第19話 死に物狂い①
すでに討伐部隊は女王と戦闘しており、巣に新たに産まれ落ちた新しい女王にはマキア達――処理部隊が対応しなくてはならない。
ただ、処理部隊には巣の中で合流したことにより、明確なリーダーがいない状態だ。
どのように対処するべきか、皆が迷う。
加えて処理部隊の装備はあくまでもドロクマと戦うために最適化された物であり、女王を撃破できるだけの火力はない。
だが困惑が広がり対処が遅れれば女王が本格的に動き出す。
それだけでなく、女王に意識を奪われたせいで数人のレイダーが注意散漫になり、ドロクマに襲われ悲鳴をあげた。
「だすけでくれぇええ!」
レイダーたちの中で混乱が広がる中、先だって一人のレイダーが女王を撃った。
「まだ生まれたばかりだ! 今の内じゃないと手に負えなくなる!」
女王に向けて引き金を引き、レイダーたちにそう叫んだのはマキアだった。
大規模攻略作戦に参加しているレイダーのほとんどは女王の情報が知らされている。
どのような姿をしていて、どのような特性があるのか。
特徴的なのは鱗と体を纏う粘性の液体。
あらゆる弾丸を弾く鱗と強い酸性の体液の二つが邪魔をし、討伐は困難を極める。
だがマキア達の目の前の個体は女王ではあるが、まだ生まれたばかり。
鱗は柔らかく、体液の分泌も少ない。
体に纏っているあの液体は羊水に似た何かだ。
つまり、女王は産まれたばかりで完全ではない。
今ならば処理部隊の装備でも殺せる。
というより、今しか殺せる機会がない。
「撃て!」
マキアの言葉から意図を読み切ったレイダーが引き金を引く。
N-41ガルディンではびくともしなかった女王だが、性能の高い銃器に押される。鱗が砕け、体液が飛び散り、叫び、もだえる。
女王の叫びと共に巣の中にいるドロクマの動きが一層過激になっていく。
(どうなってんだ)
それまで一斉に攻撃することはなかったドロクマが歩幅を合わせ同時にマキアたちを取り囲むと押し寄せる。
さらに女王が叫んだ瞬間、残っていた卵が一斉に孵化し、小型のドロクマが這い寄る。
同時に女王が寝床の上を転がり落ち、巨体を揺らしながら子供のドロクマを引き連れて近づく。
(まずいだろ……これ)
通常のドロクマに加えて、卵から孵化したばかりの個体、そして女王が一斉に襲い掛かる。
ただでさえ処理部隊の面々は長い戦いで物理的にも精神的にも体力をすり減らしている。とてもこの数を一斉に相手することはできない。
しかしやらなければ死ぬ。
「うおおおぉお!」
「死ねやぁあ!」
各々がそれぞれ判断して引き金を押し込む。
より火力の高い武器を持っている者は女王へ、そうでないものはドロクマの処理へ、自然と役割が確立されていく。
だがドロクマの処理は進めども女王は死なない。体液をまき散らし負傷しながらも、体をうねらせるように近づく。
「避けろ!」
誰かが叫んだ。
その次の瞬間、先ほどまで処理部隊がいた場所に女王が倒れこむ。
二人のレイダーが踏みつぶされ肉塊へとなり果てるが、声かけによってほとんどのレイダーが逃れることができた。しかし各方向に逃げたせいで処理部隊は散り散りの状態。
もう一度合流しようにも女王が邪魔をして近寄ることができない。
すぐ近くにいる女王の脅威と押し寄せるドロクマ。この二つを散り散りになったレイダーは少人数で相手しなくてはならない。
孤立したレイダーはすぐにドロクマに囲まれ、成す術もなく食い殺されていく。
少し離れた場所で戦っていたマキアもまた、たった一人で大勢のドロクマと戦うことを余技なくされていた。
(弾倉は……もうほとんど……)
すでにバックパックの中に弾倉は残っていない。防護服のポケットに残っている分だけ。
