第2話 最低な始まり
「今度俺に売ってくれよょ! 正直お前が男とか女とか関係ない! 挿れさせろ! 掘らせろ!」
朝、解体現場に付いたばかりのマキアに対して投げかけられた一言目は、同業者からの耳を疑うような言葉だった。
マキアは端的に換言すると顔がいいので、低賃金で働き欲求のはけ口の無い同業者に面倒をかけられることは多々ある。そんなこんななので対応にも慣れていた。
「500万リル持ってきて来たら考えてやるよ」
「そんな稼ぎねぇって!」
「じゃあ稼ぐんだな」
作業着姿のマキアは軽くあしらうと仕事に入る。
今日も今日とて討伐されたマガツモノの死体処理。閉鎖空間に転がる死体、死体……それから死体を解体してトラックに詰め込んでいく。今日はいつもよりも数が多く、色々と苦労しそうだ。
(小型が十四……中型が四……それから)
現場に散乱する死体を数えているとセルバンが突然マキアの肩に手を置く。
「それから大型が一体だ。長丁場になるぞ~」
大型個体の処理はマキアでもあまり経験したことがない。大型は解体した際に得られる素材が多く、『核』を内包している可能性が高い。基本的には駆除依頼を出している企業が直接解体するか、個人で討伐している者ならば伝手のある解体業者に頼んで素材にしてもらう。
そうしないと、マキアのように『核』を盗む者がいるかもしれない。
企業が解体する場合はマガツモノの素材を安く仕入れることができるし、個人で討伐している者ならば解体業者から多額の報酬を受けることができる。そのため大型の解体依頼というのはまずないのだが、今回はマキアたちに回ってきた。
都市管轄の案件だと民間業者に仕事を渡すためにあえて処理しない、ということがある。今回がその一例だった。
「これ……今日中に終わらないだろ」
大型を一件仕留めるのも大変なのに、中型、小型の数が多い。とても今日中に終わらせられる量じゃない。
マキアが所属している解体業者はそれなりの大手ではあるが、他の現場も担当していることや事故などで欠員がでる関係上、人手が十分に集まることは少ない。昨日の現場もそうだが慢性的に人手不足だ。
「ま、とりあえずの優先事項は大型の処理からだ。マキア、午前は中型の処理に回ってろ」
「ああ、わかった」
解体を依頼した都市側も今日中に終わるとは思っていない。大型や中型の処理を現場で行い、残った小型の処理はトラックに乗せて別の解体場まで連れて行くかして処理するかしてどうにかする。
それか、素材の優先度が低い個体は解体せずにおいていくか。
どうせ夜になればマガツモノが勝手に来て死体を処理してくれるため。腐敗による異臭や感染症の心配は無い。つまり、小型の処理は後回してもよく、取り合えず大型と特定の中型個体の解体に注力していればいい。
(それにしても……)
解体予定の中型個体へと足を進ませながら周りを見渡しているといつもと違う光景が目に入る。
(あれは……護衛か?)
解体現場の付近に銃を持ったまま周囲を見渡す男たちがいた。都市が定める規則では安全区域にいる場合でも地下での解体作業をする場合、万が一に備え銃を持った警備兵を待機させておかなければならない。
今回の現場はその規則に該当するため警備兵を立てさせていた。
しかし。
「ただのかかしか」
彼らが持っている豆鉄砲ではマガツモノを殺せない。せいぜい小型の個体を足止めるすることで精一杯だ。銃でマガツモノを相手にしようとしたら銃器タイプの禍具を使うか高い金を払ってエネルギー弾などが搭載された、高性能な銃を使う必要がある。
彼らが持っている銃は人こそ殺せるが、マガツモノの相手はできない。
都市の規則を守るためだけに立っている『かかし』だ。一応、センサーの類が設置されていてさらに地下へと繋がる道をマガツモノが上って来た場合、すぐに分かるようになっているが、完璧に安全とは言えない。
(いや、かかしより酷いかもしれない)
警備している者の中に見知った人物を発見した。つまり解体業者が銃を持って突っ立ているだけだ。マガツモノを見た瞬間に銃を投げ捨てて逃げるだろう。かかしは逃げないで囮になってくれる分、彼らよりマシだ。
「まずは内蔵からか……」
中型個体の前で立ち止まったマキアが解体用ナイフを取り出す。解体業者から支給される装備は重機やチェーンソーだけであり、必須の作業服は買わなければならない。
