プロローグ
「…むぅ、なかなか落ちないものですね。頑固な汚れとはまさにこのことを言うのでしょうか!」
「いや、そんなのもう捨てていいから…」
「いえ、いけません!! まだ使えそうなものは使っていかないと!」
厄介な洗濯物の前でうんうんと唸る少女と、それを表情の読み切れない無表情で見つめる男。
少女の年齢は恐らく15、6くらいであろうか。丁寧な言葉遣いからそれなりにいい育ちをしていると見受けられる。 長く伸ばした艶のある黒い髪と、穏やかそうでいて意志の強そうな美しい顔がそれをよく表していた。
転じて男の方はまた、少し変わった風貌をしていた。20代後半くらいであろうその男は、とにかく眼が死んでいた。隈は酷く、顔色もあまり良くはない。多少顔は整っているようだが、無気力そうなその雰囲気がそれを覆い隠している。
「あ、そろそろお昼の時間ですわね。今作りますからちょっと待っててくださいな」
「…色々すまん。感謝する」
「お礼なんていいですのよ。私が好きでやってることなのですしし」
そう言って少女は、所々赤く染まったシャツをもう1度洗濯機の中に放り込んだ後、エプロンを着けてキッチンへと向かう。
それを見た男はソファに座り、テレビの電源を付け、新聞を広げる。この一連の流れが妙に手慣れているというか、とても自然であることから見るに、どうやら共に住み始めて日は浅くないらしい。
『…今朝未明、○○社の役員が自宅前で亡くなっているのが発見されました。死因は不明。事故と他殺の両方の線で警察が捜査を進めています』
「物騒な世の中ですわね」
「あぁ、本当に物騒な世の中だよ」
流れてきたニュースを聞いて、2人は同じ感想を述べる。どうやら近辺で殺人事件が起きたらしい。
「まぁ、殺されて当然ですわ。『悪人』でしたもの」
まるで殺された被害者の人柄を知っているかのように淡々と語る少女。
「悪人かどうかは大した問題じゃない。が、殺されたってことはそういうことなんだろう」
そして男も同じように淡々と語る。同情など一切感じさせない、どこか冷たい言い方になっている。
「ですが…とても、羨ましい…ですわ」
「…ノーコメントで」
「もう…分かってる癖に、意地悪な方です」
〜♪
そんなやり取りをしている最中に、男の携帯から無機質な着信音が鳴り響く。それを聞いた男は、小さく溜息を吐いてから着信に応じる。
「…はい。ご依頼ですか? えぇ、はい、分かりました。では、詳しい話をしたいので今日の15時にこちらにいらしてください。それでは」ピッ
通話を切った男は心底面倒臭そうに、スケジュール帳についさっき決まった予定を書き込んでいく。そういう仕事なのだから仕方ないところはあるのだが。
「今日も依頼があるんですの?」
「…みたいだな。本当、物騒な世の中だよ」
「むぅ…お金があるっていうのは狡いですわ。私にもお金さえあれば…」
「まぁ、気長にな。早く諦めてくれると助かるけど」
「諦める訳ありませんわ!! 私の人生における唯一の夢ですもの!」
「…さいですか」
「と、こんな話をしている場合じゃありませんわ。急いで来客用の準備をしないと…」
今日の予定が決まったということで、バタバタと忙しなく動く少女。どうやらそろそろお昼ご飯は出来るようで、家の中に食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「…本当助かるわぁ…ずっといてくれりゃいいのに…」
「是非そうしたいところですが、いつかは必ずいなくなりますので! ほら、お昼出来ましたわよ」
「おぉ、今日もまた美味そうだな…。肉が無いのは相変わらずだが」
「知ってますもの。お仕事の次の日は食べられないと」
仲睦まじく会話を続ける少女と男の。互いのことはよく分かっているというのが、些細な会話から伝わってくる。
男曰く、「殺した後しばらくは流石に食えん」とのこと。
何年経っても、何回殺ってもそこは変えられないそうだ。
そして少女曰く「死体を見た次の日は私も食べられない」と。
見慣れているとはいえ、流石にその光景を思い出すそうだ。
「にしても、最近は殺り過ぎだろと思うんだが」
「『仕事』ですもの。仕方ありませんわ」
この1週間で殺した人数は4人。2日に1回以上は殺してる計算になる。実行するのもそれを仕方ないと割り切れるのもまた、おかしいのは言うまでもない。
そんな破綻した男と狂った少女が出会ったのは今から半年前のことだった。