任務出発①
翌朝になってアディル達はギルド本部へとやってくると、朝早いというのにすでにギルド本部には多くのハンター達がおり活気付いてた。
「こんな朝早くからこの活気はすごいわね」
「恐らくは目当ての依頼が張り出されるのを狙っているのだろうな」
「労力に対して報酬、ポイントの割が良いと言う事ね」
「だろうな。誰だって楽して稼ぎたいという心理はあるからな」
アディルはヴェルにそう言うとヴェルは同意とばかりに頷く。人間誰しも支配者層の考える勤勉さに拘る人間ばかりではないのだ。
「そりゃそうよ。人間という者を考えない理想論だけの制度は確実に失敗するわ。うちの統治理念は“統治の対象は神でも悪魔でもなく人間”だからね」
「立派な現実主義者だな」
「ええ、善人も悪人も存在するのが人間社会なんだからそれを忘れればまともな統治は出来ないわ。現実世界を統治するのだから現実主義にならざるを得ないのよ」
「そりゃそうだな」
アディルは納得とばかりに頷く。ヴェルの言っている事はアディルにとって完全に同意するものであったのだ。統治とは現実世界の出来事であり、空想の世界の出来事ではないのだ。
それを忘れて“地上に楽園を”という宗教のキャッチフレーズを信じて行動した結果、地獄を生み出した結果など歴史的に枚挙に暇がない。
「あ、エリスだ。お~い」
そこにシュレイがエリスを見つけて手を振る。シュレイが手を振って呼んだことでエリスも気づいたのだろう。にっこりと笑ってこちらに向かってきた。エリスとは灰色の猟犬と別れて準備をする際にともに行動を共にしており、かなり打ち解けていたのだ。
ちなみにアンジェリナはシュレイがエリスに手を振ったことにかなり嫉妬のこもった表情を浮かべていたのだが、例によってシュレイはそれに気づいておらず、アディルとヴェルは内心でため息をついていた。
「みんな、おはよう♪」
「おはよう、今日からよろしくな」
「エリス、おはよう♪」
「おはようエリス」
「おはよう」
エリスはニコニコしながらアディル達にあいさつを行う。エリスの笑顔は異性のみならず、同性であっても心を和ませるような笑顔である。だからこそアンジェリナは不安になってるのだろう。少しばかりテンションが低い。
「アンジェリナ、大丈夫よ♪」
エリスはアンジェリナにニッコリと笑いかけ片眼をつぶる。この仕草に意味がわからないアンジェリナではない。いや、アディルもヴェルも即座に意図を理解しており、シュレイだけがイマイチ理解が足りないようであった。
「まぁエリスなら強敵になるところだけど、幸いその気配はないのは正直有り難いわ。でも譲る気はない事だけはいっておくわね」
「ふふふ、そうなったら正々堂々と戦いましょうね」
アンジェリナの言葉をエリスはそう言ってサラリと流した。エリスはシュレイを友人以上に見る事はないだろうなという事をどことなく感じていた。
アンジェリナに向ける優しさのこもった視線は単に兄が妹に向けるもので無い事に本能的に察したからである。
勝てない戦はしないというのがエリスの人生哲学なのだ。これは逆に言えば戦をするときには勝ちに行くという事の裏返しなのだ。
「なぁ、二人は何を言ってるんだ?」
シュレイがアディルに小さくアディルに尋ねる。何となくだがシュレイは女性陣に聞くのは躊躇われたのだろう。それが正解である事は間違いない。
「まぁ、女同士の話に男が不用意に踏み込むとエラい目に遭うぞ」
「そういうもんか?」
「こればかりは世界の真理と断言できる」
アディルの妙に力のこもった声にシュレイは小さく頷いた。
「お、揃ってるな」
そこにムルグがアディル達に声をかけてきた。ネイス、オグラス、アグードも後ろにいる。
「おはようございます。あとはビストさん達ですね」
アディルがムルグに言うとムルグは首を横に振り言う。
「そうだな。あいつらは腕前は確かなんだけど時間にルーズなやつらでな」
「ムルグさん達はビストさん達と何度も組んでるんですか?」
「ああ、今回のように最低人数が設定されている依頼には声をかける事が多いな」
ムルグがそう言うとエリスが口をはさんでくる。
「最低人数を確保するという事はそれなりに難易度が高いという事なんでしょうけど大丈夫なんですか?」
エリスの不安気な表情と声にオグラスが応える。
「大丈夫だよ。エリスちゃん。どんな魔獣が出ても俺達が君達を守るからね」
「はい。よろしくお願いします」
オグラスの言葉にエリスはニッコリと笑って返答する。
「それにしてもエリスちゃんはアディル君達と随分打ち解けたみたいだね」
「はい。実はみなさんと別れてから偶然、鍛冶屋で一緒になったので夕飯を一緒にとったんですよ」
「う~ん、君達のような美の女神達と食事をとれなかったのは残念だな」
「次はみなさんも一緒にとりましょう」
「いや~俺とすれば君と二人きりでとりたいな~」
「あはは」
オグラスの言葉にエリスは困った様な表情を浮かべつつ笑った。
「まったくエリスさん、こいつの戯言は無視してくれると俺達の品位が下がらないから助かるんだけど」
「おいおい、良い女がいれば声をかけるというのは男の義務だ。義務を誠実に果たす俺に対して酷くないか?」
「社会的地位を保つために行動するのも義務の一つだと思うぞ」
「お前ら、いい加減にしとけ」
オグラスとアグードのやりとりにため息混じりにムルグが窘める。
「オグラス、これから仕事なんだからもう少しきちんとしろ。アディル君達は今回が初めての仕事なんだぞ」
「わかったよ。安心してくれ仕事は真面目にするからさ」
オグラスは肩をすくめながらアディル達に言う。言葉では殊勝げであるが、態度には余裕が表れている。
「あはは、大丈夫ですよ。ミスリルクラスのみなさんが俺達と組んでくれると言うだけで俺達にとってはこれ以上ないラッキーなんですから」
「うんうん、アディル君は素直で素晴らしいね。うちのリーダーにもこれぐらいの素直さが必要だと……ってぇ」
「調子に乗るな」
オグラスの頭をネイスがぽかりと叩く。かなり痛かったのだろうオグラスは頭をさすりながら抗議の視線を向けるがネイスは取り合うことはなかった。
「すみません。遅れました」
そこにビスト達が謝りつつやってきた。他のメンバーの五人も申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「まったくお前らはいつも遅刻するな。しかも怒るかどうかのギリギリのラインをせめてきやがる」
ムルグの言葉にビスト達は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「次からはお前達だけ早い時間に設定するかな」
「そんな、次こそは大丈夫ですよ!!」
「前回もそんなことを言っていただろ」
「そんな前の事を言われても困りますよ」
ムルグとビストのやり取りにアディル達は苦笑を浮かべて眺めていた。




