29話 小鬼の通路 <ゲーム>
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ボウッッ!!
俺とターナが通路へと進入した、直後。背後からの音。
同時に、むわっとした熱気が、身体を駆け抜けていく。チラッと振り返った、その先。今しがた俺達が通り抜けた場所は、大部屋と通路を遮断するように、紅蓮の炎が燃え盛っていた。
「後戻りはさせないってわけね……」
ターナがポツリと呟く。
これでもう、先に進むしかなくなった。
もとより、目指すは通路の最奥。後退は、ない。
果たしてこの先には、なにが待ち構えているか。
軽く息を吐いて心を落ち着かせながら、角を曲がる。
瞬間、俺の鼻先を何かが掠った。
カッ、と音を響かせて石壁に突き立ったのは――一本の矢。
すぐさま角の先を見る。通路よりかは、若干幅の広がった小部屋。そこにいるのは、弓を構えた二匹のモンスター。
気味の悪い緑色の皮膚に、子供のような体格。そして、醜悪に歪むその顔は、紛れもなくモンスターであることを現している。
ゴブリンアルシェ。下級モンスターであるゴブリンの派生型だ。
先制攻撃を外したことを悟るや、もう一方から矢が放たれる。
が、動体視力も上昇しているこちらの世界の身体では、それを避けることも可能。
射線を割り出し、回避する。もちろん、ターナも当たらない。
俺に近い方、向かって左側のゴブリンに狙いを定め、一気に距離を詰める。
慌てて弓に矢を番えているゴブリンだが、二射目はやらせない。
「はっ!」
矢が弦から放たれる前に、俺の拳がゴブリンの体に突き刺さる。
もう一方のゴブリンは、仲間がやられたことに怒ったのか、グギィ、と短くうめき声を上げて弓矢の狙いを俺に定める。
しかし――それが俺を襲うことはなかった。
飛来する、紅い流星。
右側のゴブリンを、ターナの投擲した朱槍が貫いたのだ。
「この調子で、どんどん行くわよ!」
ドサッと倒れるゴブリンに目もくれることなく、俺達はただただ奥を目指した。
※※※
「やっぱ、簡単には奥まで行けないか……」
あれから、いくつか部屋を突破した。
最初の方は僅か数秒で突破できた部屋も、先に進むにつれ、突破に時間がかかってくる。
モンスターの増加もそうだが、部屋に設置された罠の存在。
いずれかだけではさして難関ではない。二つ同時に存在することで相乗効果が生まれ、より一層戦い辛くなる。
罠にも、様々ある。例えば、特定の床を踏むことで、効果が発揮されるタイプ。例えば、通過することで発生するタイプ。
一番肝が冷えたのは、天井から鋼鉄の刃が落下してきた時だ。その真下の石畳の床が抜ける仕組みとなっていたらしく、俺の右足が床に嵌って一瞬身動きが取れなくなった時に、落下してきた。
身体だけは避けれても、右足が切断されてしまう。
咄嗟の機転、というよりも無意識に働いた防衛本能は、魔法による防御を展開した。
だが、俺の魔法はまだ完璧とは程遠い。
炎の壁は、僅かばかり落下時間を稼ぎ、その軌道をずらした。しかし、それも微々たるもの。鋼鉄の刃は俺の魔法を切り裂いて、落下してくる。
恐らく、ターナがすぐに足元の岩を破壊してくれなければ、避けれなかっただろう。
全く、俺とは違って本当に頼りになる。
「……分かれ道ね」
この通路に入ってから、初めての分岐点。
……最奥が近づいているのか、ここから先がまだまだあるのか。
「……どうする?」
「考えても埒があかないわ。どっちかに行って確かめるしか――っ!」
ターナと話し合っていた最中、左の通路から、俺達めがけ複数の火球が飛んできた。
会話を中断し、慌ててその着弾地点から跳び退る。
