32話 オリジンクラス・ジョーカー <ゲーム>
「くっ!!」
『防戦一方か!? 最初の威勢はどうしたぁ!!』
轟音は止まず、ターナとボスとの戦闘はより苛烈さを増していた。
最初は互角のように見えた攻防も、今やターナが追い込まれ、防戦一方となっている。
だが、それを前にしても――俺の内にあった絶望感は、綺麗さっぱりなくなっていた。
恐怖がない、とは言わない。
しかし、どうしてだろう。今は――。
「――負ける気がしない」
ポツリと呟いた言葉は、決して虚勢ではない。身体の底から熱く滾る思いは、俺に究極の自信を与えていたのだ。
では、その自信は一体何処からくるか。
「多分……この、ジョーカーってクラスのせいだろうな」
脳内で羅列された文字。あれを幻視した瞬間に、身体が熱くなった。
このクラスがどういったものか未だに不明だが、それが関係しているのは、十中八九、間違いないだろう。
自己の分析もそこまでにして、俺は戦闘に意識を向けた。
「しまったっ!?」
『ハッ、隙を見せたな――女ぁ!!』
度重なる戦闘の末、滅茶苦茶になったダンジョンの床に足をとられ、ターナが体勢を崩してしまったようだ。
その僅かな隙も見逃さず、ボスは距離を詰めて、その拳をもってしてターナを狙った。
同時に、俺もターナの元へ走り出す。
ボスは、それが必勝の攻撃であるかのように、余裕な笑みを見せている。
防御は間に合わない。これで、決着がつく。
そう、思っているのだろう。
だったら、その考え。
――俺がぶっ壊してやるよ!
ターナと拳の間に強引に割り込む。
『ぬっ!?』
「……っ!」
迫る拳。
しかし、これといって防ぐ手立てを考えていなかった。
元より、俺の防御魔法は完璧ではない。ターナがやっていたように、上手く守ることができない。
――なら、一つしかない。
迎撃の体勢をとる。
確かに、このボスモンスターは、今までとは別格の相手かもしれない。
……だが、俺だって。俺達だって。
幾多の戦いを潜り抜けてきた。不可能だと思っていたものを、可能としてきたんじゃないか。
最初は、できるはずないと思っていた。武器も使わずに、素手でモンスターを倒すなど。
だが、違った。丸腰の自分だって、モンスターを倒せる。それを証明した。
それからは、ずっと。
――これだけが、俺の唯一の武器。
「オラァアアアアアッ!!」
ボスの拳を、己の拳で受け止める。
ブワッ、と風が舞い上がる。
ギリギリ、と拮抗する力。
大きさは、段違いだ。果たして、俺の何倍あることやら。
――だけど。
『なにぃ!?』
受け止められ、あまつさえ押し返されつつあることに、ボスが驚愕の声を上げる。
それは、そうだろう。相手は、己よりも遥かに小さい人間。しかも、ゴミであると完全に見下していた人間なのだから。
よほど驚いたのか、一気に相手の力が弱くなった。
グッ、と更に力を込める。勢いは、止まらない。
やがて、ボスの腕がゆっくり、しかし大きく動き――。
「アァアアアアアアアッ!!」
俺が全力で拳を振りぬくと、ボスは面白いように吹き飛び、ダンジョンの壁に激突した。
一転、静寂。
「……ハヤト」
「…………」
呼ばれて、後ろを振り向く。
「……遅いわよ」
「ああ……悪いな」
少し、呆れたように。しかし、ニコリ、とターナは笑った。
『……不意をつかれた。……このオレが、あんなゴミクズに押し負けるなど』
ガラガラッ、と瓦礫が崩れ、ボスがその巨体をぬっ、と現す。
『捻り潰してくれるわっ!!』
再度、振り下ろされる豪腕。
――しかし。
