1章最終話 終幕 <ゲーム>
『フン』
倒しきれなかったかっ!?
すぐさま、反撃に備えようとする。
だが――。
『……よもや、キサマのような輩に敗北するとは……思いもせなんだ』
ボソリ、とボスが発した言葉。それと同時に、ボスの巨体が光の粒子に包まれていく。
……倒した、のか?
そうだ、倒したのだ。他ならぬ、俺が。
「……やった」
――やった。
静かな喜びが、身体に充満していく。
だから――次の言葉に、耳を疑った。
『よかろう……人間。キサマを、我が敵として認める』
「……え?」
『今、ここにいる我は、本来の力の一部に過ぎぬ。……我が本体は、ここより更に地下深く、キサマ達人間を待ち受けている。その時は、油断も慢心もなく、キサマを迎え撃つこととしよう』
光は、すでにボスの顔以外を覆い隠していた。
そして、やがてすべてを光が包もうとした、刹那。
ボスの獣面が、ニヤリと笑った気がした。
『もっと、経験を積んでこい。さすれば、久方ぶりに、我も心躍る戦いができるやもしれぬ』
――期待しているぞ、人間。
フシュ、と光が消えた。
直後、部屋中に響き渡る、声。
「ボスモンスターの消滅を確認。一時、全プレイヤーをダンジョンエントランスへと強制転移します」
浮遊感。そして、暗転。
気づけば俺は、ダンジョン一階のエントランスに立っていた。
側には、ターナはもちろんのこと、俺達の後にボスに挑戦するはずだった、8人のプレイヤーの姿もある。
――戦いが、終わったのだ。
「……ふむ、どうやら、無事に次の階層へ行けることになったようだな」
部屋中央の紅珠を調べていたオレイガが、声を上げた。
「見ていてハラハラしたが、ハヤト……だったな? なかなかやるじゃないか」
そして、こちらに歩み寄ってくる。
「ああ……ありがとう」
嫌味などない、純粋な賞賛。
それに少々照れながらも、俺は素直に言葉を返した。
「……そういえば、前に聞いたことがあったな。武器も装備せずに、モンスターを撃破するプレイヤーの話を。……その時は眉唾ものだと思っていたが。お前が、そうだったか」
「……まあね」
オレイガの言葉を皮切りに、周囲に集まっていた残りのプレイヤーも、俺に声をかけてきた。
「よくやった」、やら「すごかった」などの賛辞。ダンジョン攻略組に転向しないか、という誘いもあったし、チームに来ないか、という引き抜きの誘いもあった。
まあ、それは冗談だったのかもしれないが、もちろん俺は丁重に断った。
誘いの話が出た時、遠巻きにこちらを見ていたターナの目が一瞬だけ怖くなったのは……気のせいだと思いたい。
「では、そろそろ外に出るか。皆、ボス討伐の知らせを心待ちにしていることだろう」
オレイガがそう言うと、ぞろぞろと出口に向かうプレイヤー達。
オレイガと組んでいた嫌味な長身の男は、おもしろくなさそうにこちらを見ていたが、すぐさま出口へ消えていった。
「……やったわね、ハヤト」
俺も出口へ向かおうと足を向けた時、気づけば、ターナがすぐ側にいた。
歩調を合わせ、会話しながら歩く。
「ああ……結構危なかったけど、なんとかなった。ターナがいたおかげだ」
言った後で、その言葉の内容に、少々気恥ずかしくなる。
だが、それは事実だ。ターナがいなければ、俺はボスに瞬殺されていただろう。
本心だったから、今すんなりと言葉が出たのかもしれない。
「そ、そう……」
面と向かって言われたので、ターナも照れたのだろうか。
小さな呟きと共に、顔を逸らす。その頬は、僅かに紅潮していた。
「……今夜は、ごちそうにしましょうか」
「お、いいな、それ!」
「ふふっ……期待して待ってなさい」
心が、弾む。
きっと、この世界に来て、今以上に気持ちが弾んだことは、ないだろう。
ダンジョンから外に出れば、そこにはたくさんのプレイヤーがいた。
俺達と共に、ダンジョンに潜った者。外れの通路を引いてしまった者。作戦に参加できなかった者。
