第1話
「ぷ……ぷはははは! 見た!? あの親の顔。バッカじゃねぇ〜の?」
「マジ笑えるよねー。『なんであの子がこんな目に』って、そんなの本人に問題あったからに決まってんじゃーん!」
「うわー! あんたらサイテー! さっきまで『私達、あの子がそんなに悩んでるなんて知らなくて……もっと話を聞いてあげればよかった』とか言って泣いてたじゃん!」
「そういうアンタだって一緒に苛めてたじゃん! つか、アタシの泣き真似チョー上手くなかった? 女優の才能あるんじゃね?」
「ぜってー悪女役だわー」
「「わかる〜!」」
「ま、ブスなビンボー人とか、生きてる価値ないよねー」
「「わ〜か〜る〜!」」
女子高生が3人、バカ笑いしながら道を歩いている。その進行方向に、いつの間にやら一人の男が立ち塞がっていた。その目元はヘアバンドで覆われ、窺うことができない。
「……え、何アイツ。チョーキモいんだけど」
「うわ、あれやばくない……?」
「ケーサツに連絡しとこ。とりあえず道引き返そーよ」
女子高生達はこそこそと喋り、それから来た道を引き返し始める。だが、振り返ったそこには、先ほどまで逆側にいたはずの男が立っていた。
「えっ……?」
「何これ、ドッキリ?」
「だとしたらチョーセンス無いんですけど〜」
女子高生達はキモいキモいと連呼しながら、横を通り抜けようとして……その腕が男に掴まれる。
「ちょっ、離せよ変質者!」
「痴漢ー! 痴漢でーす! 誰か助けてーっ!」
「警察! 早く警察呼んで!」
次の瞬間、男の拳が女子高生の顔面に叩きつけられていた。
「……ぶッ!?」
「「ッ!?」」
ポタタと鼻血が地面に垂れる。ポロリと歯が一本掛けて、コッとアスファルトで音を立てた。殴られた女子高生が顔を押さえて泣き喚く。
「い、いひゃい……いひゃいいひゃいいひゃい!」
「ひっ……!」
「ヤバっ……! 逃げるよ!」
腕を掴まれていなかった二人が後ずさり、そして背中を向けて駆け出す。
「……ま、待っへ! 待ちなひゃいよ! あたひを見捨へるの!? 待ちなひゃいよ! 裏切り者! あんたひゃなんて親友ひゃない! ひね! 逃へるなぁあああああ! 待っへ、あたひを置いていひゃないでぇえええええ!」
はたして、彼女の願いは叶えられる。男が凄まじい速度で、逃げようとした二人へと追いつく。その後頭部をそれぞれの手で掴み、そのままの勢いで地面へと叩きつけた。
「「ぅぎっ……!?」」
頭を押さえて蹲る二人。男はその二人の身体を押さえつけると、淡々と親指を背中で結束し、足首にガムテープを巻きつける。
「あ、あひゃひゃひゃ! ひぶん達だけ逃へひょうとするから、そうなるのよ!」
最初に捕らえられていた女子高生が馬鹿にしたように笑う。そんな彼女の元に男が戻ってくると、その腕を掴み残り二人の元へと引きずっていく。
「い、いひゃ……! やめて……! ねぇ、もう十分でひょ? 今なら許してあへるから……ね? ほら、なんだったらそこの二人を犯ひてもいいわよ!」
そんな事を宣いながら抵抗する彼女。しかし男と女ではあまりにも力が違いすぎる。強引に引きずり倒され、地面にうつ伏せにした。そして先に倒れていた女子高生二人に、告げる。
「よく見ていろ」
男は女子高生の顔をアスファルトに押し付けた。そして、
「嫌、やめへ……嫌、嫌イヤイヤイヤ……いやぁあああああああああアあぁアアぁぁアアアアアッ!?」
ザリザリと、その顔をおろした。
「まずは一回」
痛みと恐怖でジタバタと暴れる女子高生を押さえつけつつ、その傷まみれになった顔を残った二人へと見せつける。
「「ひぃッ……!」」
二人が逃げようとするも、拘束されている所為で芋虫のように地を這うだけ。
「五回」
最初はザリザリという音だったのが、だんだんズルリという音に変わっていく。
「十回」
やがてズルリという音はガリガリという音に変わる。そうなる頃には女子高生は時折ビクビクと痙攣するだけになっていた。下半身からは酷い悪臭が漂っている。
その顔は真っ赤に染まっていた。唇や鼻、眉がない、もしかしたら目玉も。そして何より皮膚がなかった。化物のようにさえ見えた。
