408
はぁ…長かった。。
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*数日が経った。*
*シロウの体は上位人種として完全に安定し、以前とは比べ物にならないほどの身体能力と魔力を感じていた。慣れるまでに少し手間取ったが、日常生活に支障はない。*
*そして約束の日。*
*アストライアの客室。上質な調度品が並ぶ広い部屋の中央に、一人の老人が膝をついていた。*
*白い外套。皺だらけの顔。三途の川で見た時と同じ姿だが、今は霧の中ではなく、午後の陽光に照らされている。その老人……ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊は、片膝をつき、深く頭を垂れていた。*
*シロウの足の後ろに、小さな手がズボンの裾を掴んでいた。ルクスだ。銀髪の3歳児が、父の背中に隠れて老人をちらちらと覗いている。人見知りしているのか、きゅっと裾を握る力が強い。*
*ルミナはシロウの隣に立っていた。表情は完璧に整えられているが、握り締めた拳の白さが内心を物語っている。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……。」
*老人はしばらく無言だった。膝をついたまま、顔を上げない。肩が微かに震えている。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……数万年じゃ。」
*掠れた声が、静かな客室に響いた。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「数万年、お待ちしておりました。」
*老人がゆっくりと顔を上げた。涙が頬を伝っている。飄々とした老人の仮面は、もうどこにもなかった。そこにいるのは、主を失い、ただひたすら待ち続けた一人の臣下だった。*
ルクス「……ぱぱ、このおじいちゃん、だれ?」
*小さな声が、シロウの背中から聞こえた。ルクスが裾を引っ張りながら、不安そうに見上げている。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……。」
*老人の目がルクスを捉えた瞬間、涙が一層溢れた。金色の瞳。銀の髪。幼い顔立ちの中に、確かにあの方の面影がある。記憶を失い、力を封じられ、3歳の幼子として父の後ろに隠れている。それでも。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……お久しゅうございます。」
*声が震えていた。*
*ルクスが不思議そうに首を傾げた。初めて会うはずの老人が泣いている。なぜ泣いているのか分からない。しかし、幼い子供特有の直感で、この人が悪い人ではないことだけは感じ取ったようだった。*
*ルクスがシロウの足の後ろからそっと顔を出した。*
ルクス「……おじいちゃん、ないてるの?」
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……ええ。嬉しくて、泣いておるのです。」
ルクス「うれしいと、なくの?」
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ええ。とても、とても嬉しい時は、涙が出るのです。」
*ルクスは恐る恐る、シロウの足の後ろから出てきた。小さな足で老人の前までとことこと歩き、しゃがみ込んで老人の顔を覗き込んだ。*
ルクス「じぃじ、なかないで。」
*小さな手が老人の頬に触れた。涙を拭おうとしているのだろう。不器用な指が皺だらけの肌を撫でる。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……っ。」
*老人の喉から、押し殺した嗚咽が漏れた。*
ルクス「じぃじ、おなかすいた? ルクスのおやつ、あげる。」
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……いえ、お気持ちだけで十分でございます。」
*ルクスは首を傾げ、それから老人の膝にちょこんと座った。完全に懐いている。人見知りしていたのが嘘のように。*
*それから数時間。老人とルクスは穏やかな時間を過ごした。ルクスは積み木を見せたり、絵本を読んでもらったり、「じぃじ」の髭を引っ張ったりしていた。ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊はその全てを、涙混じりの笑顔で受け止めていた。*
*ルミナはその光景を壁際から見つめていた。かつての上官が、3歳の幼子の前で泣き笑いしている。その姿に、彼女も目元を拭っていた。*
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*やがて、陽が傾き始めた頃。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……小僧。いや、シロウ殿。」
シロウ「殿って柄じゃないだろ。」
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「主の父君じゃ。それくらいは許せ。」
*老人が外套の内側から何かを取り出した。25cmほどの白い杖。象牙のように滑らかで、先端に小さな球体が嵌め込まれている。球体の中で、微かな光が脈打っていた。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「これは……ルクシオン様よりお預かりしておった物じゃ。数万年、この時のために。」
*老人がルクスの前に膝をつき、杖を差し出した。*
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「坊。これはお主のものじゃ。受け取ってくれるかの。」
ルクス「これ、ルクスの?」
ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ええ。ずっと、お主の手に戻る日を待っておった。」
