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異世界の犯罪者  作者: りきやん
あちらの世界
11/42

01

アルベルに連れて来られたのは、小さな小屋だった。

木で出来た、暖かみのある、コテージのような場所。

アルベルはしばらく私を抱きすくめたまま、動かなかった。

私も、30分もしない内に起きた信じられない出来事に考えを巡らせ、動きたいとも思わなかった。


「カエデが、いる」


ぽつり、とアルベルが耳元で零す。


「カエデがいる。本当に、僕の住んでたところに、カエデがいる」


バッとアルベルは身を離すと、とても嬉しそうに笑った。


「いらっしゃい、カエデ!」


そう言われても、私は笑えもしなければ、喜びも出来なかった。

自分で思っているよりも、ショックを受けていたらしい。

こちらの気持ちを考えもせずに、はしゃいでいるアルベルの様子が、随分と疎ましく思えた。

そんな心の内に、彼は気づいたらしい。

困ったように眉を下げて、首を傾げた。


「ごめんね。急なことで、驚いたよね。それに、カエデも混乱してるよね」


座って、と部屋の中心にある食卓のようなところに導かれる。

私は抵抗する気も起きず、アルベルの言う通りにした。

彼はそのままキッチンに向かうと、鍋に何かを沸かし始める。

チョコレートの甘い香りがしてきたところで、彼がココアを入れてくれていることに気付いた。

2つのマグカップを手に、アルベルが戻ってくる。

そして、私の目の前にそのカップを置いてくれた。


「どうぞ」


私はじっと目の前のカップを見つめる。

白いマシュマロが浮かんでいるココアは、とても美味しそうだった。

手錠で繋がれた両手で、そっと持ち上げ、ゆっくりと口の中に含み、胃の中へと流し込む。

じんわりと身体が温まり、緊張がゆっくりと解けていく。

その瞬間、堰き止められていたダムが決壊したように、ぼろぼろと涙が溢れた。

この年になって、みっともない、と思いながらも、抑えることはできない。


「わ、わたっ…私、笑子が…。私じゃないのに!」

「うん。分かってるよ。カエデは悪くない」

「な…なんで、私…私が…」


アルベルは、小さく微笑みながら、私を見つめている。

その手が、そっと頬に伸びてきた。

以前なら感じていた恐怖を、今は感じない。

心細くて、悲しくて、悔しくて、それを受け止めてくれるアルベルに思い切り縋りたかった。


「心配しないで、カエデ。ここにいれば大丈夫だから」

「うぅ…アルベルぅ…」

「僕が守ってあげる」


アルベルの指が、そっと涙を拭ってくれる。

その暖かさが嬉しくて、その手に頬を寄せれば、彼は嬉しそうに笑った。


「ほら、ココア飲んで。落ち着いたら、ここの事、いろいろ教えてあげる。それに、カエデが好きって言ってたジイシャも作ってあげるよ」


アルベルの作ってくれたココアを、ゆっくりと飲み干す。

浮かんでいたマシュマロが溶けて、どろりとした液体の中に飲み込まれていく。

口の中に纏わりつく甘ったるさが、まるでアルベルからの愛情のように思えた。




ココアを飲んだおかげか、混乱は大分収まった。

ゆっくりと、何回か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

改めてアルベルの家の中を見回してみれば、数ヶ月、人がいなかったとは思えないくらいに、綺麗にされていた。

それに、見たこともない不思議な飾りが沢山ある。

時計だと思っていたものは、文字盤が20も刻まれているし、壁に張られている地図は、私が全く知らない大陸が書かれているデタラメなものだ。

きょろきょろと不躾なくらいに部屋を眺めている私が面白かったのか、アルベルが笑う。


「珍しい?」

「この地図、間違ってない?」

「ここの世界では正しいものだよ」


そう言われて、自分がアルベルの世界に連れて来られたことを思い出した。

本当に違う世界なのか、不思議で仕方ない。

彼の魔法で日本のどこか山奥の小屋に連れて来られただけじゃないだろうか?

