18話 心の境 <ゲーム>
少し長いですが、前回の戦闘に関してです。
一人称だったので外の様子は書けなかったのですが、ターナ達は、決してアナコンダ・フェルスを倒せなかったわけではありません。余裕で、とはいかないまでも、一匹相手ならば倒せる実力があります。
にも関わらず倒せなかったのは、腹の中にハヤトがいたからです。死亡条件を覚えておいででしょうか。
『プレイヤーにしか、プレイヤーは本当に殺せない』
つまりは、そういうことです。
やはり、番外編として投稿したほうがよさげな気がします。いつになるかは未定ですが、番外編として割り込みをした場合、前書きにてお知らせします。
では、どうぞ。
再び陣形を組み、警戒しながら進む俺達だったが、しかしそれは徒労に終わった。
さほど距離がなかったというのもあるかもしれないが、モンスターの襲撃を一度も受けることなく、進むことができたのだ。
だが、ターナの推測によれば、その理由には俺にも原因があるらしい。俺に付着したアナコンダ・フェルスの匂いがモンスターを遠ざけているのではないか、と言うのだ。
そういうもんなのか、と納得しつつ、そんなこんなで、暗殺者の遊び場を抜けた俺達。思いの外時間が経っていたのか、気づけば日は暮れ、夜に近づきつつあった。
「ま、色々あったけど、陽が落ちる前でよかったわね」
ターナが、ふぅと疲れたように息を漏らしながら、言った。
「さ、着いたわ。ここが、中継地点よ」
森が途切れ、木々のない開けた場所。そこにあったのは。
夕陽を受け、微かに光を反射する、白く、大きめなテント。それも一つや二つではなく、パッと見ただけでもゆうに十を超えている。
それだけでない。大勢とはいかないまでも、あちこちにプレイヤーの姿もまた、散見された。
まるでキャンプ場みたいだ、とどこかずれた感想が、頭に思い浮ぶ。
「いっつものテントは空いてるかなー」
エレーナの、緊張感のない声。
……あながち、間違ってないのかもしれない。
少々脱力しながら、ターナ達のあとに続く。
その道中、何人かのプレイヤーとすれ違ったのだが。俺の勘違いでなければ、なぜだか見られていたような……。
そうして立ち止まったのは、テント群の中心付近。<管理人テント>という札の吊り下げられた、周囲のものより簡素なテントの前だった。ただ、簡素ではあるが、大きさでいえば、ここら一帯では最も大きいだろう。
中には、横長のテーブルに頬杖をつき、暇そうにしている大柄な男性が一人。更にその奥には、眼鏡をかけた女性が一人、手元の紙の束に一心にペンを走らせ、座っている。
「お、ヴァーミリオンか!」
俺達が入ってくるのに気付いた男性が、頭を上げて気さくに声をかけてくる。しかし奥の女性はというと、紙の束から顔を上げようとはしなかった。
「いつものとこ、空いてる?」
それに気にせず、挨拶をするように片手をあげながら、ターナが返答する。
「川辺のとこだったな? えーと……」
ひたすらにペンを走らせていた女性が唐突に、サッと一枚の紙を男性に渡した。彼女は依然、こちらを見ない。
そしてそれを受け取った男性は、それに目を走らせると、該当した箇所を見つけたのか、大きく頷いた。
「おぅ、空いてるぜ。女性二人に、男性一人。いつも通り、テント2つ。以上で……ん? そっちのお前さんは、なんだ?」
そうして書類から顔を上げた男性だったが……その目が、俺とバッチリあった。
「新しいメンバーよ。といっても、まだ登録はしてないけどね」
「……ほう、道理で見たことねえ顔だと思った」
ターナの言葉を聞き、じろじろと探るような、それでいて興味津々に俺を見てくる男性。
「お前さん、使う武器はなんだい? 見た所、その身体じゃ、重量級のは扱えなさそうだし……無理にとは言わんが、ちょいと見しちゃくれないか?」
「……出たよ、武器マニア」
「おいおい、こっちはただ、どんな武器を持っているか興味があるだけだぜ」
エレーナの、呆れを含んだような声に、豪快に笑って返す男。
だが、そんな光景を前にして、俺は困っていた。
これは俺にはまったく当てはまらない話なのだが、武器、というのは大まかにいえば道具に分類されている。そのため不要な場合は、ウィンドゥを操作すれば収容可能なのだ。無論、いつでも自由に取り出すこともできる。
ゆえに、この男性も、一般プレイヤー同様、俺が武器を収容していると考えているのだろう。
だが、見ず知らずのプレイヤーに、制限の存在を知らせる必要はあるだろうか。
……素直に告げるべきか? それとも――?
