最初の物語
誰もが恐れ敬う万夜の森に貧しい少女が住んでいた。
彼女の名前はイラ。
薪を拾い、薬草を摘み、彼女は細々と暮らしていた。
物心ついた頃から、イラは森で暮らしていた。
イラの記憶にはないが、彼女の一家が森で暮らし始めた切欠は、
母親が伝染性の肺病にかかり、村を追われたためだった。
母が死に、それを追うかのように父も死んだ。
けれど、外の暮らしを知らないイラは村には帰らず森で暮らし続けた。
イラの家の側には井戸があった。
小さな湧泉に石を積んで井戸の形に整えたのはイラの父親だった。
両親が残してくれた数少ない財産である、
小さな住居とこの井戸をイラはことのほか大切に思っていた。
ある年、日照りが続いて村中の井戸が干上がり、
村人は水を求めて恐る恐る万夜の森に足を踏み入れた。
イラはそんな村人達に自分の井戸から汲み上げる水を快く提供した。
けれど雨は一向に降らず、井戸の水位は目に見えて減っていった。
ある日、水を汲みにきた村人にイラはこう言った。
「森に入ってはいけない。水が必要ならば、私が運ぼう」
村人達は、イラが水を占有するつもりだと恐れた。
井戸の水位が減っている事は誰の目にも明らかで、
だからこそ、イラは水を村人達に分け与えるのが惜しくなったのだと、
誰かが推測で言った言葉が、水不足で苛ついていた人々の真実になってしまった。
イラは毎日水を運んだ。
村と森の境目まで、何度も何度も水を運んだ。
村人達が生きていくのに最低限の水。
けれど、それを一人で運ぶのはとても重労働で、
イラは水を運ぶのにかかりきりだった。
しかし、イラは決して村人を森へ入れようとはしなかった。
時には強引に森へ入ろうとする者もいたが、イラはそれを許さず、
苛烈にも石を投げて村人を追い返すほどだった。
村と森との境に水の入った桶がなかった。
毎日欠かさず続いてきたイラの水汲みが途絶えたその日、
村には念願の雨が降った。
不思議な事に、それ以来イラを見たものは誰もいない。
森の中の小さな東屋は無人で、井戸の水は干上がっていた。
イラの姿はどこにもなく、村人達は首を傾げた。
その井戸はずいぶんと長い間、枯れたままだった。
ある年、雨が降らずまた村の井戸が枯れ始めると、
森の中の小さな井戸には水が溢れ出した。
そして、雨が降ると井戸は干上がってしまう。
そんなことが何度も続いた。
いつしか井戸は「イラの井戸」と呼ばれるようになった。




