#2話『人生交代』後編
――俺は、同じ顔をしている王子に、ひとつ提案してみた。
「落ち着くまで俺の故郷《裏ダンジョン》に身を潜めるかってのはどうだ?」
ダンは驚いた様に、目をパチクリさせている。数秒間、無言のときがながれる。
「う..、裏ダンジョンと言ったであるか……? いや、あそこは大昔に、英雄が戻ってこなかっとされる恐ろしい迷宮……。あんなところに言ったら、魔物に喰いころされてしまうのであーる……」
(なるほどね。地上の人間は、そう思っているのね。爺ちゃんの言ってたとおりか)
――裏ダンジョン。オレの故郷だが、本当のところは魔物はほとんどいない。生活しているのは、魔族だ。ただし、英雄の爺ちゃんたちが帰らなかったせいで、すごく恐ろしい魔物がいるという噂だけが残ってしまった。
「それに、ハイデ殿…今、故郷って言ったであーるか?」
「ああ、そう言ったぞ?」
「な、な……なんと……」
ダンの目が、もはや目玉飛び出るんじゃないかというほど、見開かれている。
「まぁ、そう驚くなって。説明すると長くなるから……すげーざっくり説明するぞ? 実は英雄達は裏ダンジョンで死んだんじゃなくて..……そこで余生を過ごしたんだよ。 そして、俺はその英雄の子孫ってわけ。だから、俺の故郷は裏ダンジョンなんだ。」
ダンに「おっけー?」と確かめると、驚きのあまり言葉に詰まりながらも「OK」と指で合図を返してくる。
「な! な! な…なんと!? ではダン殿は、あの恐ろしいダンジョンから来たのであーるか!?」
「恐ろしいねぇ……。確かに、強いやつは多いけど。むしろ、王宮よりよっぽど安全だと思うぞ」
「そ……そうなのであるか、てっきり我輩は、とんでもない化け物の巣窟かと」
(これが、地上の人間の素直な感想か。裏ダンジョンは入ってはいけない恐怖の象徴みたいに思われているのね。爺ちゃんたちの影響デカすぎだな……)
ただし、地上の人間が、近寄らない程の恐怖を感じてくれていなからこそ、裏ダンジョンは今もなお、ゆっくりとした時間が流れていることに感謝すべきなのだが。
「なあ、ダン。これは提案なんだが……。帝国民が全てお前みたいに、あのダンジョンを恐ろしいと思って近づかないなら……お前が隠れる場所には、もってこいだと思わないか?」
「あ、あの地に..……踏み入れるのであるか??」
ダンはブルブルと体を小刻みに震わせながら、上目遣いで見てくる…。正直、自分の顔を侮辱するようで悲しいが、我ながら、かなり気持ち悪い。
「頼むからさ、オレと同じ顔でそんな顔をしないでくれ……。」
「す、すまぬであーる。されど、それ程、英雄が還ってこなかった場所というのは、我々にとっては、怖い場所なのである。」
俺は一喝するように答える。
「――だからこそだ!! あの場所は、英雄が、人間たちが進行してこないように、自分達の《存在》をかけて守った場所なんだよ……。怖い印象を植え付けるために、わざと戻らなかったんだ!」
「な、なるほどであーる……。確かに、あの場所ならば、誰も近寄らないであーるし、身を隠すにはこれ以上の場所はないのであーる。」
(のであーる、のでーある。ってなんなんだよ、その語尾!!)
ハイデは、ダンの話しを聞きつつも、「であーる」という語尾が頭に残って仕方がないのであった。
「でも、なぜ……英雄殿達は、あの場所を守ろうとしたのであーるか……?」
俺はどう説明したものかと頭をポリポリかく。
「まぁ、そこら辺は自分の目で確かめな。……聞いた話だけじゃ、納得しねーだろうからな。――とりあえず、俺を信じろ。あそこは、お前には居心地がいいはずだからよ。」
「ううむ。我輩は……ダン殿を信じ……信じるのであーる!!」
「そうと決まれば、裏ダンジョンに迎うぞ。……ちなみに、お前が居なくなったら、帝国の騎士達はお前を必死に探すのか?」
「恐らく、帝国内の隅々まで探すと思うのであーる……。もしかしたら、裏ダンジョンにも捜索の手は伸びるかもしれないのであるよ……」
(おいおい……。それは、流石にまずいな……。爺ちゃん達の思いを踏みにじる事になる。……裏ダンジョンのみんなを巻き込みたくはない)
「お前を助けて、なおかつ…追手の目を誤魔化せる方法…。」
「そんな上手い方法あるのであーるか…?」
俺はどうしたものかと、オデコに人指し指を当て、ゆっくり考える。ダンを裏ダンジョンに潜らせれば、時間を稼ぐことはできるだろう。だが、追手の捜査が、ダンジョンまで及んだら……
――戦争だ。
それでは人間は魔族の戦争が起きてしまう。それは、爺ちゃんたちの思いを台無しにする結果を招く。
だからといって、何もせず、目の前にいる王子を見捨てる事はできなかった。その目は捨てられそうな犬の目をしていたから。
(なんて目をしてやがる…。捨てられた子犬か! あと、俺の顔でそんな顔をするな!!おねがいだからさぁ!!)
