#14 長いお別れのあとに
「ふぁぁ……」
両目瞑り系少年が、あくびと一緒に背伸びをする。彼が大の字で寝ていたのは、体育とかで使う白いマットレス。2年2組の切札こと加納幸くんは、体育倉庫に閉じ込められていたのであった。
閉じ込めた犯人こと宇都宮くんが、軽く舌打ちする。
「こんなかび臭くて湿気たところで、よくもまあ熟睡できるコトで」
「うん。ここに閉じこめてくれてありがとう。やっぱりマットの有無は大事だ、寝心地が違う」
「……」
ニコッと人懐っこく笑う加納くんに、イラッと眉間に皺を寄せる宇都宮くん。
2年2組でもっとも有名な二人は、2年2組でもっとも仲が悪かった。
「パーティー、しよ」
涙を拭って言ったみっちゃんに、武藤さんが三つ編みをピョコピョコ揺らして頷く。
反対するひとはその場に居らず、放課後に居る全員を巻きこんだ「パーティー」になった。
机と椅子を隅っこに片づけて、加納くんがどこからともなく取り出した風呂敷を床に敷く。すると風呂敷の上には、山盛りのジャンキーなフードたちが現れた。
ピザにポテトにナゲットに、ラーメンにオソバ、お寿司まで。
唖然とする私の前で、宮本くんが慣れた様子で紙皿を配る。隅っこで縮こまる井岡くんに、佐伯さんがコーラを注がせていた。
一通り料理や飲み物を出した加納くんは、お行儀よく宇都宮くんの隣に座る。そして宇都宮くんは無言で五種のチーズピザを、加納くんの皿に盛った。
「みんな、慣れてるなー」
「……熟練度、です」
たぬきを横に置いた戸田さんの言葉は、次の一時間後に身を以て知った。
食べかけのピザも、汚れた皿や使った紙コップ。そんなものが綺麗に消えて、机と椅子が綺麗に並べられた教室に戻る。
「ループしてるー!?」
「まだパーティー、終わってないんだし!」
そんなこんなで、パーティーは3回ほど続いた。浜田くんが退屈そうにあくびをした4回目で、宇都宮くんがかるく指を鳴らす。するとどうだろう。教室は屋上になった。教室は屋上に……
「まさか私の能力のぼうそ……!」
「イヤ、違ぇっすよ」
鋭いツッコミをくれた浜田くんが、宇都宮くんの方を見る。空のまぶしさに目がくらんだように、目をすがめていた宇都宮くんはひょいと肩をすくめた。
「壁紙の張り替え」
「私の転移ではない?」
「なんでちょっと残念そうなんだよ」
くくっと喉奥で笑った宇都宮くんは、その前にと続けた。
「この世界を壊す前に、シルワ王国の大神殿に送って欲しいんだ」
「うし、任せて! ところでここってそのシルワ王国から、どれくらい離れてるところ?」
宇都宮有住が、そらっととぼけた顔になる。
「真下」
「ん?」
「シルワ王国の真下」
開いた口が閉まらない。上を見てみる。青空だ。下を見てみる。コンクリートの地面。
左右前後は金網に覆われ、私たちの周りを8名のクラスメイトが囲んでいる。
――ここ、地下?
到底信じられない言葉だ。けれど、ストンと腑に落ちる。
「そっか。だから、裂け目の先が地下洞窟っぽかったのか」
「ま、そーいうこと。地球でも地下洞窟の類は珍しくないし」
宇都宮くんと加納くんの合わせ技なのだそうだ。二人の能力で空気も食料・飲料水やエネルギー問題も解決してきたらしい。
「わかった、チートだ」
「だよな~~!!」
「井岡、声おっきいし」
眉間にシワを寄せたみっちゃんが、井岡くんをじろりと睨んだ。
違いはあれどこういう力を持つ者が十二人。うーん、これは世界を救えるよ。まだ記憶は戻らないけど、確信できるぞ。
「それじゃあ真上に押しだす感じで」
右手を宙にかざして、掌をみんなに向ける。オーストラルの記憶はまだないけど、なんとなく、こうしたほうがいい気がする。
「行き先、シルワ王国大神殿」
口をついて出た言葉は、金色の鱗粉をみんなの頭の上に降らせた。
光は私の指先から宙に上って、きれー……ってもしかして私、金色に発光しているのか!?