その数個で数百を超えるドロクマを殺しきれるはずがない。他のレイダーが減らしてくれるとはいえ、少なくとも身の回りを取り囲んでいる数十体にも及ぶドロクマの対処をしなければならない。
ただでさえ弾数が残り少ない上に、使っているのはN-41ガルディンでは消費する弾丸の数はさらに多くなる。
「あー無理だ」
弾倉を二つほど使って、残りが一つしかなくなった瞬間、マキアはN-41ガルディンから小型斧へと持ち替えた。
弾倉すべてを使い切ってもよかったが一つぐらいは残しておきたい。
ただ解体斧でどこまで戦えるか。
周りを取り囲むのは五体のドロクマ。それぞれ大型が二体と通常の個体が三体。その奥には卵から孵化したばかりのドロクマなどが来ている。どうせ弾倉一つでは仕留めきることのできない数。
腹を割って解体斧に命を賭ける。
マキアが決意を固めた直後、大型のドロクマ二体が同時に飛び掛かった。
全くの同時に攻撃されればまず対処ができない。左右から飛び掛かってくるドロクマの内、右から近づいてくる個体に狙いを定め近づく。自分から近づけばもう一体の個体に攻撃される前に、右側のドロクマとやり合える時間が作れる。
だが作れる時間は僅か。
(見える、大丈夫)
今は調子がいい。
飛び掛かってくるドロクマがゆっくりに見える。
揺れ動く体毛と眼球、涎をたらす口元、すべてがくっきりと目に映る。
ドロクマの一挙手一投足が見えるのならば、あとはタイミングよく解体斧を振り下ろすだけ。
それだけで解体斧はドロクマの頭蓋を断ち切ってくれる。
(次……)
頭蓋を断ち切ってもドロクマは僅かに生命反応を残しているが、体が動かせるほどではない。すぐに標的を切り替えて振り向くと、後ろから飛び掛かるもう一体のドロクマに向けて解体斧を投げ飛ばす。
本来ならば唯一握り絞めていた解体斧を強く手に握り絞めておきたかった。
しかし大型のドロクマが飛び掛かってきている横で、通常の個体が二体ほど近づいてきているのが横目で見えた。大型のマガツモノに解体斧を向けて振り下ろせば、同時に横から別のドロクマに襲われる。
かといって通常の個体を相手しようとすれば大型のドロクマが障害として立ちふさがる。
マキアは一瞬の判断で、解体斧を手放し大型のドロクマを牽制しつつ通常の個体を相手することにした。
投げ飛ばした解体斧がドロクマの咥内に突き刺さる瞬間を見るまでもなく、すでに意識を通常の個体に向けている。
N-41ガルディンも、小型斧も、ナイフも、何も武器はない。
であれば。
拳しかないだろう。
「柔らけぇなぁ!」
拳をドロクマの頭部にめり込ませ吹き飛ばす。
大型のドロクマであれば硬い頭蓋骨に阻まれ拳で破壊することは叶わなかっただろう。通常の個体だから拳でもどうにかなった。
いや。
機械化手術を受けたわけでも、生態強化手術を受けたわけでもない、マキアが素手で殴れば拳が砕けるわけでもなく、ドロクマの頭蓋を破壊できたのは異常なことだった。
しかし今この現場には、マキア以外にその『異常』を目撃する人物はいなかった。
拳で一体を葬った後、すぐにもう一体を今度は踏みつぶした。
プレス機にでも潰されたように、体が破裂しドロクマが息絶える。
(残りは二体……いや一体か)
足止めをした大型のドロクマから始末しようと視線を向けると、すでに死に絶えていた。
牽制目的で投げた解体斧がドロクマの脳を穿ち殺したのだ。
残ったのは通常の個体が一体のみ。
距離を詰める最後の一体に意識を向けた――瞬間、背後で爆発音が響き暗視ゴーグルが赤く染まった。
「――なんだ」
爆発音が気になりながらもマキアは先に解体斧で通常の個体を処理してから振り向いた。
「……誰かやってくれたのか」
マキアとは別のレイダーを攻撃していた女王から爆炎が上がっていた。
どうやら、誰かが非常時大切に取っておいた爆薬を、最も効果のある至近距離で爆発させたようだった。