その他にもガスマスクや解体用のナイフなども支給品ではなく購入しなければならない物だ。常に金欠のマキアが解体用のナイフをわざわざ買う余裕はなく、基本的にはどこかで売っている安物を使う。
ただ安物は切れ味が悪いわすぐ壊れるわで一日と持たない。
安物であっても毎日買い替えるとなったら大きな出費だ。そのため、マキアの稼ぎにしては不釣り合いなほどに性能と値段が高い解体用ナイフを最近買った。今日もこれを使って解体を進めていく。
(うーん、今日もいい調子だ)
柔軟且つ分厚い、それでいて表面に脂がコーティングされている死体の皮膚を解体用ナイフはいとも容易く切り裂いていく。いつものならば数少ないチェーンソーを同僚と奪い合って腹を開けるところ、今相手しているマガツモノの皮膚と相性がいいのか、解体用ナイフ一本で切り開いていける。
「……ん?」
重機の音やチェーンソーの音に混じって異音が聞こえた気がした。だがすぐに作業へと戻る。
「まあいいか」
日常で起こった些細な変化も違和感も、日々の辛いことも境遇も、真面目に向き合っていたら頭がおかしくなる。『まあいいや』や『どうでもいいか』で思考を放り投げて深く考えないことが大事だ。
冷静に、真面目に、真剣に、今の自分の状況を向き合ったら悲惨すぎて目が合わせられない。
現実逃避も時には手段。
「おい! 昼休憩だ! 出ろ!」
拡声器越しに外から声が聞こえた。いつの間にか作業に熱中して中型の内臓の中へと入っていたマキアは顔だけを外に出す。
(もうこんな時間か)
集中しすぎると時間の感覚を失う。
(あと装甲だっけ)
マキアは解体用ナイフを懐に収めて昼休憩へと入った。
◆
昼休憩を終えた後、マキアは大型個体の解体に移っていた。マキアは主に内臓の担当だ。というよりここ最近は内蔵の担当しかしていない。胃から出てくる体の一部は見慣れたもので、どちらかというと胃液の方が危ない。
もし生身で触れれば容赦なく皮膚を溶かしてくる。
胃と小腸の取り扱いには注意だ。
それと指示されていない場所を勝手に解体するのも駄目。重機は人がいない箇所の解体を担当していることもあり、いないはずの人がいれば刃に巻き込まれる。基本的には指示された場所の解体を指定された時間内に終わらせて、早く終わったのなら中型の解体をやる。
大型は皮膚が硬く、肉が分厚いこともあって時間がかかることがほとんど。しかし今日に関してはやけに調子のいい解体用ナイフのおかげで肉の壁をすぐに切り開ける。
(おれの担当は終わり……)
指定された箇所の解体を一足先に終えたマキアが軽く背伸びをしながら外に出る。ベンズナイフを懐に仕舞い、途中まで進めていた中型の解体をしようと足を進めたところで、セルバンに呼び止められた。
「マキア! また重機が故障した! 整備しろ!」
マキアは返事を返さず「いいかげん新しいの買えよ」と文句を言いながら振り返ってセルバンのもとまで行く。
「エンジンが起動しねえ。直せるか」
「見てみないと分からないですね」
マキアはスラムの生まれで十分な教育を受けたわけではない。機械類のことは好きで独学で学んでいたから多少分かるだけで、専門的な人に比べると……いや比べることすらおこがましいほどに差がある。
特にエンジントラブルは修理に専門的な知識が求められることが多く、マキアが下手に触ると悪化させるかもしれない。
少し状態を確認して、修理できる確信があるんだったら直してみて、そうでなければセルバンから何か言われることを覚悟で、断るしかない。
マキアが重機に近づいて故障個所を確認しようとした時、後ろから叫び声が聞こえた。
「うぁああああ! 誰か! 剥がしてくれ!」
叫び声に現場全体がどよめいて、緊張感が走る。マキアもすぐに声のする方向に振り返って何が起きているのか視界に収めた。
一人の従業員の背中に芋虫のような生物が張り付いていた。
鉤爪の口で作業服を背中から食い破り、従業員の肉を抉り潜ろうとしている。
「誰か! 助けてくれ!」
他の従業員が尻尾の方を持って全力で引っ張るが背中に食いついたその生物は離れない。それどころか深く潜り、引き離そうとすれば鉤爪に挟まれた肉が引っ張られ千切れていく。
現場にはすぐに周辺で警備していた警備員が駆け付ける。
暴れ狂う従業員を強引に逆羽交い締めにして、小銃で背中に張り付いた化け物を、流れ弾に警戒しながら撃ち抜く。
弾丸が命中すると薄い皮膚が破裂し、白くねばついた体液がまき散らされる。