「旅人は……」
「あ、あの!」
ぶんっと三つ編みが勢いよく、振り回された。ファイティングポーズをとった武藤さんが、ふたたび「あのっ」と声をあげる。
「私たち、友達です、よね? 律!」
「もっちろん! ……佐代子!」
言いながら、なんだか照れくさい気持ちになってくる。四か月も一緒だった。
だから、なにかの……私たちの中でなにかの変化があったのだ。それはもしかしたら、この瞬間だったのかもしれないけれど――
「佐伯さんもー!私と友達になってくれませんかー!?」
すると佐伯さんは、キッと眉を吊り上げた。
「あなた、よくもそんなことを堂々と言えたものですわね! わたくしに七代祟られないだけ、感謝なさい!」
「わかった、涼香。ありがとう!」
吊り上っていた眉がしなっとしおれて、佐伯さんあらため涼香はフンッと顔を背けた。
「わたくしは礼など言いませんわよ。……お馬鹿な律」
「ところで友達に――」
「なってやりますわよ!!」
顔を背けたままの、すがすがしい宣言に瞠目する。てっきり断られるかと思った。可愛いな、涼香は。
秀麗な眉が、ぴくぴくと震える。口元を引きつらせてから、彼女はがつんと地面をけった。涼香のマジ怒りの合図である。
唇をそっと引き結ぶ。すると、涼香の怒りが、スッと冷めていく。瞬きのあとに残ったのは、苛立ちと虚しさだ。……涼香、具合でも悪いのかな。
「わっ、わたく――」
「スイマセン。後押してるんで」
涼香の前に、にゅっと手が伸びてくる。割り込みしぐさだ。新たな怒りで震える涼香をよそに、浜田くんは軽く手を振った。
「そんじゃ、また」
「また?」
「百年もすれば、望んでいなくたって会えるっスよ」
やれやれと肩を竦めた浜田くんに、たしかにと笑う。お次は宮本くんだった。180cm越えの偉丈夫は、暫し沈黙した。でもその沈黙は短い。
「坂川。俺たちは後悔していない。夢幻の時間の日々を、誰もが愛しく思っていた」
「……うん」
「……それだけだ。さようなら、坂川」
礼儀正しく手を振って、宮本くんはフッと口角をあげた。お世辞や慰めではない。宮本くんは本当にそう思ってくれているのだ。だから私も軽く手を振って、にっこり笑えた。
「さよなら、宮本くん」
「私……」
ぽつんと戸田さんが呟く。腕の中のたぬきを撫でてから、彼女はゆるゆると首を振った。
「なにも、言わないでおきます。一つくらい、分からないことがあるのも、いいと思いますから。……さようなら、りつさん」
「わかった。さようなら、戸田さん。ところでそのたぬきって、オーストラル産まれ?」
「そう、ですよ。くぉりぁ、といいます」
たぬきと一緒に、戸田さんがぺこりと頭を下げる。淡い紅茶色の髪が、戸田さんの顔を覆った。
――あ。
首裏がチリチリする。どうもこれは、そろそろ次の呪文に進めという合図らしい。
「ごめーん! ちょっと巻きで行く!」
「「えっ」」
「旅人は、ここにいる九人。およびその附属物――」
「あっ、あのさ! 坂川!」
先に口を開いたのは、井岡くんだった。彼はガシガシと頭を掻いて、視線を彷徨わせ、やっと次の言葉を続ける。
「俺、忘れないから。坂川のこと、絶対、絶対、忘れないから!」
その時、みっちゃんの平手が、音速を、越えた!
