#3話『偽物』(前編)
――北の地、そこには、ハイデの故郷......そう、裏ダンジョンがある
王子は、友人が目指せといっていた場所を目指し、駆け足で走っていた。
「ぜぇぜぇ......」
息を切らしながら走る。でもその足を止めることはできない。
せっかく貰ったチャンスを、足がつられた程度でムダにすることなんて、できるワケがない!
せっかく......同じ顔をした友が、会って間もない自分をたすけるため、王子役をかわってくれたのだ。くろい陰謀が渦巻く王宮に自分はもう戻らなくていいと思うだけで、ホッとする。
肩の荷が降りた。だが、それ以上に、自分の無力さと、ハイデにすべてをおし付けてしまった罪悪感に、胸がズキっといたくなる。
ハイデにおし付けたモノは、彼の人生を大きく狂わせるには十分すぎる。友にすべてを背負わせ、逃げ続ける自分に嫌気がさす。でも......それでも、つらい現実から今すぐに逃げたいという気持ちが前に出る。
それほどまでに、この一週間で味わった苦痛は、拭おうにも拭いきれるものではなかった。
国民の規範として常に堂々としていた父も、常に母性にあふれ優しくしてくれた母も……今はもういないのだ。
――殺されたのだ。それも、王族の手で。
今、王宮に残っているのは次の玉座を狙う王族ども。媚びへつらい、王子である自分に頭を下げる裏、虎視眈々と国を乗っ取ろうろうとするハイエナどもだ。
次は自分を狙いにくるに違いない......憎たらしいが、それに逆らう手立てもない。
なにより......一番腹立たしいのは、それに立ち向かうことができない「自分自身」だ。
政治にうとかった自分は、このような一大事に動ける部下を持ち合わせていなかった。
ただただ、平和を願っていれば、それが続くと想っていた。のほほんと平穏を愛していただけだったのだ
(これじゃ、ただの平和ボケじゃないか!)
自分が腹立たしい。平和がいつまでも続くと......父や母の影に隠れて、のんのんと暮らしてきた自分に腹が立つ。だが、それ以上に、いまこの時も、逃げ続けている自分に一番腹が立つ。
自らの命が惜しくて逃げている。死ぬ覚悟ができていない。それでいて、立ち向かうこともできず、反撃の狼煙をあげる勇気もない。
「本当に救いようのない……。ゴミは、我輩自身か……」
ダンは力なくつぶやく。
(せめて、妹だけでも助かってほしくて、我が友にお願いをしてしまった。私に出来なかった事を他人にお願いした上に……逃げて隠れるなど……。全くもって、失笑モノの人生である......)
人を御するの事の大切さと、それが出来ない人間には平穏がないことを、逃げる荒野の中で、初めて知ったのだ。
悪意を持った人間はいつの時代も現れる。それを、御することが出来てはじめて、平穏が訪れる。走る男は独り心の中で、おわりのない反省をくり返すのであった。
そうこう考えているうちに、蔦がからまった石で囲まれたダンジョンの入り口が見えてくる。
――まさに、自然の要塞。
長い間、人間の手が加わっていない重厚な城は、人をよせつけない雰囲気をはなっている。ダンはその美しい緑あふれる景色の中に、ポツンと不自然な程に華やかな美女がいるのを見つける。
「彼女が、ハイデ殿の言っていた幼馴染のクーフェ殿だろうか? 凄くキレイ......ではなく、バレないように上手く誤魔化さなくては……」
わが友と、別れぎわに約束したことが三つある。
いち、幼なじみにバレない
に、裏ダンジョンの皆にバレない
さん、何があっても驚かない・騒がない・取り乱さない
三つ目の約束が気になったが、ハイデ曰く、自分で見てからのお楽しみらしい。ニヤリと笑ったハイデの顔が忘れられないが……無駄に詮索して墓穴をほらないためにも、心を強く持とうと、覚悟を決める。
「あ、あの、クー……」
「ねぇ、ちょっと遅すぎない? もう夕方だよ!! ハイデったら、私をおいていなくなるんだもんッ!」
自分から話しかけようと思ったが、クーフェの方が一足はやかった。怒ったクーフェが顔を寄せてくる。ぷくっとほっぺたを膨らませ、少し眉間にシワを寄せている。しかし、その顔の造形は、怒っていても見惚れてしまう程に整っている。
「すまないのであーる……いやいや、悪い悪い! 待たせてわるかった!」
「であーる? 何その口調。地上で流行ってたの? あまりイケてないよ?」
(ま、まずい……。初手から、ま、まちがえたのである!!)
「ィ、イケてない!? あ、いや……そうだな、地上で流行っていたんだが、ちょっとやめるよ……。そ、そんなに……イケてないか?」
「うんうん。やめた方がいいよ。『であーる』とか、めっちゃダサいって。どこのお坊ちゃんって感じ。そう言うの、絶対、影でダサいって言われるから、やめといたほうが良いよー」
(うぅ…年頃の女の子に、こんなにディスられるのは…結構ツライのであーる…。トホホ…。王宮のメイド達にも裏で馬鹿にされていたのかもしれない……のであーる。)
「で、ハイデは地上は満足したの……?私を放ったらかして、長くお楽しみだったみたいだけどさ。」
「す、すまん。お前を放置するつもりはなかったんだ……。たまたまはぐれて……。好き好んで、お前みたいな可愛い女を放っておく男はいないぞ。」
クーフェと目が合う。ポロリと心のうちが出てしまったと、気付いたときには既に手遅れだった。
(つい……本音が。)
「か、可愛いとか。気軽にそういう事いうの……やめてよね。本当に。」
「ごめん、気に触ったのなら…。」
「ううん。別に……謝らなくてもいいよ。気にしてないから。」
クーフェは、すこしウェーブのかかった後ろ髪を靡かせながら、そっぽを向いてしまった。こんな状況じゃなかったら、妖艶な雰囲気をただよわせる彼女に、目を奪われていたことだろう。
「ハイデ。行くよ。これ以上はバレちゃうから」
「お、おうっ!」
慣れない言葉づかいに苦戦しつつも、ハイデに成り切ったダンは、クーフェの後をついて行くのだった。
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