#3話『偽物』(中編)
――重厚な遺跡の扉をくぐってから、一体どれくらい進んだのだろうか。
「なあ、クーフェ……ま、まだ歩くのか?」
「なによ、ハイデ。いつからそんなに体力なくなったの?」
王城よりも遥かにながい廊下を歩き、ダンジョンの中とは思えな自然ゆたかな森林をとおり抜けた先に待っていたのは、見まごうことのない立派な街並みだった。まぎれもなく誰かが住んでいる気配に包まれた都市がそこにはあった。
その街を彩る建築物の数々は、帝国の城下町とは全く違う雰囲気のものだった。ダンは建築の専門知識は無かったが、ダンジョンの街に使われている技術は、地上の世界とは全く違うものである。
建物を構成するレンガや石は、ひとつひとつに魔力が宿っており、淡い紫の光をはなっている。夕方に差し掛かり、薄暗い中で光る建築物は、 妖艶で、なんとも神秘的な情景を作り出していた。
そもそも、ここは地下なのに…どうして夕日が存在しているのだろう…。そんな疑問さえ、この美しい景色は愚問だと思えるほどの眺めだった。人生で見てきた景色のでも、間違いなくナンバーワンだろう。
「すっかり日も落ちてきちゃったね……」
「そう、だな……」
「そろそろ街に付くし……変身を解いても良いんじゃない?」
「へ……へんしん?」
そう言いはなったクーフェの体は、夕暮れと重なる様に光り輝き出した。紫色の光は強い耀きではないが、存在感のある幻想的なオーラだ。
光がクーフェの体を包み込む。ダンは、絵にしたいと思うほど見とれていた。しかし、光が止んだ後に残ったクーフェの姿は、ダンを白昼夢から現実によびもどす。
――全身に衝撃が走った。
彼女の背中からは、蝙蝠を連想させるような綺麗な羽が生えていたのだ。紫の水晶であるアメジストのように、調和の取れた煌めきをはなっているが、それは正に…悪魔の羽であった。
(ハイデ……! そ、そういうことか!! 何があっても驚かない・騒がない・取り乱さないという約束……それはこの時のことか!!)
ダンは、おどろきを全力で顔にださないようにする。
「ん?どうしたの?ハイデ」
「す……すごく綺麗な羽だと思ってさ。」
「な! 何よ、今更。急にそんな事……さんざん見てるくせに……」
(良く見たら、クーフェの頭には、小さいが角も生えている。つまり、クーフェは……そして……この地はもしかして……)
「なんだか調子がくるっちゃうわ……。私、先に行くね……。」
「お、おい! 置いていくなよっ!!」
「し、知らないんだから。変なこと言うハイデが悪いんだもん。ハイデの……意地悪ッ!」
クーフェの顔は夕焼に照らされてるせいか、少し頬が赤くなりながら、翼を羽ばたかせ飛んでいてしまう。
「って……おーい! ……飛んでいってしまったのであーる。」
(それにしても……びっくりなのであーる。ながい間、人間が近づかなかった裏ダンジョンが魔族の巣窟だったなんて……)
「という事は……ハイデ殿も魔族。でも、お爺さんは人間の英雄だったはず……いや、待て待て。さっき、クーフェ殿はなんて言ったであるか?」
良く思い返してみると、クーフェが『そろそろ変身を解いていいんじゃない?』と言っていたのをダンは思いだす。……だとしたら、やはりハイデ殿にも少なからず、魔族の血が混ざっていると考えたほうが妥当だという答えにたどり着く。
「うーむ……、推測の域を出ないこともあるが、なんとなく分かったこともあるのであーる。英雄の五人が守ろうとしたものとは、この魔族の美しき街なのではないだろうか。」
ダンは、クーフェがいなくなった後、とりあえず街を散策することにした。ハイデが安全と言いきった街だ。取って食われることはないだろう。それを信じて、進むしか無いのだ。
友の言葉を胸に、ダンは進む。すると、次々に通行人に声を掛けられた。豚男、包帯男、魚人、淫魔。いろんな見た目の魔族が声をかけてくる。
「おお、ハイデ。戻ったか! おかえり!」
「あら、ハイデちゃん! さっきクーフェちゃんが怒って飛んでいったわよー! 全く、女泣かせねぇ、もうっ!!」
「ハイデ君おかえり! あら、今日はクーフェちゃんとは一緒じゃないんだねぇ。珍しいこともあるもんだ! 今日の夜は雪が降るかもしれんなぁ〜! わははは!」
街のメインストリートらしき道をあるいて、話しかけられた人と軽く喋っているだけで、ハイデという友の人柄が見えてきた気がする。
(明るくて、陽気で、それで街の人と別け隔てなく接している。そんな彼の性格が伝わってくる。そして、皆がハイデに向ける好意が伝わってくる)
「見た目こそ、人間離れしていて、怖いけれど……慣れてくると、ここは、暖かく優しい街なのだと実感するのであーる。」
ダンは、今の状況を少し忘れて、現実離れしたこの世界に夢中になってしまっていた。そんな様子を影から見るものがいるとも知らずに。
1時間程歩いただろうか。様々な異型の魔族と話す中で、ハイデという人物が、英雄の孫であり、魔族と人間の混血であることが分かった。
そして、人気者であるということも。
(すっかり暗くなってしまった……)
「ハイデ…貴方、どこに行くつもり?」
急に話しかけられたせいか、ビクッと肩があがってしまう。
「ク、クーフェど……クーフェ。俺は、今から家に……。」
「ふーん。そっちはハイデの家と逆方向だけど、家の方向を忘れてしまったなんて言わせないわよ。」
「あ……ああ、そ、そうだった。俺はなんてオッチョコチョイなんだろう」
進行方向を変えようと、顔をふり向けると、そこにはクーフェの顔が待っていた。じっと目線を合わせてくる。普段だったら、美女と視線が合うことは喜ばしい事だったが、この時ばかりは違う。
――見透かされてるような気持ちになる。
「私ね。淫魔の血が流れているじゃない?…だから、分かるのよね。男性ひとりひとりに与えられた性のオーラが……」
「貴方のオーラって、なぜだか……ハイデと凄く似てるのよ。兄弟とか、ふたごとか、家族同士でオーラが似ている場合はあるんだけど……。赤の他人で一緒っていうのは、すごく珍しいから……最初は騙されちゃった……」
「クーフェ……お前何を言って」
「地上に行って……人間の多さに気が滅入って変になっちゃったのかとおもったけど……」
そこで、クーフェは一旦ことばを止める。オレの方を確かめるようにじっと見てから、話し始める。
「……貴方、ハイデじゃないわね……?」
「ぅ……」
沈黙の時間。……肯定も、否定もできない。
「だんまりね…。まぁ、今更、ハイデじゃない……とも言えないわよね」
(や、やばい。バレてる。これは、友との約束を破ってしまったかもしれない!!)
「いいわ。もし……本物のハイデだったら、避けれるはずだし……。いくわよ!! 本性をあらしなさいッ!!」
その言葉を最後に、我輩の意識は吹っ飛んだのであった。彼女の回し蹴りとともに。
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