目にも止まらぬ打撃を受けた井岡くんが、身悶えしながら叫ぶ。
「いってぇ!」
「なんで井岡がそれ言うし!? あたしが、あたしが言うはずだったのにー!」
「だからってぶつことねぇだろ!?」
「これくらい甘んじてうけろこのやろーだしー!! ……違う、こんなこと言いたいんじゃ、なくて!」
パッとみっちゃんが振り返る。真っ赤な目で、涙の跡だらけの顔で、みっちゃんは笑った。それは、長い、長いループの間、いつも見てきた笑顔だった。
「あたしだって、絶対、絶対、りつのこと忘れないから。ずっと、ずっと……あたしたちの世界で想ってるから!」
「――転移」
大きく手を振って、みっちゃんの姿がかき消える。
瞬く間にみんなの姿も消え、私は……夕暮れの校舎に一人ぽつねんと残された。
こうなることは事前に聞いていたので、ちょっぴり寂しさがあるだけだ。
まずはみんなが大神殿に戻って、委員長やクウム様たちに事情を説明する。それから、ルルディ姫に私の魂を入れる箱をここまで持ってきてもらって、準備が出来たら帰還の儀もしてもらい……
「その後、みんなで元の世界に帰る」
それでおしまい。どっとはらい。このエンディングに名前をつけるなら、トゥルーエンディングだ。
ハリボテらしい青空を見上げて、小さく深くため息をつく。私の意識はいつ消えるんだろう。魂状態で箱に入っていた時って意識があったのかな。
「ない方がいいな。でも箱から出られたら、一瞬だけでもこう意識を取り戻して……」
会いたい。お母さんとお父さんと兄さんに、最後に……目元を擦ってみる。からからに乾いている。
「うん。でもこういう時は泣いておこう!」
「そ。三十分後に出直してこようか?」
「はいはい、お願い……なんで?」
口があんぐりと開く。じゃりっと屋上の砂を踏む音が聞こえた。
癖のあるやわらかな黒髪が風になびき、青い瞳が半月のように弧を描く。私の転移で消えたはずの、宇都宮有住が金網の前に立っていた。
「加納との合わせ技。それに」
にんまりと彼が笑う。してやったりの笑顔だ。
「戻ってきちゃいけないとは言われなかったから」
「それは言ってなかっただけで、とにかく帰ろう!?」
「帰るよ。やり残したことが終わったらね」
そう言うと、宇都宮くんは金網に手を添えた。するとどんな魔法をかけたのだろう。
金網がくにゃくにゃと飴みたいに曲がって、穴ができる。直径六十cmの穴の向こうは、青空が広がるはずだったが、なぜか暗黒だ。
そんな暗黒を前に、宇都宮くんがちょいちょいと手招く。
「なななに?」
「君を保管しておく四次元ポケット」
「よくわかんないけど怖い!」
「はいはい。何でもいいからこっち来て」
宇都宮くんとしばし見つめあう。
十秒後、私は腕を引っ張られて、穴の前に来た。
「いーやーだー! はーなーせー!」
「穴を見て。ほら、こっち……君って素直だよな」
あきれた声が、耳を素通りしていく。私は穴の先にあった光景に瞠目した。
果てのない緑野。緑野を照らす、黒い月と白い太陽。
ヨーロッパの古城が見えたかと思えば、中東っぽい建物や砂漠があらわれる。
野でかけまわる三つ角の鹿に似た生き物、赤い実を拾い上げた褐色の肌の女の子。荷物を担ぐ男性、聖堂のような場所で祈る耳の長い美少女……。
「これ……」
「僕の嘘で君の魂を保護しているから、記憶は最後まで戻せないけど」
うんと頷く。どれもこれも見覚えのない景色で、誰も知らないひとびとだ。
でも、何も言われずとも分かった。これがオーストラル。私たちが呼ばれた異世界。
果てのない草原で、白い太陽の照らす海原で、黒い月が見守る街で。
私たちはきっと、楽しくて、時々ちょっと辛い冒険をしたに違いない。
すごいや。何時間でも見れちゃいそう。
宇都宮くんも見入っているようで、横からは何の声も――なにも――
「……問う」
なんか言ってる!?