「俺は――「無手、よ」――え?」
口を開いたものの、どちらにすべきかは決まらず。
そんな俺を見かねてかは知らない。が、助け舟、というよりも、ターナが暴露してしまった。
「……無手? ……ってーと、魔術師とか、そっちの系統か? 確かにそれなら無手でもなんとか――」
「いえ、もろに近接戦闘よ」
その言葉を聞いた瞬間、男は、「は?」と、少々間の抜けた表情を晒した。
しかし、やがてその内容を理解したのか、男は再び、いや、先程以上にじろじろと不躾に俺を見てくる。
「あー、俄かには信じられんが……ヴァーミリオンの嬢ちゃんがわざわざ嘘をつくとは思えんしなぁ」
「当たり前でしょ。そんな調べればバレそうな嘘、つく意味がないわ」
「そうだよ。それにさっき、一人でアナコンダ・フェルスを倒しちゃったんだから」
エレーナも、俺の味方? をするかのように、声を上げる。
だが、それに対して、俺は少々複雑な気持ちとなった。
彼女は今、一人でと言ったが、実際にはそうではないからだ。
ゼアンによってヒントを得て、フェリヴィアによって、突破口を見つけた。
確かに、倒したのは俺だ。それはそうなのだが――あの時俺は、一刻も早く脱出しなければ、という思いに突き動かされ、夢中だった。
偶然に勝てたとはいえ、再び挑めばどうか。そう問われれば――全く勝てる気がしない。
それに、これだけははっきりしている。彼らがいなければ恐らく――いや、絶対に倒せなかった。
「ホントか?」
「あ、ああ……」
男は、心底驚いたような大声を上げる。
俺に向けられた視線、なおかつその勢いに、思わず俺は頷いてしまった。
「……なるほど。じゃ、お前さんの武器は、その拳ってわけだ」
男が、しげしげと俺の腕、その先にある、手を見やる。
だが、それが気にならないほどに、今の俺は動揺していた。
――俺の武器が、拳?
そんなこと、思ったこともなかった。
確かに、今までは拳で戦っていた。別に好んでそうしていたんじゃない。それしか、なかったからだ。
ゆえに、ひたすらに強さを羨み、憧れ。叶わないと知りながら、それでもなお武器があったら、と渇望していた日々。
拳が、武器――拳が、武器。
なぜだか、その言葉が胸にスッと入ってくる。
理由は、分からない。明確な根拠も、ない。
自身の腕を見やる。その先で、拳を握った手を、見やる。
ゲーム開始当初は、まったく頼りなかった、右手。
だが、どうしてか。今はこんなにも――。
「……いい顔、するじゃねぇの」
「え……」
ふと気づけば、男性だけでなく、皆が俺を見ていた。
……な、なんだ!? 一体俺はどんな顔をしてたっていうんだ?
その事実に慌てふためき、視線を彷徨わせる。
ターナ、エレーナはもちろん、一言も喋らなかったゼアンも。
さらには、まるで興味がない、と言わんばかりの態度で一度もこちらを向かなかった女性もまた、俺を見ていた。
視線が、交差する。眼鏡の奥に見えるのは――冷たい瞳。
それを見た瞬間、俺は一気に冷静さを取り戻していた。
たった数秒の出来事。そして彼女は、何事もなかったかのように、手元の紙に目を落とした。
しん、としたテント。ただ、外の喧騒だけが、響いてくる。
「お前さん、名前は?」
「…………」
名前。それすなわち、プレイヤーネームのことだ。
俺に与えられたプレイヤーネームは、ハヤト。しかし奇妙なことに、現実の名前もまた、隼斗。
文字としなければ、その違いは分からない。声に出すだけでは、さしたる違いもない。
しかし、それでも。
「……隼斗」
きっとそれは、俺にしか分からないことだろう。
中身は、同じなはず。身体は違えど、俺という存在は変わらない。考えれば、当たり前のことだ。
そう、当たり前だというのに――現実とこの世界とでは、どこかが、なにかが違う。
漠然とはしているが、それだけは確信していた。
ならば、少しだけ変われた気がした今。現実でも、そうでありたい。そう、俺は願った。
「ハヤト、ね……」
覚えておくぜ。
不自然な間をおいて、男は、ニヤリと笑った。




