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異世界の犯罪者  作者: りきやん
こちらの世界
9/42

09

翌日、大学に行くと、笑子が神妙な顔をしていた。


「どうしたの」


いつも笑顔が絶えないはずの彼女でも、こうして思い悩む表情をする時があるのか、と必要以上にじろじろと眺めてしまう。

これは、もしや、恋ではないだろうか。


「実はね、少し家を空けるんだけど、置いていくお花さんたちが心配で…」


恋などと言ったトンチンカンは誰だ。私だ。

笑子が悩むことなど、彼女が心血注いで育てている植物のことに決まっているだろうに。

鞄を机の上に雑に放り投げながら、笑子の隣に座る。

教授はまだ来ていないので、授業が始まるまでもう少しかかるだろう。

統計学の先生は、計算の数字に対しては細かいくせに、時間にはルーズなのだ。


「何日くらい空けるの?」

「一週間」

「なんだ、たった一週間じゃん」


死にそうな程に暗い顔をしていたから、一ヶ月くらい留守にするのかと思っていた。

たった一週間くらい、放っておいても問題ないだろう。

親戚の家では一切世話をせずに放置しておいたコスモスでさえ、秋には花を咲かせていたのだから。

けれども、笑子にとっては大問題だったらしく、薄情な私の言葉に噛み付くように反論してきた。


「一週間だよ?一、週、間!日に当ててあげたり、ちゃんとお水あげないと、それだけで病気になったり枯れたりしちゃうんだから!」


目前に迫った笑子を軽く押して、後ろに追いやりながら、分かった分かったと頷く。

植物なんぞ育てたことの無い私には分からないが、本当に好きでやっている人には死活問題なのだろう。

旅行に行くだけでも、一苦労だなんて、とんでもない話だ。

笑子にはお世話になっているし、親切にしてもらっている。

そこまで悩んでいるなら、力になってあげたかった。


「私でいいなら、預かろうか?」

「えっ?!」


一週間もの間、留守にするなんて話は初めて聞いたが、まぁ、笑子にも事情はあるだろう。

まだゴールデンウィークが過ぎたばかりで、夏休みなんぞ最果ての地にいるような時期だが、そこは大学生。

自分の裁量で休むことが出来るのは特権である。


「いいの?本当に?」

「世話に失敗して、枯らしても怒らないでよ」

「大丈夫!やった!ありがとう!」


本当はお願いしようと思ってたんだよね、とさらりと心の内を暴露していたけれど、私が逆の立場でもそうしていただろうから何も言わない。

喜んでぴょんぴょんと座りながら器用に跳ねる笑子に、アルベルに加えて植物の面倒も見ることになるとは、と苦笑が零れた。




私の家に笑子の愛する植物たちが運び込まれたのは、それから3日後だった。

幸い、アルベルが留守にしている時間だったので、特に問題も起こらず、事はスムーズに運んだ。


「じゃぁ、このノートに書いた通りにお世話してあげてね」

「わかった。けど、一種類だけでいいの?」

「うん。ローズマリーなんかは、乾燥してもしばらくは平気だし。特に繊細なのは、その子くらいなんだよね」


私の名前と同じ、楓のような形の植物。

綺麗な緑色で、不思議な香りがするものだった。

ハーブというのは、思っていたよりも、随分と匂いがキツイらしい。


「これ、ベランダに出しても平気?」

「大丈夫だよ。この匂い、慣れない人にはキツイだろうしね」


3つのプランターを2人でせっせと、ベランダに運び出す。

移動が完了した時には、洗濯ものを干すための足の踏み場など無い状態になってしまった。

外からも丸見えで、ご近所さんにはあの大学生は貧乏すぎて、ついに自家栽培を始めた、などと噂されそうだ。


「ごめん、楓。ちょっと多かったかな?」

「一週間でしょ?問題ないよ」

「ありがとう」


にこり、と笑子がいつものように笑う。

それから、思い出したように鞄をごそごそと漁り、はい、とあるものを手渡された。

押し付けられるようにして手に渡ってきたのは、くまのぬいぐるみ。

そう、テディベアだ。


「なにこれ」

「一週間、誰もいない私の部屋に置いておくの、可哀想で。楓と一緒に寝かせてあげて」


笑子は私が思っていたよりも、ずっとファンシーで女子力の高い人間だったらしい。

そうか、これと毎日一緒に寝ているのか。

若干頬が引き攣りつつも、私は素直に頷いておく。

預かってから、その辺に転がしておいてもバレないだろう。


「それじゃぁ、よろしくね。お土産買ってくるよ」

「やった。楽しみにしてる。気を付けてね」

「またねー」


玄関先でばいばい、と手を振りながら笑子を見送る。

しかし、本当に急な旅行だと思う。

笑子と毎日のように顔を合わせていたけれど、そんな話は微塵も出ていなかった。

私に話すと都合の悪いことでもあったのだろうか。

そんな暗い考えが過るが、それならば、こうして彼女が大事にしている植物を託すこともないだろう。

私は気を取り直して、手にしたテディベアをどこかに飾ろうと部屋へ戻る。

自分のベッドに置くのも微妙だったので、アルベルがいつも寝ているソファへ置いておく。

美青年に抱かれて眠るなら、笑子のテディベアも文句はないだろう。


「たーだいま」


そこにタイミング良く、アルベルが帰ってくる。

もしかしたら、笑子とすれ違ったかもしれない。


「おかえり」


けれども、いつまで待ってもアルベルの口から笑子の話題は出てこなかった。

運良く、出会わなかったのだろう。

もし、アルベルがこの部屋に入るところを見られていたら、と思うと背筋が寒くなった。


「ねー、カエデ!これ、なーんだ」


そんな私の心配など知りもしないアルベルに、ほらほら、と見せつけるように目の前にぶらさげられたビニール袋。

見間違えるはずもない、そこに書かれた店名に私の目は輝いた。


「おあしすのとんかつ!」

「大正解」


やったー!と小躍りして、それを受け取れば、アルベルが目を細めて笑っている。


「好きだねぇ」

「大好物!」

「そっか。餌付けするって手も…」

「されないわよ」


一応、否定はしておいたが、正直、アルベルが私の好物を知っているとは思っていなかった。

じっくりと、プラスチックのパックに入ったとんかつを見つめれば、胸が高鳴り、頬が紅潮する。


「ありがとう、アルベル!」


大好き、と口元まで出かかった言葉を、慌てて飲み込む。

友人関係ならば、気軽に言っても問題ないだろうが、相手は私に好意を抱いているのだ。

期待させるようなことを言うのは、酷というもの。


「どういたしまして」


アイスブルーの瞳を細めて、アルベルが笑う。

白銀の髪が、彼の背中で美しく揺れていた。

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