『ぬう、小癪な女めっ!!』
「ハヤト、守りは私に任せて! 行きなさいっ!!」
金色の膜が、それを防ぐ。
その下を潜り抜けて、俺はボスめがけて走り出した。
『ちいっ! だが、オマエ程度が来たところで、何ができるというのだ!?』
確かに、その通りだ。
俺の攻撃力は、決して高いとはいえない。
しかし、いかにボスモンスターといえど、必ず弱点はあるはずだ。そこを狙えば、勝機は生まれる。
だが――肝心の弱点が、どこか分からない。
ボスは、体の各所に傷はあるものの、そのどれもが致命傷ではない。掠り傷、といった程度のもの。
「くそっ……こんな時、ゼアンがいれば」
狂戦士クラスの特殊スキル。あれがあれば、コイツの弱所が分かる。
もっとゼアンの戦闘をよく見ていれば、と思っても後の祭り。そうすれば、彼がどこを重点的に攻撃しようとしていたか、分かったはずなのに。ボスの印象が強すぎて、ゼアンがどこを目指していたのか、ほとんど記憶していない。
クッ、と唇を噛む。
『たの……ん……だ』
ふと、脳裏に浮かんだのは、そう言い残して、この戦場から消えた、ゼアンの姿。
弱弱しい身体で、しかし俺の胸、というよりは中央あたりを力強く叩いた。
脳に、電流が走った。
「……あ」
その時は少し引っかかったが、消えゆく体を必死に動かして、鼓舞してくれたのかと思っていた。
だが――思えば、あれは何かを伝えようとしていたんじゃないか。
そしてそれは、アイツの弱所なのではないか。
ボスの懐に、辿り着く。
己の防御力によほどの自信があるのか。それとも、素手の人間相手どうということないと、油断しているのか。
いずれにせよ、好機だ。
力いっぱい跳躍、そしてボスの前に躍り出る。
ボスの腹には、一際大きな傷跡。
恐怖が記憶を引き出すことを妨げていたが、今なら思い出せる。これは、ゼアンが戦斧で斬りつけた傷だ。
「フンッ!!」
跳躍した勢いそのまま、傷痕を殴る。
――しかし。
『ぬぅ、効かぬわぁ!!』
衝撃は、確かに届いた。しかしその攻撃では、ボスを僅かに後退させただけであった。
「ハヤトッ!!」
腕を振りぬいた状態で無防備となった俺に、ボスの腕が迫る。
それから俺を守るように、ターナが金色の膜を展開するが。
「ぐぁっ!?」
攻撃こそまともに受けなかったものの、とてつもない衝撃が身体を駆け抜け、俺は吹き飛ばされる。
「大丈夫?」
「あぁ……なんとか」
地面をゴロゴロと転がるものの、すぐさま立ち上がる。そんな俺に、ターナが魔法を展開しながらも、近づいて声をかけてきた。
「もう一回……もう一回、だ。ターナ、援護頼む」
「ふぅ……」
簡単に言ってくれちゃって、と愚痴を一言頂戴する。しかし、それでも。
「……了解っ!」
彼女は、俺を信用してくれていた。
『ハッ、まだ無駄だということが分からんか!』
再び、俺は走り出した。
巨大な足が、俺を踏みつぶそうと、振り上げられるが、寸でのところで横っ飛びに回避する。
目指すは、ボスの腹。
ゼアンが残した、勝利への鍵。
『ぬぅ!? ゴミめ、何処にいった!?』
巨大な足が、瓦礫を粉砕する。
しかし、俺を踏みつぶした感触がないのに気がついたのだろう。己の足が砕いた地面を睨みつけ、ボスが唸る。
だが、俺の姿は捉えられない。その破壊力が仇となり、己の攻撃により噴き上がった土煙が、ボスの視界から俺の姿を奪っていたのだ。
煙に紛れながら、機を窺う。
煙は、まだ晴れない。ボスの唸り声が、イライラとしたものへと変わってくる。
そこに、金色の閃光が、襲いかかった。
ドォオオンッ!!
