先輩ときのこ
「お前に究極のハーレムを味わわせてやるよ」
いつもの場所にあたしが座るや、先輩は自信に満ちた笑みを浮かべて言ってきた。
「またかよ」
「いや今回は本当にマジなやつだから」
瞳も一層輝かせた。
この人こんななのになんでこんなに自信満々なんだろう。
あたしはどんな状況でも絶対に曲がらないその前向きさに、呆れながらというか感心しながら、
「頭からキノコ生えてる人にそんなこと言われても」
「いやいや、今回はこれのせいでハーレムできるんだから」
白いでっかいキノコで頭が重そうな人は、ふふんと得意げに鼻息を吹かせた。
一ミリも意味分かんねえ。
というか、
『頭上のキノコのおかげでハーレムができる』
なんて嫌な回答だろう。
『この世で最も嫌な予感を感じさせるセリフ大会』、なんてのがあったら、世界大会で優勝できる実力はある。あたしの嫌な予感メーターの数値はもはや測定不能でエラーの表示になってるもん。こんなのもうプロ用の目ん玉飛び出るぐらいお高い機材じゃないと測れない。
事の発端はこう。
昨日の放課後、宿題を終えた先輩は、あたしの寝言を聞く片手間に、ノートにオリジナル魔法陣を描いていた。
下校時刻間近、図形の模様の密度がかなり濃くなってきたあたりで不意に発されたあたしの寝言にその魔法陣が反応した結果が、今現在の比喩表現ではない本当の意味でのキノコ頭というわけ。
そのキノコは茶色がかった乳白色で、丸い傘に細長い軸、まさにキノコって感じのキノコ。
恐らく、『ヤコウタケ』というものを超巨大化したものらしい。夜光茸というその名の通り、暗いところで光るそうな。てか、光ってた。
日が最も短い季節の帰り道、薄闇の中をぼうっと蛍光グリーンに形を浮かび上がらせたキノコがすたすた歩いていく様にあたしは笑い死にしかけてたんだけど、まさか今日になってもその状態のままとは思ってもみなかった。
半分あたしのせいだったらしいということで、いくらかの心配はした。しかし、当の本人は気にするどころか、ハーレムできると心も頭も血気盛んに盛り上がってるので、まあいらん心配だったんだけど。
むしろ心配なのはこの後のあたしだ。
菌類のハーレムだぞ。菌類の。茸が究極のハーレムとか抜かして息巻いてんだもん。結末なんか見るまでもない。知りたくない。
しかし、時間は止まってはくれない。
ヤコウタケ先輩は鼻歌交じりにビニール袋に小分けされた怪しいモノいくつかとノート一冊を鞄から取り出した。
彼女はそのノートのとあるページを開いた。
それから、その怪しいものたちの中では一番マシだと思われる真空パックされたなめこを、そこに描かれた魔法陣らしき図形の上に置いた。
そして、最後の仕上げに、先輩は頭を前に傾けると、傘の部分を指先でとんとん叩き、その生贄が供えられた祭壇に、自身の胞子をふりかけた。
うわあ。
いやマジなんだこの奇怪極まる儀式は。今回のは本気でヤバい。これ本当に現実の出来事か? 実はまだ夢見てるんじゃないのか?
過去二回のハーレムもどきでは、いずれも事前に多大な不安はあったけど、その中に期待感も多少は含まれていた。まあ結局はその希望の双葉も破滅的大災害の直撃を食らってあっけなく枯れてしまったわけだけど。
しかし今回は、はなからその芽すら生えていない。種も埋まっているはずがない。
ある日突然火星に放り出され、身一つで農業をしろと言われているようなものである。
夢も希望もない。
用意されたエンディングは辛苦と絶望のバッドエンドただ一つである。
なのに、あたしはそれを知っているのに、行きの燃料しかない火星行きのロケットにTシャツ短パンで乗ることになってしまった。
嫌な予感は許容値を遥かに超えていた。だけれども、このけったいなキノコ頭が一体何をしでかすのか、わずかばかりの好奇心の方がなぜだか勝ってしまい、この場に留まってしまったのが運の尽きだった。
逃げ遅れたことを猛烈に後悔するももはやどうにもならない。戦慄と冷汗が止まらない。
そして、無情にも準備は完了してしまった。
今ここに究極のハーレムと称された死のサバトが始まる。