俺の心の叫びを知ってか、知らぬか、ダンは再び話し始める。
「それに…逃げて来た我輩の唯一の心残りがあるのであーる」
「な、なんだよ? てか、そんな目でにじり寄ってくるなよ」
「何を隠そう、可愛い妹を一緒に連れてくることができなかったことであーる。我輩と一緒では……危険が及ぶだろうし……かと言って王宮の中で、寂しんでいるはずなのであーる。」
上目遣いで近づいてくるダンの目には一滴の涙が垂れていた。
(……ったく、涙目で上目遣いは美女の特権であって、男がやっても気色悪いだけだぞ。)
俺は寒気さえするダンの顔に、ついに負ける。これが狙いだったら、こいつは策士だな……。
「あーー、分かったよ。これ以上、俺と同じ顔でモジモジと躙り寄ってくるなっ!控えめに言って、気持ち悪い!!」
「ガ……ガビーン!我が生涯の友に気持ち悪いと! 近寄りたくもない! 生理的に無理! と卑下されたのであーーる。ゔえーん」
「おいおい、そこまで言ってねーよ。つか、生理的に受け付けないは、オレ的にも由々(ゆ)しき事態だ! 同じ顔だし! オレも悲しくなってくる!」
どう転んでも、これ以上、ダンを放置するのはオレの精神安定上も良くなさそうだ。自分のこんな姿を見せられるなんて、どんな羞恥プレイだよ!!
考えろ、考えろ。ダンが故郷に隠れること自体は悪くないアイディアだったはずだ。裏ダンジョンのみんなも、ダンのようなヤツであれば、すぐ受け入れてくれるはずだ…。なら、残る問題はただ一つ。
――追手の目を如何に誤魔化すか
「ダン!!お前には影武者とか、そういうのはいないのか!?」
「い、いないのであーる!!」
「つ、つかえねぇ……」
「す、すまぬのであーる……」
こんな時に影武者とか、そういう存在が居てくれたら楽なのに……。いや、ちょっと待てよ。影武者に必要な条件ってなんだ?
いち、顔が似ている……。に、声がにている……。さん、身長が一緒……。このままじゃ、故郷も危ないし、王子も危ない。だとしたら、オレに出来ることは。
「ダン。あったぞ。一つだけ、妙案がな!!」
「なんなのであーるか!? その…妙案とは!!」
俺は、同じ顔のダンを見ながら、イケると確信をえる。
「お前の代わりに……オレが王子とやらを引き継いでやる。まぁ……事が落ち着くまでの代理だけどな。」
ダンの目が救われたかのようにキラキラしだす。
「ダン、お前はそれまで、俺の故郷で身を潜めておけ。俺の仲間達も、そっくりなお前だったら勘違いして、すぐには気づかないだろうからよ」
「で! でも!! ハイデ殿はその間に命を狙われるかもしれないであーるよ!?」
「……なぁに、俺は大丈夫さ。なんてたって、俺は裏ダンジョンから来たんだぜ? 英雄の孫であり、その正体はただの人間じゃねーしな。簡単に死んだりしねーよ」
「お……恩に着るのであーるよぉ…。ヒック、ヒック」
「おいおい、泣くなって。泣いてグシャグシャになっている自分の顔を見てると、俺まで...ある意味泣きたくなるから」
俺はダンの肩を持ち、シャキッと立たせる。そして、喝を入れる様に肩を叩く。
「ダン、お前は北の辺境の地、裏ダンジョンの入り口まで見つからない様に走れ」
「俺は、お前のフリをして王城とやらに戻るからよ」
「あ、ありがとうなのであるよ。……ハイデ殿。最後までワガママを言ってすまぬ。……いつか、いつか、ハイデ殿にちゃんとお礼を言いに戻ってくるのである」
「ああ。安心して戻ってこい。それまでに、俺がなんとかしといてやるよ」
「すまぬ。恩に着るのである!!」
貧相なコートに身を包み、王子とは思えない格好でダンは走り出す。
――奇妙な運命に導かれ出会った二人の物語は、ここから一気に加速していく。
ハイデは王子が最後に置いていった、王家の印のペンダントとやらを首に掛けながら、裏路地からも見える高く聳えたつ城を見上げる。
「さぁて。俺はこれからあの…クソデケェ城にいけばいいのかな?」
(全く……物見遊山で、少し覗きに来ただけだってのに……。大変なことに巻き込まれちまったな……。クーフェにばれたら殺される)
一緒に来た幼馴染のおこる顔を思いうかべつつ、ハイデはゆっくりと城へ足を進めるのであった。しかし、ハイデはその時知らなかった……。
ちょっと交代するという思いつきが、果てしない抗争に巻き込まれていくことを。
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