06
思いを告げた日から、アルベルはカエデの気を引こうと躍起になった。
抱きしめたいと思えば手を伸ばし、甘えたいと思えば擦り寄る。
今まで以上に時間を共有するように努力し、己の気持ちを余すこと無く表現した。
「アルベルはさ、どうして手を出してこないの?あ、別に出して欲しいって意味じゃなくて、単純に疑問として」
辟易した様子のカエデが、呆れた顔で問うてくる。
随分と率直に物を聞いてくるものだ、とアルベルは苦笑した。
けれども、彼女の疑問も最もだろう。
好きだなんだと言っておきながら、キスひとつ迫らず、抱きしめるだけに留まる男なんて、カエデにとっては驚くほど不思議な生き物に見えるに違いない。
「無理やり犯したら、僕のこと嫌いになるでしょう?」
「当たりまえ。そんなことされたら、アルベルのこと思い出すのも嫌になるでしょうね」
「だから、しないよ。カエデに嫌われたくないから」
相手の意思を暴力で抑えつけ、踏み躙る行為が、どれほど心を粉々に砕いてしまうか、カエデは頭でしか理解していないだろう。
その果てに生まれるのは、憎悪や憤怒、怨恨。
自らにそういった負の感情を向ける人間と、分かり合えることなど無いのだとアルベルは身を持って知っている。
我慢をするのは得意だ。
幼少の頃は、耐え忍び、黙する日々を過ごしていたのだから。
少しの辛抱で、その先に手に入れることが確約されているのならば、いくらでも耐えられた。
手を伸ばしてそのまま抱き寄せる。
やめて、という小さな声が聞こえたが、無視をした。
そうすれば、カエデが諦めたように身体を預けてくることをアルベルは知っている。
根が、お人好しなのだ。
好意を向ければ、それを無碍にすることが出来ない。
独力で生きてきただけあって、意思も強く、はっきりしているが、与えられる愛情や優しさを突っぱねることをしない。
頼られれば、答えようと務める。
困った顔で、受け入れてしまう。
それが、カエデなのだ。
「アルベル、こんなことしたって、意味ないよ」
「アルって呼んでよ。親しい人は、僕のことそう呼ぶ」
「呼び方変えたって、好きにならないから」
親しい人、と言ったがそんな人間は存在しなかった。
自分をアルと呼ぶ人間は、忌まわしい、煩わしい、と思っている者たちが大半だった。
それでも、もし、カエデが「アル」と親しみを込めて呼びかけてくれるのならば、少しは過去の嫌な記憶を塗り直せるかと考えたのだ。
残念ながら、答えは芳しくなかったが、カエデのことだ。
何度も懇願すれば、きっと願いを叶えてくれるに違いない。
くい、と小さく髪が引っ張られる感覚に、アルベルは意識を戻す。
気がつけば、カエデが髪に触れているではないか。
じゃれつくように指を通す姿に、くすくすと笑いを零しながら、問いかけた。
「僕の髪、気に入ったの?」
「…ものすごく、妬ましい」
「僕はカエデの黒髪の方が羨ましいけどなぁ」
忌み嫌われていた白い髪。
それを妬ましいと言い、優しく触れる指がとても愛しい。
欲しい言葉を与えてくれて、アルベルという存在を許してくれる。
涙こそ流さなかったが、鼻の奥がツンと痛んだ。
一緒にいたい、僕を見て欲しい、許容し、愛情を優しさを注いで欲しい。
カエデが何かを与える度に、アルベルの依存は強くなっていく。
だからこそ、不安だった。
どこの誰とも知らない人間が、横からカエデを攫っていくかもしれない。
彼女の気持ちが自分に向いていない今、事は簡単だろう。
カエデがいなくなれば、アルベルは再び孤独へと突き戻される。
考えれば考える程、最悪の想像がアルベルを苦しめた。
いつの日か、両親と姉兄を痛めつけた日のように、想像が現実に落とし込まれるのではないかと不安が募る。
「約束の印。破ったら、酷いよ?」
そして、ついに、奴隷の印と呼ばれる呪いをカエデに施した。
その魔術の内容を何も知らない彼女に、ほんの少しの罪悪感を感じる。
見知らぬ旅人を殺した時も、泣き喚く女を犯した時も、何も感じなかったはずの心が軋んだ音を立てた。
カエデに対しては、嫌になるくらい様々な感情がさざめき立つ。
罪悪感をぐっと、心の底に押し込め、蓋をする。
離れて行くのが怖くて仕方がないのだ。
何かで縛り付けておかなければ、安心することなど出来なかった。
もし、カエデが、その心を捧げてくれた時は、呪いを解こう。
不安が取り除かれたのならば、奴隷の印は必要ない。
アルベルはそっと指先で印をなぞる。
腕の中で、カエデが身を震わせたのを感じた。
依存、させるのだ。
アルベルがいないと、生きていけないと錯覚させるほどに。
そうすれば、自然と身も心も、カエデという存在の全てを手に入れることができる。
似たもの同士なのだから、一度彼女が気付いたならば、きっと同じように求めてくれるはずだ。




