第1話 下層の世界
「おい! こっちに人手と重機回してくれ! 中型の処理から先に終わらせるぞ!」
地中に存在する巨大な地下空間にはマガツモノの死体と、白い作業着を着た男達がいた。
取り付けているガスマスクは死体から発せられる有毒のガスを緩和するため、全身を隙間なく覆う作業服は死体処理の際に飛び散る酸性の血液から体を守るため。
地下空間で作業を行う彼らは『マガツモノ』と呼ばれる人類の敵を駆除———した後に残る死体の回収を専門に行う業者だ。
「うわ、腕出て来たぞ!」
「誰だよ、この現場に新人呼んだの」
「吐くな吐くな! 作業着が汚れるだろ!」
マガツモノは人間も含めあらゆる生物を食す。解体作業の途中に人間の腕や足、時には頭部だって出てくることも珍しくない。熟練の作業員には見慣れたものだが、新人には少々過激的な絵面だ。
基本的に現場に転がった死体は大型のマガツモノから処理、その後に中型、小型と解体しトラックに詰め込んでいく。ただ大型の処理は重機を使わなければならない上に危険も伴う。
新人は小型の担当からだ。
「マキア! チンタラやってんじゃねぇぞ!」
この現場の班長であるセルバンという男が、小型の解体処理を担当していたマキアという14歳から15歳程度の若者に急ぐよう命令する。
マキアは死体の内部に全身を入れ、現在作業中という看板を立てていた。セルバンの声を聞くとマキアは切り開かれた腹から顔を出す。
「今小腸ぶった切ってるんで、ちょっと待てますか?」
マキアは腕ほどの太さがある腸を手で弄んでいる。
「なんでお前がそんなことしてんだ」
「新人がダメになったので代わりにやってます」
「ったく、あいつか……まあいい。重機が軽く故障中だ。整備できるのが今お前しかいない」
「えぇ……アダンさんは」
「あいつなら、体内に残った不発弾が爆発して足吹き飛んだわ」
「それで重機がぶっ壊れたってことですか」
「ったりめーだ!」
基本的にマガツモノは現代兵器では殺せない。しかし足止めや部位の破壊、小型の処理程度ならば現代兵器でも通用する。
そのため討伐されたマガツモノの体内に弾丸や爆発物の破片が残っていることは珍しくなく、稀に不発弾が残っていることがある。重機で解体している時に運悪く刃で不発弾を傷つければマガツモノ専用に改造された高威力爆弾が爆発。
良くて四肢の欠損。悪くて全身が肉片となる。
今日はアダンという人物が重機の操縦・整備を担当するはずであったが、午前の仕事で運悪く足を吹き飛ばされてしまったらしい。
「南無三」
小腸から手を離し祈るマキアにセルバンが唾をまき散らしながら続けて言う。
「中型の処理が残ってる。今日中に終わらせられんのか?」
夜はマガツモノの動きが活発になる。人の管理が行き届いているとは言え、ここも地下であることに変わりはない。十全な監視設備や防衛設備が整えられているわけでもなく、何かある前にマキアたちは、仕事を終わらせなくてはならない。
「分かってますよ。こっちももうすぐで終わるので待っててください」
「できるだけ急げよ」
マガツモノの腹から出した頭にセルバンの拳骨が叩き込まれる。
「いたっ」
「残業になったら罰金だからな、内臓系は先片付けておく」
「はいはい」
しっしっ、と去っていくセルバンの背中に手をひらひらと振って追い払う。そして死体の陰に隠れて姿が見えなくなると、マキアはすぐに内臓の中へと潜る。小型のライトを照らしマガツモノの内臓を見た。
すでにほとんどを解体し何も残っていない。
しかしライトに反射し、光り輝く赤色の物体がそこにはあった。
「へへ。核持ちとはね」
非常に小さくビー玉程度しかない赤色の球体。これは稀にマガツモノの体内に存在する『核』と呼ばれる物体だ。
マキアは二年ほど解体処理係として働いてきたが、見るのはこれが初めて。
普段写真で見た物よりも遥かに小さいが、姿形を見る限り『核』で間違いない。
(さすがに報告は嫌だな)
基本的に解体したマガツモノの装甲や内臓、血液に至るまですべてトラックに詰め込まなくてはならない。
しかしせっかく見つけた核だ。
この程度の大きさであれば見つからずに持ち帰ることもできる。
「よーし。良い調子」
死体の中から身を抜き、軽く背伸びをする。その一連の動作が遠くにいたセルバンの視界に入り、マキアは休む間もなく名を呼ばれた。
「休んでねえでさっさとこい!」
「へいへい」
だらだらと肩を落としながらセルバンの元まで駆け寄ると、その際に巨大なクレーターが目に止まった。
