先輩とうつつ
「おはよう」
お出迎えは聞き慣れたかわいい声。
目がくらむので大きくは開けられない。
薄目のまましばらく呆けていたところ、やがて頭がものすごくゆっくりだけど、現在の状況を読み込み始めた。
そうして、意識が五分程度甦ったあたりで、半開きの目の焦点をその声の主に合わせ、
「……はい……。……結構寝てたような気がしますけど……今何時ですか……?」
「ちょうど帰る時間だな」
「……そうですか……」
そっか……。先輩宿題やるってんで、あたしは寝ることにしたんだったな……。
ちょいと一眠りのつもりだったんだけど、だいぶ寝入っちゃってたんだな。どれぐらい時間が進行したか、すっかり変わってしまった景色よりも、全身のだるさと火照りでそれが分かる。
下校時間なら仕方がない。寝起きの重い頭を現時点における最大の頑張りで持ち上げた。
うん~といっぱいに両腕を上げて、ぬう~んと目いっぱい伸びてたら、
「お前なんかいろいろ夢見てただろ」
先輩はノートを鞄にしまいながら、にやにやからかい笑いで聞いてきた。
「あ~……、なんかすごい盛りだくさんの夢でしたよ……」
七割ほどの速度で回るようになった口でそう言ったら、
「だよな。んで最後どっかから落ちただろ?」
「あ~、寝言言ってました?」
「いや、寝言も言ってたけど起きる直前すげえびくってなったから」
「ああ……。それ先輩が攻めすぎて土星の輪に当たって木星に落ちたんですよ」
「なんだそれ。意味分かんねえ」
彼女は盛大に吹き出した。
「まあ夢ですし。でもすごいいい夢でしたよ」
「そうだろな。寝言もなんかそんな感じだったし」
「なんて言ってました?」
「なんか異世界の宇宙でゾグマルス星人とかいうのと戦ってたっぽいんだろ? それと戦ってて木星とか土星とか行ったんだろ?」
「宇宙は行きましたがご飯食べに行っただけでそんなん見てないです」
またかよ。名前は違ってるけど星人みたいなのなんて出てきてないんだけど。強いて言えばゲーミング先輩星人みたいなのはいたけど戦ってないし。まあでもなかなかの長い夢だったし覚えてないだけなのかも。夢の世界なら何でもありだし。
「そうなんか。あ、ご飯といえば一つ約束したぞ」
と、ここで先輩は不気味な笑みを浮かべた。
「約束……」
ほぼ完全に回るようになった頭だけど、深く巡らせるまでもない。
そばかうどんかラーメンか高級フレンチか満漢全席か。今回は思い当たるものがいろいろある。
そうして、先輩は妖艶な眼光でじっとあたしを見つめ、
「カレー、奢ってくれるんだよね?」
「そんな夢見てねえっす」
カレー、一体どっから出てきた。
「え~、奢ってやるから食いに行こうって言ったぞ~」
先輩は恨めしげなジト目で文句を垂れてきた。
寝言で約束とか言われても。
まあとはいえ、ちょっと前の金欠の時にピザ代を出してもらったことがあったんだけど、そのお礼はしたいなとは思っていたわけで。ちょうど定食屋のバイトのお給料も出たところだし、いい機会だね。
「分かりましたよ。じゃあ今回あたし出しますからどっかでカレー食べに行きます?」
「うわーーーーーーい!!!!!!!!!! カレーーーーー!!!!!!!!!!」
欣喜雀躍、小躍りする先輩。
先輩とお出掛け、あたしも楽しみだ。
やっぱり夢の中の宇宙飛行よりも現実のカレーだね。
――が!
念のためちょっと確認しておこう。
あたしはスマホを手に取ると、アプリを開き、とある数字と記号をタップした。そして、
「先輩! 127×9721は!?」
「ん? なんだ急に? 127×9721? なに? わからんけど80000ぐらい?」
うん。
大丈夫。やはりここは現実だった。
先輩がこんな問題即答できるはずないもんね。
電卓に並んだ数字は1234567。
さっきの夢の中のスマホはひどいポンコツだったな。答え全然違うじゃん。あと夢の先輩も自信満々で大嘘こきやがって。
しかしまあ適当に数字打った計算の答えがこんなにきれいに並んだ連番とは。
現実でもそんな奇跡的な数字が偶然現れることなんて普通にあるのだ。
だから、今だって別に不思議じゃない。
カレーデートとうきうき歌い踊る先輩の頭にでっかいキノコが生えてても。
こんな程度、先輩なら全然有り得る。