「いやぁああああ! 助けて! 誰か、誰かぁあああああ!」
「なんでこんな事すんだよ!? アタシ等が何したってんだよ!? やめろよっ、やめろよぉおおおおおおお!」
「なぜ? お前達が一番よくわかっているだろう」
男は二人目の頭を掴み、おろし始める。
「これはお前達への罰だ。お前達が殺したあの子への報いだ」
「あ、あたしは何もしてない!」
「何もしてない? オトモダチを集めて彼女を輪姦した。自殺まで追い込んだ。それでよく、何もしてないなんて言えるな?」
「やったのはそこにいる二人よ! あたしは関係無いわ! だってあたしは見てただけだもの! いえ寧ろ、あの子はあたしに感謝してるはずよ! だって、パパに頼んで特別に、内緒で堕ろさせてあげたのはあたしなんだから!」
男は二人目をおろし終える。そして喚き続ける最後の一人の頭を掴む。
「あぁ、あの子はお前達の所為で何度も輪姦された。お前のお友達や……それから、お前のパパにもな。そして孕み、堕ろす事をも強要された。お前のパパも随分と高尚な趣味をしているようだな。マッチポンプだ。……それで心が壊れ、彼女は自ら命を絶った」
「やめ……やめなさい、やめてッ! あたしの所為じゃない! あたしは悪くない!」
「安心していい。お前が悪を知らないというなら、俺が悪を教えてやる」
「嫌……イヤぁあああああああああああああッ!」
ザリ、と肉の削ぎ落とされる音が鳴った――。
* * *
シンとした暗闇の中にノックノックと音が響く。返答はない。少しするとガチャリと鍵が開き、扉が開かれた。外からの明かりが部屋に差し込んだ。
「お疲れ様です、倉谷ヒロミさん」
「……勝手に入ってくるな」
「寒いですね。暖房つけますよ。それから明かりも」
「勝手に点けるな」
ヒロミの言葉を無視してツバキは壁のパネルに触れる。パッと明かりが灯り、ゴォォと空調機が動き出した。
「……何の用だ」
「何って、結果を聞きに来たんですよ。こちらから行かないと、貴方は一切報告しないままじゃないですか。電話にも出ないし」
「当然だ。必要がない。全ては俺が個人で為した事だ」
「全て? 傲慢ですね。パトロンに対してはもう少し媚びた方がいいと思いますが?」
「感謝でもしろって? 勘違いするな、俺はお前の犬じゃない。仲間でもない。言っておくが、俺が一方的にお前の持つ情報を利用してやっているだけだ。力を貸したとでも思っているなら、それはただの思い上がりだ」
「……はぁ、もういいです。にしても酷い臭いですね。血と糞尿と、それから吐瀉物の臭い」
「すぐに洗い流すさ」
「そうしてください。あと、よかったらこれ」
コトリ、とテーブルに缶が置かれる。
「……嫌がらせか? 俺は苦いコーヒーがこの世で一番嫌いなんだ」
「あら? てっきり好きなのかと。過去のカメラの映像で、よく買っている所が映っていたので」
ヒロミは暫し黙った。
「もういいだろ。出て行け」
「まだ報告を聞いてないんですけれど」
「……チッ。医師の娘とそいつのオトモダチには罰を与えてきた。レイプの実行犯にも」
「ということは、彼女の父である医師にもですか?」
「当然だ」
「……へぇ。でも本当に、よかったんですか? その医師ですけれど、随分と腕は良かったようです。実際、これまでも多くの母子を救ってきています。貴方の所為で今後救われるはずだった命が失われるかもしれませんね」
ツバキがにっこりと笑った。ヒロミはそれを「はっ」と鼻で笑い飛ばす。
「人を救った数だけ人を傷つけてもいいって? んなわけねーだろ。それに、仕事には支障ないさ。潰したのは股間だけだ」
「そうですか、それは助かりました。彼は大勢の権力者を担当していますから。もし今後の手術に支障があるとなれば、彼等が動き出してしまう所でした」
「話したぞ。これで満足だろう。さっさと出て行け」
「全く、次からは自主的に報告してください。報告や映像だけではわからない事も多いんですから。あと、世間でも着実に貴方の事が話題になり始めていますよ」
「……またその話か」