クレーターの傍らには、爆圧に巻き込まれたとしか思えない損傷の激しい重機が転がっていた。クレーターはおそらく、アダンの足を吹き飛ばした爆発の余波で穿たれたものなのだろう。
「かなりでかい爆発だったんですね。おれ、昼は休憩所にいましたけど聞こえませんでしたよ」
クレーターの方を眺めながら呟いて近づくと、セルバンがそれを否定した。
「いや、これは俺らが解体に入る前からあったやつだ。アダンの足を吹き飛ばしたのはあっちの方にあるちっこい穴だ」
「……ああ、まあ、確かにそうですね」
深さが軽く3メートルはありそうなクレーターができるほどの爆発に巻き込まれれば、片足では済まない。
となると、このクレーターはマガツモノを討伐する際にできたものになる。
中型個体を足止めするために作ったクレーターか、高火力爆発物によるものか。あるいは……。
「こいつはおそらく……禍具持ちがいたんだろ」
ここは都市管轄の解体現場だからな、とセルバンは続けて説明した。
マキアは禍具と聞いて何かを考える素振りを見せて、それからセルバンの方を見る。
「おれ……禍具みたことないんですけど、セルバンさんどんなのか分かります?」
「俺だって知らねえよ。ただまあ、昔一度だけ現場で見たのは槍みたいなやつだったな」
通常兵器では太刀打ちできないマガツモノを殺すために作られたのが禍具と呼ばれる兵器だ。
その形状は槍、斧、剣──あるいは銃と、多岐にわたる。
しかし一様にして禍具は、マガツモノの素材……厳密には『核』から作られるという共通点を持つ。そして例外なく、核の質が高いほど禍具の性能は高くなる。
「って、サボってんじゃねえよ。さっさと修理しろ」
「えぇ。一緒になってクレーターみてたじゃないですか」
「うるせぇ」
「いだっ」
頭を叩かれたマキアは仕方なく仕事へと戻るのだった。
◆
「マキア、これが今日の分の給料だ」
日が暮れた頃、仕事を終えたマキアにセルバンから給料が手渡される。受け取るマキアはガスマスクをつけて作業着を着たままだ。セルバンたち正規の従業員はトラックに乗って解体した死体を工場に送る仕事があるので、これは仕方がない。できればもっと落ち着いた場所で渡して欲しいものだが。
血だらけの服を見てどうしたら汚さずに封筒を受け取れるかを考えながら、マキアはガスマスクだけ外した。
「今月は小型の処理が91件。中型処理補助が55件、重機の整備・修理が7件。よく働いてくれた。報酬は13万リム」
「そんなにもらえんのか!?」
「――から、作業着など備蓄支給の際の借金と別口の借金と利子」
「……」
「振込手数料と仲介手数料……その他諸々引いて……3万リムってところだ」
随分と薄くなった封筒を受け取って中を見る。
(すっくな……)
三枚の紙切れが入っているだけだ。
指で数えてみても、目を凝らしてみても、入っている数は変わらない。
「来月もまた来い」
落胆するマキアを無視してセルバンはトラックの方へと足を進ませる。マキアはその背中を一度見てから中指を立てた。
「何が振込手数料だ。手渡しだろ馬鹿」
マキアはイラついた気持ちを抑えられず封筒をくしゃくしゃにポケットの中に入れて、悪態をつくことしかできなかった。
◆
その夜、無事時間内に仕事を終えたマキアは自宅に帰っていた。自宅……とは言っても地下空間から地上にある家に帰ったのではなく、蟻の巣のように通路が伸びる地下都市の端にある部屋に帰って来ただけだ。
縦も横も狭い通路の両脇に扉が立ち並び、天井からぶら下がった電球がチカチカと通路の奥を照らす。マキアの部屋はその扉の内の一つ。
「疲れだー」
地上で暮してみたいと思いながら家に帰って来たマキアは、今日は月末ということもあり、いつもはタオルを濡らして体を拭いているだけのところ、シャワーを浴びた。
水は冷たい。
しかし体にこびりついた死体の悪臭は薄くなった気がする。
タオルで頭を拭きながらシャワー室から出た。出てすぐの横にはスラムで拾ってきた汚れだらけの鏡が立て掛けられている。鏡に映るマキアは、肩まで伸びた灰色の髪に薄っすらと蒼い目。顔は怖いぐらいに整っていて中性的な容姿をしていた。
しかしながら荒っぽい顔つきで、引き締まった筋肉質な体には切り傷や火傷跡が確かに残っている。
中性的ではあるが僅かに男よりの顔と体。
しかしマキアは自らを男だと証明することはできない。
なぜなら。
鏡に映る自分の体には性|器がないからだ。
「今は……男よりか」
鏡に映る自らの姿を見て呟く。
マガツモノに対抗するために人類は遺伝子操作を行いデザイナーズベイビーを作った。