皆、喜びの表情を浮かべている。
入口近くにいた何人かのプレイヤーが、ダンジョンから出てきた俺達に気づいて、バシバシと背中を叩いていった。
先に出て行ったオレイガ達が、何か言ったのかもしれない。
「ターナ、ハヤト……おかえりっ!」
声に振り返れば、そこにはエレーナの姿があった。
「エレーナ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫っ! ちょっととちっちゃったけど、全然平気だよ!」
各所に血が滲んだ防具が痛ましいが、本人は至って元気そうである。
「今夜は、ごちそうだってさ」
「えー、本当っ!? じゃあじゃあ、色んな物買って帰らないとねっ! ……と、そうだ、ゼアンがあっちにいるんだ」
俺の言葉に目を見開き、ピョンピョンとその場で跳ねるエレーナ。
が、ふと思い出したように、慌てて歩き出した。
俺達もその後を追う。
少しばかり、広い空間。
ダンジョンの突入によって負傷したと思われる何人かのプレイヤーが、手当を受けている。
その一角に、ゼアンはいた。
防具は外され、簡素な衣服に着替えている。ボスとの戦闘によって負った傷は、まだ完治していないようだ。
「ゼアン、ゼアンッ! ターナとハヤト、連れてきたよっ!」
目を閉じて横たわっていたゼアンは、エレーナの声で、ゆっくりとその目を開く。
そして、やや顔を動かし、俺達を認識した。
「やあ、騒ぎは、こっちにまで聞こえてきていたよ。二人がやったようだね」
「ええ。ゼアン、傷の具合は?」
ターナがゼアンの側に座り込んで問う。
俺も、それに続いて体を低くした。
「ちょっと安静にしてれば大丈夫だよ」
気楽そうに言うが、その笑みは少し力がない。
無理もない、と思う。なぜなら、彼は瀕死だったのだから。ダメージは大きいに決まっている。
「ゼアン……」
「ハヤト、おめでとう」
「ああ……ゼアンのおかげだよ」
実際、ゼアンのおかげで、明確な攻撃目標が分かった。それは、大きい。
「……そっか」
ゼアンは、少し驚いたようにするも、穏やかに微笑んだ。
そして、僅かに身じろぎすると、腕を、こちらに差し出した。
その先には、握られた拳。
――なにを、とは聞かない。
少しだけ考えたが、すぐにその行動の意図が分かった。
だが、ここには多く衆目がある。ちょっと小っ恥ずかしいものがある。
僅かな、躊躇。
だけど、俺はゼアンと同じように握った拳を持ち上げ――。
ゴツン。
「やったね」
「ああ」
互いの拳を、ぶつけ合った。
その様を見て、ターナも、エレーナも、微笑んでいる。
俺も、なんだか可笑しくなり、思わず笑みが零れた。
ダンジョンの帰り道。
順調に回復はしたものの、少々フラついているゼアンを含めた俺達四人は、食材を購入するため、商店街へと向かっていた。
ターナとエレーナの女性陣が、ごちそうは何を作ろうか、と相談しあい、ゼアンはそれを笑いながら聞いている。
時折意見を求めてくる女性二人に対応しながら、それを聞いていた俺だったが、ふと、ボスの言葉が脳裏をよぎった。
『――我が敵として認める――期待しているぞ、人間』
そう、まだ終わってはいない。ただ単に、ダンジョンの一ボスとの、戦闘が終わっただけ。このゲームはきっと、まだまだ終わらない。
――強くならなきゃ。もっと、強く。
決意を胸に、空を見上げる。
「……ハヤトー、おいてくわよー」
道の先から、自分を呼ぶ声。
いけない、どうやらいつの間にか立ち止まっていたようだ。
三人は、急に立ち止まった俺を、待っている。
――でも、今だけは。
不安は忘れて、
「悪い、今行く!」
――楽しんでも、いいよな?
まだできてもいないごちそうに期待を膨らませながら、俺は、走った。
この作品を読んでいただき、ありがとうございます!
1章は、ひとまず今話にて終了です。




