魔術師
「明埜さん聞いてます? 十八人ですよ、十八人! もう十八人も行方不明になってるんですよ、ここで」
「何回も言わなくたって聞こえてるよ。十六人?」
「聞いてないじゃないですか、十八!」
「はいはい、十八人ね」
都心から離れた山の麓に建てられた工場跡。
かつては人で溢れ、機材ががしゃがしゃ動いて、トラックが排気ガスを吐き出しまくっていたであろうここも、すっかりと錆びて寂れていた。
もはや剥き出しになっている配管の破損を直そうなんて奇特な奴もいない。
誰からも棄てられ、廃棄された工場。
ここに寄りつこうなんて考える輩は、馬鹿かガキか、妖魔くらいのもんだろう。
「久慈、土地の持ち主に許可は?」
「とってます。早く取り壊したいそうですよ。何年か前に試みて、作業員が何人も大怪我したとか」
「ならそん時に魔術協会に一報入れてくれりゃ、今になってわざわざ俺たちが出張らずに済んだのに」
「しようがないですよ。令和になってまだ八年。秘匿が破れて八年です。当時じゃまだ魔術師なんて怪しい宗教団体の構成員扱いですよ」
「今でもそういう扱いだろ」
「多少はマシになってでしょ?」
「多少は、な」
蛆虫が蠅になったくらいの差しかないが。
「取り壊しを妨害できるレベルなら4等級――いや、それから数年経ってるなら3等級くらいか。久慈にはまだ荷が重いな」
「そ、そんなことないですよ。4でも3でも、どんと来いです!」
「止めとけ。お前の実力じゃ4でギリだ。今日は見学してろ、見て学べ」
「はい……でも」
指を鳴らして魔術を発動。
俺たちの周囲に十数羽の火の鳥が顕現し、それぞれがこの工場跡へと散る。
「正直、参考になんないですよ、レベルが違い過ぎますもん。ほかに誰も出来ませんよ? 炎の造形をあれだけ精巧に創って、それを何体も、なんて」
「俺だって最初からこう出来たわけじゃない。修業あるのみだ。ほら、索敵が終わるまで見ててやる。やってみろ」
「えー、はい」
久慈の奴、嫌な顔しやがったな。
「よっと」
胸の前で上下に配置した手の内に魔力が溜まり、それに火が灯る。
球体の、立ち上らない炎の玉。
魔術、創炎の真骨頂はここから。
この炎の玉の造形を変えて役割を持たせることで圧倒的な利便性を得られる。
「ぐっ、このっ!」
けど、炎の造形にはかなりの技術がいる。
センスのない奴は一生掛かってもまともな形は作れない。
久慈の場合は。
「で、出来た」
炎の玉が造形を変えて火の鳥に――もどきになる。
「うーん20点」
「そんなぁ」
中学生が作った紙粘土って感じ。
「ま、センスはあるほうだ。絶望的にダメな奴は雪だるまも創れない。よくやってるほうだよ」
「精進します……」
意気消沈した久慈の肩を軽く叩いてやる。
後何年かすれば俺くらいとは言わないが、きちんと空が飛べる鳥を創れるようになるさ。
たぶん、きっと。
「お、見付けたな」
妖魔が索敵に引っかかったのを感じる。
飛ばした火の鳥のうち一羽と視覚を共有して内部を覗く。
すると、薄暗い室内に無数の糸が張り巡らされているのが見えた。
糸。
蜘蛛の巣。
「土蜘蛛か。道理で」
見立ては間違ってなかった。
巣の中心にいる土蜘蛛のサイズはかなりデカい。
等級で言えばやっぱり3はある。
「ってことは当然、中は蜘蛛の巣塗れか……厄介ですね、かなり動きを制限される。小蜘蛛もいるでしょうし、ここは手分けして――」
「いや、もう終わる」
「へ?」
「索敵に出したのが十六羽いるんだ。そいつらで十分」
と、言った側から廃工場の穴の開いた屋根から火炎が吹く。
他でも窓越しに炎が揺らめいて、逃げ回る土蜘蛛が激しい物音を建てる。
内部は焼け落ちた蜘蛛の巣が次々に灰になり、小蜘蛛を焼き払った火の鳥が一斉に土蜘蛛に突撃して爆ぜた。
爆風が見える範囲すべての窓硝子を割り、その音が決着の合図になる。
熱が過ぎた後、爆心地にいた土蜘蛛は炭化し、その身は塵になって消えていった。
「討伐完了」
「えぇ……索敵ついでの片手間で土蜘蛛を? ……はっ、はは」
「なに笑ってんだ、帰るぞ」
「はぁ……はい」
内部を火で炙って焦がしちまったが、どうせ取り壊すなら構わないだろう。
そんなことを考えつつ、久慈の車に乗り込む。
「よっと。ふぅ……腹減ったな、飯行くか」
「いいですね、どこ行きます? あ! 俺、行きたい所あります!」
「どこ?」
「たしかこの辺にRINKAちゃんが美味しいって行ってたラーメン屋があるんですよ」
「りん、なんだって? 誰だ、それ」
「知らないんですか? 遅れてるなぁ。アイドルですよ、アイドル」
「アイドル? ドルオタだったのか、お前」
「ファンって言ってくださいよ。でもそうです、魔術師になる前から。ダッシュボードのところ見てください」
言われるがままダッシュボードの収納を開くと、写真が一枚出てきた。
「それがRINKAちゃんです」
「へぇ」
アイドルってだけあってかなり顔がいい。
可愛いってのより美人より。ダウナーっぽいか。
「RINKAちゃんは凄いんですよ。アイドルグループ全盛の時代に風穴を開けたソロアイドルなんですから。生ける伝説ですよ」
「これ一枚で幾らするんだ?」
「それは月額制のアプリの抽選なんで。倍率はすんごい高いです」
「写真一枚で争奪戦か」
「チェキって言うんですよ、それ」
「呼び名はどうだっていいけど」
ちらりと見たダッシュボードの中には、まだまだグッズと思しきものが沢山ある。
この中にあるのが全部って訳じゃないよな。
「……ま、推し活もいいが、破産するまで金をつぎ込むなよ」
「そんな奴いませんって……ほとんど」
ちょっとはいるのか。
この様子だと久慈も予備軍だな。
それで金をせびって来たら説教してやろ。
「おっと、電話だ。出るぞ」
「あ、はい」
「こちら明埜」
電話の相手は司令部。
任務終わりにここから掛かってくるとげんなりするが、声には出さない。
どうせ追加の任務だろう。
「長期の護衛任務を? 俺が? ……そりゃ上からの指名ならやりますけど。じゃあその護衛対象ってのは? え? ……あぁ、はい。それじゃ詳細はまた後日ってことで」
通話を切る。
「珍しいですね、明埜さんに長期任務が振られるなんて。いつも日本列島を西から東へなのに」
「あぁ、そうだな……なぁ、久慈」
「はい」
「俺はお前に謝らなきゃならないかも知れない」
「え? なんですか、いきなり」
「護衛の対象だけどな」
「はい」
「この子だ」
久慈の視界に滑り込ませる写真――チェキ。
何の因果か、そのRINKAってアイドルが護衛対象だ。
「え、……えええええええぇぇえぇぇえええぇええええええ!?」
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