一重に強化人種と呼ばれる彼らは圧倒的な身体能力をその身に秘めているが、子を成すことができないという特性を持っていた。それでも無理矢理子供を作ろうとすれば、奇形であったり障害を持っていたり、一様に短命であったが、成すことはできる。
産まれてきた子供の中には、性器を持たずに誕生する者もいたという。
むしろ、過酷な環境に適応するため、あえて性別を定めずに産まれ、成長の過程で周囲の環境に応じて男にも女にも変化する──そんな事例すらあった。
マキアは自分の親を一切知らない。
物心ついた頃からスラムで暮らしており、中性的な顔立ちをしていた。さらに、出会う人々や置かれる環境によって、身体が男寄りにも女寄りにも徐々に変化するという特異な性質を持っている。――つまり、そういうことなのだろう。
「まあいいか」
子供ながら体が大人よりも強いこと。風邪をひかないこと。
その推測を裏付ける根拠はいくらでもあるが、構っていられる状況ではない。
一日一日を生きるので精一杯なのだ。
日々の楽しみは一つしかない。
「さて……」
冷たい地面の上に引かれた布——もといベッドの上に寝転がって、型落ちの通信端末に目を向ける。
「……ったけぇ~」
通信端末の画面を見ながら笑う。
マキアが見ているのは武器のカタログだ。製造メーカーごとに分類され、様々な武器が並んでいる。ページの最初の方に並んでいる武器は対人用の銃器であるため、マキアが満額の給料を貰っていれば二か月ほどで買える値段だ。
しかし下の方へとページをスクロールしていくと――マキアにとって――天文学的な価格の武器がずらりと現れる。特に、高威力が求められる対マガツモノ用の装備となると一段と高い。
「……これ高すぎだろ、誰が買うんだよ」
こうして銃器のカタログを眺めるのがマキアの日課だ。絶対に手の届かない値段の武器を見て、欲しいと思いつつ笑ってその気持ちに区切りをつける。それを馬鹿みたいに高い武器を見るたびに繰り返すだけ。
意味はない。
高い家電を見て『もし使うならどこに置こう』とか考えて、でも結局値段を見て笑い飛ばす……そのような感覚だ。
マキアはそれを毎日の日課にしていた。
「……禍具か~」
カタログには禍具も乗っていた。
基本的に禍具は生産量が少なく、また『等級』が高いものになるとオーダーメイドになるためカタログに載っていないことが多いが、今日は『NEW』の文字と共にあった。
一見、ただの小銃にしか見えない。しかしマガツモノの素材で作られているためどこか異質に見える。
「……無理だな~」
視線をずらして少し下に向けてみれば値段が書いてあるが、とても手が届く金額ではなかった。
というより、『手が届く』とかいう次元の金額ではなかった。
これでも『等級』が低い禍具だから、使われている『核』の質はよくない。
「あ、まて」
今、自分は盗んできた『核』を持っているじゃないか、とマキアが気が付く。そして『核』に意識が向いた瞬間、通信端末を掴んでいた手が滑った。
「――っいだ」
顔面に通信端末の角がぶつかった。
衝撃と痛みで顔を抑えながらマキアが悶える。ただ大した痛みではないので、マキアは立ち上がってテーブルの上においた『核』に手を伸ばした。
そして手に持った赤い色の『核』を見る際、小窓に外の光景と重ねた。窓の外に見える光景なんて、普段ならわざわざ立ち止まってまで見ない見慣れた『つまらない』が広がっているのみ。
窓の外にあるのはコンクリートの壁面だ。しかしホログラム加工によって地上の都市に似た光景が映し出されている。ビルが視界のほとんどを占めて、その後ろに都市の中心部に立つ企業ビル群が映る。
しかし今日ばかりは、『核』が窓から差し込む光を吸い込んで僅かに輝かせていた。
「……美味いモン食ってるんだろうな」
『核』越しに世界を見透かして、マキアはため息交じりに呟いた。
窓の外には地上の光景が広がる。しかし自分は地下都市で解体作業に殉じる日々。
贅沢は言わない。
死ぬかも知れない職場でも稼げればそれでもいい。
借金にも追われず、美味い飯が食べれて…………とにかく、衣食住さえ満足に享受できるのならばそれでいい。
いつか、と小さな幸せを願い見る。
窓に映る光景は酷く現実的だがその後ろに並ぶビル群は非現実的。あれが欲しいとは言わない。最低限、それだけあれば十分だ。
(……あと何年か)
五年か……はたまた十数年か、いつまでこの生活を続ければ求めていた安定が手に入るのかは分からない。
ため息を一つ吐いてマキアは窓から離れる。
「っはは」
馬鹿げた想像だと、苦笑しながら。