私が疑っていることが伝わったのか、アルベルは肩を竦める。


「本を読んでご覧。カエデのいた世界のどこの言語でもないから」


はい、と手渡された分厚い本の表紙を捲ってみる。

確かに、英語でも、中国語でも、ドイツ語でも、ロシア語でも、ギリシャ語でもない。

どこか私の知らない国の言語かもしれないが、三角形と四角形がデタラメに並んでいるようにしか見えないそれは、文字というよりも図にしか見えなかった。


「他に、証明できるものない?」

「まだ疑ってるの?じゃぁ、これは?」


はい、と再び手渡されたのは、トマトなんかよりずっと赤い、細長い実だった。

唐辛子かと思ったけれども、形はナスに似ている。

真っ赤なナス、と言ったところだろうか。

甘くて美味しそうに見えたので、味はどんなものだろうかと、その先を齧ってみた。


「あ、馬鹿」


アルベルが慌てて私の手からそれを取り上げるが、後の祭だ。

口いっぱいに、苦味と辛さ、そして、香辛料のようなスパイシーな味が広がる。

吐き出しそうになりながら、涙目でアルベルに助けを求めれば、すぐにコップに水を汲んでくれた。


「ほら、これ飲んで」


お礼も言わずに引ったくるようにコップを掻っ攫い、一気に飲み干す。

それでも、口の中の味は消えなかった。


「な、なにこれ」

「テウの実。カエデの世界には無かったよね?」


確かに、こんな野菜は見たことがない。

それに、味だって無いものだっただろう。


「信じてくれる?」

「うーん、まぁ、一応は」


正直、疑問が残るが、ここが何処だろうと私にはどうでも良いのだ。

どうせ、犯罪者に落ちぶれた私は、あの場所に戻ることは出来ないのだから。


「それにしても、アルベル。あなた、自分の世界に自由に帰れたのね」

「ん?」


なんでもないような顔でアルベルは笑っているが、正直、私には疑問で仕方がなかった。


「だって、連れて帰ってあげるとか言ってたじゃない。魔法で、行き来できたってことなの?」

「カエデってば、変に鋭いから嫌だなぁ」

「最初から出来てたの?」

「まぁ、そういうことになるかな」


ここで半眼になるのは仕方のないことだろう。

こいつは、嘘をついて私のお世話になっていたのだ。


「なんで。帰れるなら、さっさと帰れば良かったじゃない」

「あの時は、帰りたくなかったんだよ」

「じゃぁ、なんで、今は帰ってきたの」

「カエデがいるから」


アルベルの答えは、要領を得ない。

なぜ、私がいると帰ってきたくなるのだろうか。


「カエデを連れて帰りたい、って思ったから、帰ってきた」

「意味わかんない」

「カエデが、僕に頼るしかない状況で、一緒にいたかった」


アルベルは相変わらず涼しい顔で、にこにこと笑っている。

けれども、私は顔を引き攣らせるばかりで、到底笑えそうになかった。

そういえば、以前、アルベルは言っていた。


『カエデはここではしがらみが多過ぎるのかもしれないね』


全てのしがらみを断ち切らせるために、ここに連れてきたというのだろうか。

いやいや、それは考え過ぎだろう。

いつでもこちらの世界に戻れたというのであれば、私のことを好きだと言った時点で、ここに連れて来れたはずだ。

警察に捕まって、どうしようもない状況を見たアルベルが、私を助けるために仕方なく連れて来たのだと信じたい。

私の胸の内など知る由もないアルベルは、上機嫌に続ける。


「だからね、カエデが冤罪とは言え、犯罪者になってくれて、ちょっと嬉しい。だってもう、あの世界には戻れないよね?」

「あのねぇ…」


不謹慎、という言葉は彼の辞書には無いのだろうか。

笑子の事を思い出せば、憤りと悲しみが押し寄せてくる。

あいつのせいで、私の人生がめちゃくちゃになったのだと思うと、到底許すことは出来なかった。

同時に、あそこまでするほど憎まれていたのかと思うと、涙が浮かんでくる。

そしてから、はたと警察の人たちのことを思い出した。

私はアルベルの様子を伺うが、彼がつい先程、殺人を犯したなどとは微塵も感じさせる雰囲気はない。


「アルベル。ひとつ聞きたいんだけど、警察の人たちは…」

「あぁ、あれね。眠ってるだけ。大丈夫」

「本当に?顔が真っ白だったし、息もしてないように見えたけど…」

「悪夢を見せているから」


にこり、とアルベルが笑みを浮かべる。

眠らせる魔法、なのだろうか。

確かに、肩に触れるだけで死ぬような魔法が、そんな簡単に横行しているとも思えない。

あの星空の魔法を使う時だって、アルベルは大げさな身振りをしていた。

人を死に至らしめる動作が、触れるだけというのも不可解だ。

それよりは、眠らせて悪夢を見せている、という説明の方が腑に落ちる。

私は、死人が出ていないことに、ホッと息をついた。


「本当にお人好しだねぇ、カエデは」


いつ聞いても、あまり褒められてるとは思えない単語だ。

思わずムッとした顔をしてしまえば、怒らないでよ、と言いながら、頭を撫でられた。

その表情があまりにも幸せそうなものだから、毒気を抜かれてしまう。


「これからも、よろしくね」


アイスブルーの瞳を細めて笑うアルベルに、私は頷くしかない。

首を横に振れば、待っているのは見知らぬ世界での死しかないのだろう。

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