガホザクナ!」
「いぬぅ!?どっちかっていうと俺ちゃんはねず」
セリフを言い終わる前に、エヴォルバグはこちらへと腕を大きく振りかぶって走り寄ってくる。
「みぃ!」
寸でのところで身を仰け反り、何とか攻撃を避けた。
「ジャマダァ!」
すぐに追撃が来る。
エヴォルバグが一瞬手を広げたかと思えば、次の瞬間には周囲に無数の石像が出現していた。
石像は目の前のエヴォルバグと同じ姿をしており、ぱっと見ではどこにいるかがわからなくなるほどの完成度だ。
(おいおい、これがアイツのコードの能力か?デコイ作るだけってわけじゃなさそうだが…)
警戒体制を取りながらすぐにその場を離れようとする。
「!?」
しかし、その行動はもう一人のエヴォルバグによって防がれた。
羽交い絞めにされて触れる肌には冷たい感触があり、生き物の熱は一切感じなかった。
「出した石像を動かせるのか……!」
そう思ったのもつかの間、正面から拳が顔に向かって飛んでくる。
「っぶねぇ!」
来ていた上着を脱ぐことで拘束から脱出し、そのままパンチを繰り出してきたエヴォルバグに向かいアッパーを叩き込む。
「喰らいやがれっ!」
エヴォルバグの顎に放たれた一撃は相手をよろつかせ、その一瞬の隙に包囲網を抜けて距離を取る。
「っっっっってぇ!骨砕けるわ!」
『石を思いっきり殴ればそうなるわよ』
「今後絶対エヴォルバグにはパンチしない…!」
ジンジンと痛む拳を抑えながら、広場の端へと迫りくる石像たちの猛攻を掻い潜る。
動き自体は遅いものの、なにぶん数が多い。
また拘束されれば恐らく命の保証はできないだろう。
飛びかかってくるものはその下へ飛び込むように避け、取り囲もうとするものはその頭上を飛び、辛うじて回避を続ける。
だが次第に逃げ場はなくなっていき、広場の端へと追い詰められてしまう。
「げっ!行き止まり!」
「オイツメタゾ。ツギハカクレテルソコノヤツダ」
「!?」
隠れていた紫織のこともバレている。
このままでは紫織のお嬢はともかく、俺ちゃんがタコ殴りのサンドバック状態で明け方には現代アートのごとく広場で擦っ転がっていることだろう。
『人払い完了、もういけるわ!』
紫織からの通信が入る。
この通信を待っていた。
すぐさま腰のホルダーからコードの刻まれたシリンダー、シンクロレコードを取り出して歯車のついた部分を押し込む。
「よっしゃぁ!」
通信を合図に、壁をけって大きく上空に飛び上がる。
それを追うように石像たちも飛び上がり、蠢く山と化して捕えようと手を伸ばす。
「共鳴武装!」
[【窮鼠】・シンクロアップ]
石像に包まれながら、レコードをシンクロブレスに差し込み竜頭を押す。
石の球体となって宙に浮くその隙間から、銀色の光が激しく漏れ出す。
「装着…」
「…完了!」
はじける様に拘束を解き、中から鋼の鎧を身にまとった鬼の侍が飛び出した。
「!?」
石像エヴォルバグは突然のことに驚いたのか、宙を見上げて唖然としている。
「よっとと、危うく塊なんたらになるところだったぜ」
「オマエ、タダノキョクインジャナイナ!ナニモノダ!」
「俺ちゃん?俺ちゃんは神g」
『バカ!本名名乗ってどうすんの!』
変身するのにも制約がある。
局長の承認を受けた状態でなければ変身できないとか、一目のつくところで変身してはいけないとか、基本的には正体を隠せとの話だ。
保安上の規則らしいので従うのだが、どうにも未だに慣れない。
「俺ちゃんは…えーと……」
ふと、少し前のニュースで自分が写ったことを思い出した。
確かショッピングモールに怪人と鬼が出たって見出しだったはず。
「…キジン。鬼の刃と書いて、鬼刃。かっこいいだろー!」
『安直じゃない?』
「うるへー」
ブレスを操作し、武器を取り出す。
[サモン・SCW-006 共鳴刀:鳴銀]
ガイド音声と共に、巨大な刀を取り出す。
「ンじゃぁ、やりますか」
一刀、横なぎを前方に放つ。
(バカンッ!!)
迫ってきていた石像が、一瞬のうちに胴と足の二つに分かれた。
「公務執行妨害ってやつだ。お縄だぜ、コノヤロー」
*
舞のような光景だった。
月夜に照らされて、剣と共に広場を駆ける。
今までモニター越しに見ている光景は、ここまで壮絶なものだったのかと息を呑む。
「オラオラどうしたぁ!おかわりも尽きてきたか!」
次々と湧いて出てくる石像を、次々となぎ倒していく。
「こうしてみると無茶苦茶ね」
私は計器を片手に、戦いを物陰から眺めていた。
大振りで、常にギリギリで攻撃と回避を行うスタイル。
まるで見栄を張った舞台を見ている感覚になり、こっちまで冷や冷やする。
これで当の本人は余裕そうな顔なのがまた困り者だ。
「ふざけてないで早く決めなさい!」
『わかってらぁ!』
白陽は一歩下がり、ブレスに刺さったレコードを鳴銀に差し換える。
[【窮鼠】・オーバーシンクロ]
ガイド音声が鳴り、刀身が白く淡い光を放つ。
「これで終わりだぁぁあああ!!!!」
力強く地面をけり、石像エヴォルバグに向かって突っ込む。
「ググッ!」
振り上げた刀がまっすぐ降ろされ、石像エヴォルバグを断ち切ろうとした瞬間。
(ガキンッ!)
突如として表れた壁に阻まれた。
壁には壁画のような、見事な彫刻が彫り込まれている。
「なっ…!」
こちらが呆気にとられているところに、石像エヴォルバグたちがその壁へと変化して視界を遮る。
そして数秒後に壁が消えたころには、エヴォルバグの姿はどこにも見えなくなっていた。
「……やられた」
向こうの目的がこちらの「撃退」ではなく「撤退」であることを見抜けなかった。
達成できた目標を逃したことで、眉間を抑える。
「すまねぇ、逃がしちまった」
肩を落とした白陽が、変身を解除しながら戻ってきた。
「また捕まえればいいわよ。それよりもそっちは大丈夫?」
「五体満足だよ。まさか壁も出せるとは思わなかった」
少し周りを見回して、人払いのコードがまだ機能していることを確認してから広場の中心へと向かう。
「認識阻害とかこの人払いもそうだけど、起動に時間がかかるのが難点ね」
計器を再び起動するも、先ほどのエヴォルバグの痕跡は後を追えなくなっていた。
何処かで怪人化を解いてから逃げたのだろうか、魔力の痕跡が途中でプッツリと切れている。
「…一度出直すしかないわね」
相手の能力も、正体も、確証を何一つ得られないまま、私たちはその場を後にするしかなかった。
~続く~




