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第14話

 かくして、例年よりも長い冬は終わりを告げ、春が訪れることになった。

 まだ完全に雪は溶けきってはおらず冷たい風が肌をなでる日々が続くが、じきに芽生える新緑の息吹は山々から国へと流れることになるだろう。


 春の姫は塔に残り、夏の姫は狼に襲われた村々の被害状況を確認してから戻るということだった。そのため、冬の姫だけが夏の姫とともにやってきた捜索隊の一部を護衛につける形で、一足先に国のお城へと戻ることになったのである。


 ちなみに白い狼――ルーとネズミについては、冬の姫を助けた功労者として、国の王が出していたという『好きな褒美も取らせよう』というお触れにのっとり、その権利が春の姫から与えられた。


 ネズミは素直に喜び、褒美として塔に住まわせてもらうことを望んだ。外敵や食べ物に困らず気ままな生活ができる上、美しい姫たちの話し相手にもなれる。彼にとっては願ったり叶ったりのことであった。

 そして、もう一方の功労者はというと。


「それでは、褒美は望まないというのですね?」

「ああ」


 別れ際、塔の入口で春の姫に何度も問われていたが、狼はさしたる興味もなさそうに言ってのけていた。ネズミは「もったいないっすね~」などと惜しんでいるのだが、狼の気持ちは変わらなかったようである。


「では、気が変わられましたら、いつでも仰ってください。春の間は、この塔におりますので」

「ルーさま。次の冬には、また会ってくださいますか?」


 冬の姫は名残惜しそうに狼に歩み寄って両手を伸ばし、そっと彼に身を寄せた。狼も姫を拒まずに、安らいだ表情を見せていた。


「オレが山に生きる以上、約束はできない。だが、オマエが歌えば応える声はあるかもしれん」

「……はい。必ず、歌います。お元気で」

「私も途中までご一緒するわ。イヴ、お父様と秋の姫(トゥーラ)にもよろしくね」


 抱擁を解いた冬の姫は精一杯の笑顔をつくり、夏の姫とともに去りゆく狼を見送った。

 そのとき、姫を見やる狼の金色の瞳は、わずかではあるが確かに優しげに揺れていた。そして、冬の姫はそれと同じくらいに、どこか哀しげな色も読み取ってしまっていたのである。

 その理由は分からないが、一度背を向けた狼が冬の姫を振り返ることはなかった。




 それから、冬の姫が城に戻り、何日か経った頃であった。


「イヴ! イヴェルノはいる!?」


 城内の廊下を慌ただしく駆ける足音と高い声が響く。自室で手習いをしていた冬の姫は、突然に自分の名前を呼ばれてびっくりして、手習いを一時中断して廊下へと顔を出した。


「どうされたの? トゥーラお姉様」

「あら、いるなら早く返事なさいな。入るわよ!」


 たっぷりとした明るい栗色の髪をふわりと踊らせて、橙色のドレスの裾を翻しながら強引に割り込むように部屋に飛び込んでくるのは、冬の姫よりも少し年上の秋の姫だった。冬の姫はほとんど秋の姫に押されるようにして後ずさり、興奮する姉の肩を押しとどめるのに必死となる。


「落ち着いてくださいませ。どうされたのですか?」


 侍女がそばにいれば、はしたないと一喝されそうな場面であるが、秋の姫はそんなことはお構いなしに大きなとび色の瞳をきらきらと輝かせている。何か良いことがあったのだなということだけは、その様子から察するに余りあるのだった。


「エステルお姉様がご帰還なされるのよ。もうすぐこちらに着くそうなの」

「え、本当ですか!?」

「もちろんよ。このような嘘をつく必要があって?」


 きっと、城内の誰かからお喋りで聞き出したのだろう。秋の姫は勝ち気に微笑み、胸をそらして得意げな顔となっていた。

 夏の姫の城への帰還は、冬の姫にとっても喜ばしい報せだった。姉の顔を早く見たいと、気がはやる。


「あなたとお喋りをするのも悪くはないのだけれど、お姉様からも冬山での出来事を聞きたいわね。わたしだけお留守番だったのだもの。しっかり()()をとらなくっちゃ、割に合わないわ」


 冬の姫が塔を抜け出した顛末については、秋の姫は根掘り葉掘り冬の姫から繰り返し聞き出していた。冬の姫も、もうすっかり話すことなどなくなっていたのだが、まだ飽き足らないようである。そして、秋の姫の中では、冬の姫の体験はすっかり美談としてできあがっているのであった。

 冬の姫は苦笑しながらも、彼女自信、夏の姫と早く話しをしたいと思っていた。夏の姫はわずかではあるが、最後まであの白い狼とともにいたのである。自分が別れたあとの彼の様子を、少しでも聞きたいと気持ちが高揚していた。


「お庭の見えるテラスまで行きましょう。そこからなら、お姉様が戻られればすぐに分かるわ」


 そんな冬の姫の表情の変化を目聡く汲み取った秋の姫は、言うが早いか冬の姫の手を取る。そうして、ぐいぐいと引っ張って部屋を飛び出すのだった。



 夏の姫を先頭にする一団が王宮の中庭に姿を見せたのは、それからほどなくしてのことだった。帰還を報せる鐘の音を聴きながら、冬の姫と秋の姫は、テラスからその様子を一心に見つめていた。


「お姉様ぁ!」


 秋の姫が声を張り上げて手を振り、馬上の人となっていた夏の姫を顔を上げて目を見張ると、笑みを浮かべて控えめに手を振り返した。

 冬の姫は秋の姫の大胆さにどきまぎしながらも、久しぶりにみる夏の姫の姿を嬉しく思う。すると、「あら?」と秋の姫が不意に疑問の声を上げた。


「あれは何かしら?」


 それは一団の後方にある幌馬車であった。中は見えないがずいぶんと大きく、馬が二頭がかりで何かを運んでいる様子なのある。

 妹二人の視線の動きに、夏の姫も気づく。そして、いつも溌剌としているその顔に、一瞬気まずそうな影が差し込むのを冬の姫は見てしまったのだった。


(お姉様……?)


 姉が表情を暗くする理由が分からず、冬の姫は胸の奥に小さな棘が刺さったみたいな奇妙にうずくような不安を覚える。

 夏の姫は後方の兵士たちに指示を出し、自らは下馬して幾人かの供をつれて王宮の中へと入っていった。幌馬車は庭の奥へと進んでいき、やがて見えなくなってしまう。


「うーん、何だったのかしら。まあいいわ。お姉様にお尋ねすれば分かることよね。行きましょ、イヴ」


 首を傾げるも、秋の姫はすぐに気を取り直して冬の姫に言い、踵を返して夏の姫のもとに行こうと足早に動き出す。冬の姫はまだ治まらない胸の疼きに後ろ髪引かれるように、何度か幌馬車が去った方を振り返ったが、結局その正体は掴めなかった。


 しかし、冬の姫はほどなくして知ることになる。

 彼女のもたらした冬の重さは未だ消えず、その身であがなわなければならないものなのだった。

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