僅かに酸性を帯びた体液は小銃を溶かし、背中に張り付いた従業員の皮膚をさらに溶かす。
しかし構わず小銃の弾倉丸ごと使い切って完全に殺した。
マキアはその光景を動かず見ている。
(寄生虫か……運が悪かったな)
牛や豚、人間に寄生虫が寄生するように、マガツモノにもまた寄生虫が取り付いている。大型の個体となると体内にいる寄生虫の数、大きさも段違いに大きくなり、時には人間大の大きさになる。
今回の場合、寄生虫は宿主が死んだため新しい宿主として解体現場にいた従業員にとりついた。知能が低く本能のままに動くため、寄生の対象は目についた生物からだ。
人間にあれほど大きな寄生虫は寄生できない。
事実、体液によって溶けてはいるものの被害者となった従業員は背骨が露出するほどの負傷を負っていた。治療費を払えるようには見えないので、このまま死亡だろう。
「……南無三」
特に抑揚をつけることもなく、流れ作業のように手を合わせる。今更同僚の一人や二人死んだところで何も思わない。というか、仲よくし過ぎると死んだ際に気に病むから他人とは深く関わらないようにしていた。
手を軽く合わせたマキアの背中をセルバンが叩く。
「ったく、死にやがって。とっとと仕事に戻れ」
「ああ」
マキアが振り返って作業に戻ろうとしたところで、《《また後ろから叫び声が聞こえた》》。
またか、とマキアが振り返る。
寄生虫は同じ個所、同じ臓器に複数体いることが多い。無暗に近づいたせいで飛び出した寄生虫に取り付かれたのだろう。マキアはそう考えながら振り返ると、思っていた光景とは別の景色が広がっていた。
1.5メートルほどの大きさがある犬のような肉食獣が従業員の頭部を食いちぎっている。
一体だけではない、見える範囲で4体以上いる。
「マガツモノだ……」
マガツモノとしては小さい部類に入るが、あれでも人を殺すだけの力が十分にある。
後ろから聞こえる「逃げろぉおおお!」という声に従ってマキアはすぐに振り返って走り出す。なぜマガツモノがいるのかだとか、どこから入って来るのか、だとかの疑問はすべて投げ捨てた。
悲鳴や叫び声が後ろからは聞こえ、肉が引きちぎれる生々しい音も混じっている。
マガツモノの方が遥かに足が速い。
マキアがいる場所までマガツモノが来ていないということは後ろで犠牲になっている者達がいるということ。
———好都合
一切の同情を見せず、マキアは走り逃げる。しかし前を向いた時、マキアの視界には銃口が映っていた。前を走るセルバンがマキアに拳銃を向けている。
囮、犠牲、セルバンは自らがトラックに乗り込む時間を稼ぐために自らよりも早く走るマキアを撃とうとしていた。
引き金にかけた指が押し込まれ、銃口の内部が赤く灯った瞬間、マキアの周りの時間が停滞した。走馬灯……とはまた違うが命の危機に瀕した時、稀に人は感覚が引き延ばされる。
あくまでも周りの世界がゆっくり見えるだけ。
撃ち込まれる銃弾を避けることはできないし、回避行動をとることはできない。ただ死を覚悟し、悲観的な予想に時間を使うだけ。通常ならばそうだが、マキアは違った。
地下都市で何度も銃口を向けられてきた経験が活きた。命の危機に瀕したことで一時的に超人的な集中力を発揮し、銃口の向きから弾道を予測した。撃ち込まれる弾丸の軌道が赤い線となって浮かび上がり、それを避けるようにして横に飛んだ。
直後、引き延ばされた感覚は元に戻り、消えていた周りの喧噪が煩いほど聞こえるようになる。
「あの野郎、足狙いやがった!」
マガツモノの死体の後ろに隠れたマキアは、走り去っていくセルバンたちの後ろ姿を見て吐き捨てる。セルバンが狙ったのは頭でも無く心臓でもない――足だ。囮にするという確固たる意志が見える行動。
「はぁ……はぁ……ったく」
今更走り出したところでトラックの元までたどり着くことはできない。何より、セルバンがいるせいでまともに近づけない。
つまり、安全区域から離れたこの場所に、マガツモノがいるこの場所に、一人残されたということ。
(どうする……)
幸いにもマガツモノは逃げ出した他の従業員を追っていたり、食べていたりしてマキアの存在に気がついていない。解体途中の死体が散乱しているおかげで障害物もある。
しかし安全区域までの道はトラックのエンジン音を追って行ったマガツモノが障害物となって立ちふさがっている。
もし通ろうとすればまず見つかる。
どうするべきか。
マキアは死体に背を預け、冷静に状況を分析する。