通路の奥、ゆったりとした歩調で現れたのは、襤褸切れのような紫のローブを身に纏い、片手に細長い杖を持つゴブリン。下級魔法を扱うことのできるモンスター、ゴブリンメイジだ。それが一匹ではなく、五匹ほどの集団。
「また、コイツ達か……」
このゴブリンメイジ、先に通過してきた部屋でも遭遇している。
そして、確定ではないが、ほぼ間違いないといえる仮説が一つ。
――おそらくこの通路は、ゴブリンの派生型モンスターしか出現しない。
現に、最初に出会ったゴブリンアルシェを初め、剣を扱うゴブリンナイト、アンデッドタイプのゾンビゴブリンなどなど。そして、このゴブリンメイジ。
はっきりいって、大した相手ではない。
もっと難敵が現れることも覚悟していたが、少々拍子抜けだった。
「ふんっ!」
すぐさま接近して、一当て。近くのゴブリンメイジを撃破する。
ゴブリンメイジの特徴は、魔法における遠距離攻撃。他のモンスターと交戦中であれば少々面倒だが、ここにいるのはゴブリンメイジのみ。接近戦ならば、すぐに撃破できる。
――しかし。
一体が俺に撃破されたのを見るや、残りの4匹は慌てるように踵を返し、出てきた左の通路に戻っていく。
その光景に俺は、追いかけようとしていた足を止めた。
これまでのモンスターとは、違う反応。今までのモンスターは皆、逃亡などはしなかったからだ。
「逃げる……か。私達を間違った道へ行かせたいのか、もしくはそっちが本当の道なのか」
「どうする?」
「……ハヤトは、どう思う? 直感でいいわ」
「俺は……」
現状、とりうる行動は、三つ。追うか、避けるか、変化が現れるのを待つか。
しかし、最後のは駄目だ。目的は、迅速に最奥に辿り着くこと。いつ訪れるかもしれない変化を待っていては、時間の無駄。
ならば、残るは二択だが――。
「……左、かな」
「そう。なら、左に行くわよ」
「えっ? ターナも左なのか?」
「……まあね。考えて分かるものじゃないし、それにさっきの奴らが後ろから襲ってくるのも面倒だしね」
ターナはそう言って髪を弄ぶと、左の通路へ入っていく。
なるほど、そういう考えもあったか。と若干感心しつつ、俺もその後に続く。
俺の場合、確かに直感の部分もあるが、一番の決め手は、モンスターが罠を仕掛けるか、ということである。
ましてや、相手はゴブリンの派生型。
本能的に、正解に続くルートに逃げたのではないか。そう、思ったのだ。
もっとも――。
その考えが誤りであると理解させられたのは、すぐのことであったわけだが。
「……うわ」
左の通路を抜け、出たのは大部屋。
部屋に進入した瞬間、背後からは鉄格子がせり出してきて、退路を塞ぐ。
そして、前方には――部屋を半分以上覆う、ゴブリンの大群。
アルシェ、ナイト、ゾンビ……そしてその最前列には、先程のらしきゴブリンメイジ4匹。こちらを見て、まるで馬鹿にしたように笑っている……ように見える。
向こう側に、通路はない。つまり、行き止まりだ。
「なるほど……さっきのは囮。佯敗だったってわけね。で、私達は見事にそれに嵌ったと」
「……悪い」
「しょうがないわよ。ただ、運が悪かっただけ。とにかく、一刻も早く撃破するわ」
「ああ、そうだな」
そうして、モンスターの群れに突っ込もうとしたのだが。
「待って。ここは、私がやる」
「へ?」
「任せなさい」
俺を片手で制し、ターナは前に進み出る。
そんな俺達に、一斉に突撃してくるゴブリンの群れ。
それを前にしながら、ターナは手にもった朱槍を、ガッ、と地面に突き立てた。
「流石に、一体一体相手にしてるのは時間が惜しい。だから――」
――一気に撃破するわ。
直後、ターナの雰囲気が変わった。
俺は、その変化にビクリと身体を震わせる。
まるで、首筋に刃を突き付けられているような感触。冷たい空気が、部屋一体を侵食していく。