*ルクスが小さな手で杖を受け取った。*
*その瞬間。*
*杖の先端の球体が眩い光を放った。部屋全体が白く染まり、ルミナが思わず目を細める。光はルクスの手から体全体を包み込み、脈動するように明滅した。*
*共鳴。*
*杖がルクスを認識した。主の帰還を。*
ルクス「わぁ……きれい。」
*3歳の幼子は、ただ純粋に光を喜んでいた。杖を両手で抱きしめ、くるくると回る。*
*夜の庭園。星空の下、色とりどの魔導灯が花壇を照らし、噴水の水音が心地よく響いている。貴族たちの談笑と、グラスが触れ合う音。*
*彼はいつもの黒い正装に身を包み、グラスを片手に庭園の端に立っていた。隣にはエストが黒いドレス姿で控えている。*
エスト「……先輩、今週これで4回目ですよ。貴族の晩餐会。」
シロウ「分かってる。断れないんだよ、立場的に。」
エスト「ツクヨミに呼ばれた魔王、って箔が付きすぎたんですね。」
*エストが小声で囁いた。彼女の言う通りだった。ツクヨミに招かれ、そこから帰還したという事実は、周辺国の貴族たちの間で瞬く間に広まった。「夜見ノ国の神に認められた男」「神域から生きて戻った魔王」……尾鰭がつき、今や彼の名はかつて以上の重みを持っていた。*
*庭園の奥から、恰幅のいい中年の貴族が近づいてきた。*
ヴァルデン侯爵「おお、シロウ殿! お会いできて光栄ですぞ!」
シロウ「ヴァルデン侯爵、お招き頂きありがとうございます。」
ヴァルデン侯爵「いやいや、貴殿のような御方をお招きできるだけで我が家の名誉。夜見ノ国から無傷で戻られたとか……まさに英雄ですな!」
シロウ(無傷じゃないんだがな。)
*彼は内心で苦笑しながらも、社交的な笑みを浮かべた。*
シロウ「大したことはしていませんよ。ツクヨミ様には良くして頂きました。」
ヴァルデン侯爵「ご謙遜を! さ、こちらへ。紹介したい方がおりましてな。」
*侯爵に腕を引かれ、庭園の中央へ向かう。エストが半歩後ろをついてくる。*
*テーブルの前に、一人の女性が立っていた。深紅のドレスに、燃えるような赤毛。切れ長の琥珀色の目が、彼を真っ直ぐに見据えた。20代半ばに見えるが、どこか底知れない雰囲気を纏っている。*
ヴァルデン侯爵「こちらは南方のヴェルメリオ辺境伯家のご息女、アマリエ・ヴェルメリオ殿。最近この辺りに越してこられたばかりでしてな。」
アマリエ「初めまして、シロウ様。お噂はかねがね。」
*彼女が微笑んだ。しかしその笑みの奥に、何か読み取れないものがあった。エストが隣で僅かに身構えたのを、彼は気配で感じ取った。*
エスト『……先輩、この人。』
*念話が飛んできた。*
エスト『ハニトラに気をつけてくださいね?』
シロウ「護衛を付けてで良ければお話しましょう。」
アマリエ「ええ、もちろん。」
*彼女は微笑み、庭園の奥にある別室へと案内した。エストが半歩後ろをぴったりとついてくる。*
*別室は小さなサロンだった。暖炉に火が入り、壁にはヴァルデン家の紋章が飾られている。アマリエがソファに腰を下ろし、彼に向かいの席を勧めた。エストは扉の横に立ち、壁に背を預けて腕を組む。護衛の定位置だ。*
アマリエ「まずはお礼を。お時間を頂きありがとうございます、シロウ様。」
シロウ「いえ。それで、お話とは?」
*アマリエがグラスをテーブルに置いた。社交的な笑みが消え、真剣な表情に変わる。*
アマリエ「単刀直入に申します。……私の領地が、魔獣の大量発生に悩まされております。」
シロウ「南方の辺境伯領……ヴェルメリオ領ですか。」
アマリエ「ええ。半年前から異常な頻度で魔獣が湧いています。通常の3倍……いえ、5倍。領軍では対処しきれず、冒険者ギルドに依頼を出しても、南方まで足を運ぶ高ランク冒険者がいない。」
*アマリエが膝の上で手を握り締めた。*
アマリエ「父……辺境伯は病床に伏しており、実質的な領地運営は私が担っています。このままでは領民に被害が及ぶ。……それで、藁にも縋る思いでこの晩餐会に参加したのです。」
シロウ「……俺に討伐の依頼を?」
アマリエ「討伐だけではありません。原因の調査もお願いしたい。異常発生には何か理由があるはず。それを突き止めなければ、いくら魔獣を狩っても終わらない。」
*彼女が頭を下げた。深紅のドレスから赤毛が流れ落ちる。*
アマリエ「報酬は白金貨50枚をご用意します。足りなければ、領地の鉱山の採掘権もお付けします。どうか……。」
エスト『先輩。ハニトラじゃなかったですね、すみません。』
シロウ『いや、まだ分からん。話半分で聞いておけ。』
エスト『了解です。……でも嘘をついてる感じはしないですね。手の震え方とか、目線とか。』
*彼はグラスのワインを一口含み、アマリエを見た。琥珀色の目が真っ直ぐにこちらを見返している。切迫した表情。演技にしては、指先の震えが細かすぎる。*
シロウ「魔獣の種類は? 発生地点の傾向は把握していますか?」
*アマリエの目が僅かに輝いた。話を聞いてもらえる、と悟ったのだろう。*
アマリエ「はい。主にC~Bランク級の魔獣です。発生地点は領地南東の森林地帯に集中しています。そこに古い遺跡があるのですが……近づいた斥候が3名、帰ってきておりません。」
アマリエ「あ……シロウ様!?」
*彼女の声が背中に届いたが、彼は振り返らなかった。グラスをテーブルに置き、そのまま扉を開けて廊下へ出た。*
シロウ「冒険者ギルドに正式依頼を出せば、Aランク以上が動く。俺に頼むより早い。」
*それだけ言い残し、サロンを後にした。エストが素早くついてくる。*
エスト「バッサリいきましたね。」
シロウ「面倒だ。本気で困ってるならギルドに行けばいい。わざわざ晩餐会で個人に頼む時点で、何か裏がある。」
エスト「まあ、それもそうですけど。」
*会場に戻り、主催のヴァルデン侯爵に挨拶だけ済ませて退出した。夜風が火照った体を冷ます。*
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もう100話とか溜めない…。