「貴方が了承するまで何度でも繰り返しますよ。いい加減、私達の用意したスーツを着用してください」
「いらないと言ったはずだ」
「いいえ、ヒーローにはシンボルが必要です。世間に、単なる義賊ではなくヒーローとして認識される為に、これは必須です」
「だから……」
強情なツバキに言い返そうとして、ヒロミは咄嗟に口元を押さえた。
「どうかしましたか?」
「なんでもない。すぐに出て行け」
「いえ、ですからまだ話が……」
「出て行けッ!」
ヒロミがぎろりと睨みつける。
「……そうですか。えぇ、はい。わかりましたとも。それではまた、次のターゲットの情報が集まり次第持ってこさせますのでッ!」
ツバキが苛立ち混じりな声でそう言い残し、部屋を後にする。扉が閉まり、自動でロックが掛かる。直後、ヒロミはユニットバスに駆け込んだ。便器に縋りつき、ごぱぁああと胃の中のものをぶち撒ける。あれだけ散々吐いた癖に、まただ。
「……くそっ」
網膜に、あるいは手に、拷問の様子がずっと残り続けている。どれだけ強く目を瞑っても、どれだけ手を洗っても、消えてくれない。真っ赤な血肉、露出した白い骨、ドクドクと脈打つ生物の体温、ぬめりと掌が滑る感触。
「っ……! っ……!」
何度も、胃液しか出なくなっても繰り返し嗚咽する。
ヒロミは頭からシャワーを被る。どれだけ水音に耳を委ねても、悲鳴や呻きが頭の中で延々と鳴っていた。
* * *
『――さん、倉谷さーん! 振衣っスー。情報持ってきましたー』
「……いつの間にか寝てたのか。ちょっと待ってくれ」
『了解っスー』
風呂場で眠っていたらしい事に気付き、うがいと着替えを済ませ、ヘアバンドを着けて応対する。
「あ、倉谷さんお疲れ様ーっス。ツバキさんに言われて情報届けに来ましたー」
「そうか、入ってくれ」
「お邪魔しまーっス」
警備員――振衣シュウを部屋に招き入れる。シュウはヒロミよりも年上だ。しかし彼はヒロミを敬うかのように振舞っており、ヒロミもまたそれに応じている。始め、ヒロミはシュウに敬語を使っていた。しかし、
『敬語やめてくださいよー。なんか、違うんスよねー』
『振衣さんこそ、なんで敬語なんです? 俺の素顔、もう知ってるでしょう。高校生のガキですよ』
『って言われても、どーにも最初の印象が……。できれば、倉谷さんには学生じゃなくて、いちヒーローとして振る舞って欲しいんっスよねぇ』
『……そうですか。いや、そうか。じゃあ、そうさせてもらう』
そんなやり取り以降、ヒロミは彼の前では……というよりツバキ以外の前では、常にヘアバンドで目元を隠し、ヒーローとして接するようになっていた。
「これ、今から10分ほど前に起きた暴行事件っス」
持ってきたノートPCを開き、防犯カメラの映像を流す。
「今、犯人はこの建物に潜伏中っス。でも、どうにもこの事件、警察の動きが鈍いんスよね。なんらかの裏工作が働いてる可能性が高いっス。なんで、次の被害者が出る前に倉谷さんにとっちめて貰いたいんっスけど」
「わかった。すぐ出る」
「ありがとうございまス! 気ぃ付けてくだせー! それじゃ、ジブンはこれで!」
シュウが部屋を後にする。準備しようと立ち上がった所で、ヒロミは「うっ」と口元を押さえた。まだ治まっていなかったらしい。身体を支えんと手を突いたテーブルの上。置きっ放しになった缶コーヒーが目に付く。
「クソっ……俺は、ヒーローなんだ。こんな、甘さなんてもう捨てたんだ」
握り潰すかのような強さで缶コーヒーを引っ掴み、プルタブを開ける。カポッと腹が立つくらい小気味良い音が鳴る。ヒロミはそれを煽った。
――苦い。
そしてマズい。今すぐにでも吐き出してしまいたい。しかし気付いてしまう。もうどこにも、残りを飲んでくれるメイはいないのだと。
「……っ、……っはぁ!」
強引に全てを喉の奥へと流し込む。カランカランと放り捨てた空き缶が床を転がった。
「ははっ、飲んでやったぞ……メイ、見てるか。俺はヒーローなんだ。もう、ヒーローなんだよ……」
呟き、ふと気付く。
「……あれ、俺」
ヒロミは床に転がる真っ黒な空き缶を見つめた。