「これは嘘か、真実か?」
「宇都宮くボフ!?」
もふっとした感触が、口を塞ぐ。宇都宮くんが私の顔に、戸田さんのたぬきのぬいぐるみを押しつけていた。――なんで!?
宇都宮くんの腕を叩く。こっちの顔もベシベシとやわらかく叩かれた。だが、クラスメイトにたぬきのぬいぐるみを押しつけられているという状況はいっこうに変わらない。
それにしてもこう、ヘンだ。なんかこう、ぬいぐるみを押しつけられているのに、苦しくないような……。
――ピピピッ
ぬいぐるみの先で、宇都宮くんが口の端をあげる。途端にたぬきのぬいぐるみが、空を飛んだ。
「ミントの香りくらいさせとけよ、このおかっぱ頭!」
少年の肩に乗ったたぬきがペッと毒を吐き、自分のお腹をはたく。呆然とする私の前で、喋るたぬきと宇都宮有住が顔を見合わせた。
「とったか?」
「まあね。精霊の道、貸してくれてありがとう」
「飼い主の頼みだからな。それに、あの傍若無人王がキレてると思うと、胸が空くぜ。イヒッ!」
「そこは同感」
悪い顔でふたりが笑い合う。私が声をあげる前に、宇都宮有住くんがこの世で一番あくどい笑顔を見せてくれた。
「うそつきと正直者、勝ったよ」
「へ?」
「精霊王とやってね、勝利者権限であるものを作った。――この世のどこかに、君を生き返らせる方法」
は、と短く息を吸う。なんて?目の前のこのひとは、なんて言った?
「それが君の新しい身体か、君が向こうでも使える魔術かは分からない。でも、この瞬間。この世のどこかに、ソレが生まれた」
「――」
くらりと眩暈がした。どうやって? なんで? そもそも……
「どうしてそういうことするのかな!? 宇都宮くん、君、それ」
私の命への侮辱だ。オーストラルで亡くなった者――魔族、人族、勇者。
すべての者への途轍もない、裏切りだ。怒りで睨みつけるこっちを見て、宇都宮くんは軽く肩をすくめた。
「君は納得して死んだ。記憶を失った今の君でさえ言うんだから、真実なんだろう。
でも、僕は納得していない。宮島も、加納も、井岡も、武藤も、宮本も、浜田も、佐伯も戸田も……加賀見や岡野だって納得してない」
「だからって……」
「いい? 死者は生者に絶対に許されないんだよ。生者が生きている限り、憎まれるし、罵られるし、愛されるし、慈しまれるんだ」
「死者に人権はないのか!?」
「著作権だって70年で消えるよ」
冷たく素っ気なく言われて、へなへなと地面に座り込む。
ループは止まった。みんなは帰ることを決めてくれた。帰る手段はとっくのとうに用意されている。……それなのに、こうなるとは思わないじゃん? このままみんな帰ってくれるって――あっ。
「帰るって言うのも嘘!?」
「それは本当。でも帰る時期は指定されてなかったし、各自判断の帰宅でいいよね?」
「すぐ帰ってー! いますぐ帰ってー!」
ベチベチと地面を叩く私を、動くたぬきが憐みのこもった眼差しを向けた。
「お前、自分で餌とれるか? ナワバリもてるか? 成霊になったら、全部一人でやるんだぜ?」
「ご心配どうもありがとう。大学生になったら一人暮らし予定だったよ!」
パンと軽い音がする。両手を合わせた宇都宮くんが、スッと私の前に手を差し出した。
「いい加減、観念して」
「でも、みんな」
「今度は君が、俺たちの願いを聞く番だ。……それとも加納特製四次元ポケットで運ばれたい?」
「ひぃ!? 自分で歩けるよ!」
手を掴んで立ち上がる。宇都宮くんは、少女をからかう猫みたいに笑って、肩に乗っていたたぬきの頭をツンと突いた。たぬきが呻く。
「それじゃ、今度は君を取り戻す旅を始めようか」
一度目は異世界オーストラルのひとびとの手で、二度目は、友達の手で、力強く強引に。
――私の異世界での旅路が、始まったのだった。