それは、ボスの顔面に直撃し、爆発する。
「あなたの相手は、こっちにもいるのよ?」
『ガァアッ! 生意気な女め!』
ボスの気が、ターナに引きつけられた。
――今だ!
もうもうとした煙の中から、飛び出す。
もらった!
……そう、確信した。だが――。
『馬鹿が! 二度も通じると思っているのかっ!』
完全に不意をついた、と思った飛び出し。
だが、その俺の行動は、ボスに筒抜けだったようだ。
跳躍した俺に即座に反応し、ボスが動いた。
空中に浮かんでいる俺に、巨大な拳が左右から挟み込むように、迫り来る。
「っ!」
慌てて、防御魔法を展開。
しかし、俺の魔法はまだ未熟だ。せいぜい、前方に盾のように炎を出現させることしかできない。
当然、それでは防げるわけもなかった。
――その魔法では。
『今度こそ、押し潰してくれるっ!』
飛んで火に入る夏の虫、とでもボスは思っているのだろう。予測し、俺の動きを読み切った。そう、確信して。
まぁ、それはあながち間違いではない。
確かに、俺一人であったなら、事はボスの思うままに進んでいたかもしれない。
――だが、ボスは致命的なミスを冒した。
それは――。
――我らが、チームリーダーの存在だ。
「……さすが、頼りになる」
刹那、俺の両脇を守るように、何層もの金色の膜が展開された。
しかし、力を分散させているせいか、完全な防御とはならない。
ミシミシ、と亀裂が入り、徐々に破壊されていく。
――それでも、拳の到達を遅らせることとなったその数秒は、確かに俺の道を開いた。
俺だって、ただ黙って事の経過を見ているだけではない。発動するのは、俺が保有している、ただ一つのスキル。
名を、エア・アクセル。空中において、一度だけ任意の方向に動くことのできる、汎用型スキル。
それを、ただ前方に。俺が先程創り出した炎の盾に向け、力強く宙を蹴る。
『なにぃ!?』
まさか、炎の盾を突き破って俺が出てくるとは思わなかったのだろう。
だが、気づいてももう遅い。ボスの両腕は、すでに俺が通り過ぎた場所にあるのだから。
『ゴミがっ! ……例え接近できたとしても、所詮は矮小な人間。それも、武器を持たずに丸腰の人間など、恐れるに足りんわぁ!』
ボスが、吼える。
……確かにそれは、的確な指摘だった。
ボスに比べれば、俺などは非力な人間にすぎない。強力で、特別な力を持つ武器なども、持っていない。
事実、先程仕掛けた攻撃は、難なく防がれている。それもまた、ボスの脳裏には浮かんでいるのだろう。
だが――。
「――武器なら、ある」
『……なに?』
そう、俺はすでに、己の武器を文字通り手にしている。
「ずっと、コイツで戦ってきたんだ、俺は」
拳を、握る。
最初は、無理だと思っていた。何より、頼りなく、不安で仕方なかった。
――だけど。
「コイツだって、俺の……俺の、立派な武器だァァ!!」
己の身体を駆けまわる、熱く滾る力。
それを拳の先に集め、俺は全力で突きだした。
『グ……ガァアッ!?』
くの字に曲がる、ボスの巨体。
そして勢いそのまま――。
ドザアァァッ!!
ボスは、背から地面に倒れ込んだ。
「やった!!」
遠くから、ターナの歓喜の声が聞こえる。
しかし、まだ撃破できたわけじゃない。
『……ぐぬぬ』
立ち上がろうと、巨体を起こし始めようとするボス。
――だけど、これで。
「ラストッ!!」
そんなボスの姿を前にして、俺はすでに宙を舞っていた。
なにも、ボスが立ち直るまで待っている必要はない。追撃をかけるなら、今しかない。
――勝機は、今!
俺の拳が、地面に横たわるボスの腹へと、突き刺さった。




