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「は、はわわわわ…」
とある男女が街中で手を繋いでいる。どうやら付き合って間もないようで、初々しい雰囲気が漂っていた。
「そ、そんなことまでしちゃうんですのぉ…?」
そして、その幸せそうなカップルは人混みから外れると、唐突に唇と唇を合わせ始める。女性側の照れ具合が凄まじくこちらまで照れてしまいそうである。
「え、えぇぇぇぇ…そんなこと言われたら…」
そして終いには愛の言葉まで囁き始めた。耳元で何度も、何度も。お互いの愛を確かめるかのように男女は抱擁をやめることはない。
「そ、それはやり過ぎなんじゃないですのぉ…」
そしてついには…し始めてしまった。何をと言うが、それを言うのは野暮というものであろう。そのシーンはどうやら彼女には刺激的過ぎたようで。
「…はぁ…はぁ…。こ、これが…『恋愛』…!?」
パタリ、とそれを閉じた麗花は、運動した後でもないのに何故か肩で息をしている。麗花がまだ手元に持っているそれは、一目見て少女漫画だと分かる外装をしていた。
本日、冠城は所用で家を空けている。家事の大半が終わり、少々暇が出来たところで麗花はあることを思い出したのであった。
「お姉様に借りたのすっかり忘れてましたけど…こ、これは、私には早いですわ…」
『恋愛』、というものをよく知らないと言った麗花に、沙紀が貸したものがそれである。少女漫画といえば、『恋愛』がメインと言っても差し支えはないだろう。
だが、沙紀は気付いていなかった。当然麗花など気付きようもなかった。
「それにしても、れ、恋愛ってこんなに刺激的はものなんですの!?」
圧倒的に早かった。恋愛のれの字も知らない麗花にとって、少女漫画のような『非現実的』な恋愛事情は、最初に触れるには少し間違っていた。
とはいえ、恋を知らない麗花にとっては刺激的ではあったものの、それ以上に新鮮であり、また、当然興味が惹かれるものでもあった。
「…顔が、熱い、ですの…」
その証拠に顔は真っ赤に染まっていて、どうやら脈拍もいつもよりいくらか早いようで。『あの時』程ではないが、麗花は所謂興奮というものを覚えていた。
麗花という少女が、『殺されたい』という破綻した願いを抱えているだけの、それ以外は普通の女の子であることを忘れてはならない。
むしろ、刺激的であり新鮮で、かつ綺麗なものには目がない。ずっと前から目に焼き付いて離れない、あの時の凄惨な光景しかり。
「…はっ!? もうこんな時間ですの!?」
どうやら読みふけていた事で時間を忘れていたようで、空は青から橙色へと変わる時間にいつの間にかなっていた。
「誠一郎様が帰ってくる前にお夕飯の準備しないですわね」
いそいそと少女漫画を片付け、エプロンを身に付け料理の準備に入る麗花。
その姿はどう見ても、新妻のそれであり…
「…にしても、凄かったですわ…」
自分で「早い」と断じた、それの更に先を行っていることに、麗花は当然気付いていなかった。