今にも動き出そうとしていたモンスターの群れは、動かない。……いや、動けないのだろう。
そこにあるのは、明確な実力差。彼らは、今まさにそれを実感しているのだろう。
「ボスまでは、魔法を使わないつもりでいたけど――」
この部屋中、空気までも支配しているといっても過言ではないターナは、ゆっくりと右腕を天へと伸ばしていく。と同時に、ゆらゆらとした金色の粒子が、ターナの身体から噴き出した。
それらは、まるで意思を持っているかのように、天へと昇っていく。
そして――。
「ハヤト、よく見てなさい」
ターナの頭上。そこには――空間一帯を覆い尽くすかのような、無数の金色の輝きがあった。
「少しでも、魔法を上達すればね――こんなことだって可能になる」
ゆっくりと、前方を指すように振り下ろされた腕。
瞬間。
――部屋中に、ゴブリンの悲鳴が木霊した。
「「「グギャァッ!!」」」
例えるなら、金色の雨。雷の銃弾の嵐。
それらは絶え間なく、石畳の床を砕き、ゴブリンの群れに殺到する。
その光景を呆然と見守る俺の傍らで、ターナは徐に地に突き立つ朱槍を手に取った。
彼女の視線の先には、部屋の奥、運よく生き残った数体のゴブリンの姿。
射程距離から外れていたのか、たまたま当たらなかったのか。
ターナは、瞬きすることなく、朱槍を両手に持ち、上段に構える。
「これで、ラストッ!!」
そして、全身をバネのように使い――上空に、投擲。
打ち出された朱槍は、発射されずに宙に揺蕩っていた雷の粒子を纏い、その全てを金色に染めていく。
くるり、と自動で穂先をゴブリンへと向ける槍。
凄まじいスピードで一直線に飛来する槍はまさに――。
「稲妻纏いし長槍!!」
稲妻。その言葉以外に、言い表せるものはない。
着弾、そして。
「うわっ!?」
轟音と共に発生した爆発が、地面を揺らす。
巻き上がる砂塵。粉砕され、吹き飛ぶ石畳の破片。それらがすべて晴れた頃には――そこに、ゴブリンの姿は一つもなかった。
「……凄ぇ」
それしか、言葉が出ない。
「ほら、あんまりぼーっとしない。行くわよ」
ターナの言葉でようやく我に返る。
気づけば、退路を塞いでいた鉄格子は、いつの間にか開いていた。
「お、おう……」
ターナには絶対逆らわないようにしよう。
俺は、そう心に決めて、来た道を戻った。
※※※
「どうやら、ここが最奥のようね」
今、俺達は通路の最奥らしき部屋にいる。というのも、部屋の中央に紅の光を放つ魔法陣があり、その中心に「6」という数字が浮かんでいるからだ。
つまりこの通路は、ボスに6番目に挑戦できる、当たりだったということだ。
「余計な時間をくったけど、間に合ってよかったわ」
結論からいうと、あの分かれ道からこの最奥までは、一つの部屋を挟むだけだった。
しかも、その部屋にあったのは、さほど危険性の少ない複数の罠のみ。
要するに、あの分岐点が、最後の大罠。ものの見事に、俺達はそれに嵌ってしまったわけだ。
「準備はいいわね、ハヤト?」
ターナの、問い。
対して俺は、大きく息を吸い込む。
とうとう、ここまで来た。
この先に待ち受けるのは、一体どんなボスか。
不安がないわけはない。それはきっと、ターナも同じだろう。
でも――。
「……ああ」
ここまできて、尻込みするわけはない。あの時、覚悟は決めたはずだから。
ターナと歩調を合わせ、紅の魔法陣に足を踏み入れる。
輝きを増す、紅の光。
そのあまりの眩しさに目を瞑り。
そして、ようやくその光が止んだ時。
――グルァアアアアアアッッ!!
鼓膜を震わせる、咆哮。
「な……あれが……」
「……ボス」
灰色の巨体をもつ悪鬼が、そこにはいた。
ちなみに、1章はもうそろそろで終了します。




