17話 奇妙な縁、憑いてきたもの <ゲーム>
気持ち悪い。
最初に思ったのはまずそれだった。
喰われる直前、咄嗟に目をつぶり、気づけば、この蛇の腹の中らしき空間にいた。
――しかし。
「……本当にこれが、あの蛇の腹の中なのか?」
が、それ以外に心当たりなどない。
ところどころ下に溜まっている、ベタベタとする液体。脈動する、灰色の地面と壁。そして、それ越しに伝わる震動。俺を呑み込んだこの大蛇が、動き回っているのだろうか。
そしてなによりここは、薄暗く、暑苦しい。
だが、どうしてこの場所はこんなにも広い?
腹の中ならば、もっとこう、狭いのではないのだろうか。
だが、考えても答えなどでるはずもなく。
「くっそ……」
丸呑みされたのは、間違いない。だが、幸か不幸か、俺はまだ生きている。
しかし、それもいつまでこうしていられるか。
気温は暑く、息苦しくなりつつある。
コイツはモンスターであるから、この場で脱落となっても、真の死亡条件は適用されず、俺は蘇生できるだろう。
――だが。
「……こんなとこで終わってたまるかよ」
喝を入れるかのように、決意をする。
突破すると決めた。倒れないと決めた。
例えそれが、ゼアンを見返してやる、というくだらない理由であったとしても、確かに俺はそう決めたのだ。
まだ、モンスターとの戦闘によって、倒れるのはいい。
……いや、よくはないが、やはりそれはいつか訪れる時がくるのだろう。常に負けず、勝ち続けるなど、よほどが幸運もなければできようもない。
だけど。
喰われて終わる。そんな終わり方は、絶対に嫌だ。
だから、無様であろうと、あがく。
――しかし。
いくら決めたからといって、いくら諦めないからといって。
非力な餌が一匹。体内でもがいたとて、現実はそう都合よく変わるものではない。
今日はつくづく、己の弱さを思い知らされる日だ。
――こんな時に武器があったら。それがなくとも、この状況を打破できる強さがあったら。
そう思わずにはいられない。
しかしまだ諦めはせず、拳を握って、脈動する肉の壁を叩く。
強固な灰色の壁は、まるで本物の岩石のよう。俺の拳など一切通らない。
とりあえず、この空間を隅々まで調べてみるも、出口はおろか変わった場所すらない。
その事実に、心が折れそうになる。もう無駄だ、という逃げの考えが頭に浮かぶ。
「ちくしょう……」
やはり、俺はダメな奴だ。
これがもし俺なんかではなく、実力のあるプレイヤーだとしたら。こんなところで死ぬことなく、無事に脱出できるのだろうか。
己の非力さ。その悔しさを込め、ドン、と壁を叩く。
だがやはり、なにが変わるでもなく、眼前に立ちはだかる壁はびくともしない。
刹那、一際強い震動が、俺を襲った。
咄嗟のことに対応できず、バランスを崩してドサッとしりもちをつく。
「痛ってぇ……ん?」
倒れた拍子に、ふと、なにかが足に触れた気がした。
何かあるのか、と視線を落としてその正体を探す。
だが、そこにはなにもなかったようで。
気のせいか、と落胆し、溜め息をつきながらも立ち上がる。
だが、拳だけはめげずに振り上げ。壁に叩きつけようとした、その時だった。
『――おい』
どこか幼さを含んだ、しかしぶっきらぼうな少年らしき声。
驚いて周囲を見たものの、声の主は見えない。そもそもよく考えれば、こんなところでそんなのが聞こえるほうがおかしいのだ。
遂に、幻聴まで聞こえたか?
頭を振り、拳を握ったのだが。
ブォン、という聞きなれた音と共に、ステータス画面が勝手に表示される。
だが、こんな状況だというのに。それを忘れ、俺は画面を思わず凝視してしまった。
出てきたものはしかし、見慣れたものではなかったのだ。
ステータス表示の初期画面。項目を選択すれば、その説明が表示される部位であり、逆に選択していなければ空欄となっているはずの画面。
そこには――。
『おい、って言ってんだろうが、人間!』
黄土色を基調とした、どこかの民族衣装らしきものを纏った少年の姿があったのだ。
……どうやら、いよいよ俺は危うくなってきたらしい。幻聴に続いて、白髪の少年の幻覚まで見えてくるとは。
暑さに頭がまわらなくなっているのだろうか。
『ふっざけんな! オレがオマエの幻覚であってたまるか!』
口に出ていたらしい俺の言葉を聞いて、その少年が激昂し、眉を吊り上げる。
「……じゃあ、一体なんだよ」
『んなことは後だ! それより、外で戦ってんの、オマエの仲間か?』
困惑しながらも、コクリと頷く。
そうか、仲間! 彼らが、この状況を打破してくれれば――。
……いや。
それで、いいのか。
俺には所詮、どうすることもできないのか。
そうして俺は、顔を俯かせ――。
『――首の付け根だ』
「……え?」
少年が、ポツリと呟いた言葉。
反応して、顔を上げる。
『だから、首の付け根を狙えって言ってんだよ! なんでか知らねぇが、オマエの仲間の男が、そう言ってんだ!』
男……少年のいうことが真であるなら、それはゼアンのことだ。
だがなぜ、首の付け根を――。
そう疑問に浮かべた時、脳裏に閃光が走った。
「……そうかっ! <バーサーカー>の特性!」
バーサーカーのクラス特性、理性ある狂戦士。弱所を見抜く眼。
つまり、ゼアンがそこを狙えというのは――コイツの弱所がそこだということ!
だが、狙うべき箇所が分かったというものの……問題がある。
その肝心の、首の付け根がどこかが分からないのだ。
折角のヒントも、すぐさま絶たれた――かに思われた。
『ああもう、使えない奴だな! そこだ、そこ! そこだけ壁の色がおかしいだろうが!』
罵倒と共に、少年が俺の真上を指さした。
使えない発言に、ムカッとしたものの、指の先を辿る。
上方。そこを注視してみれば。
パッと見ただけでは分からない。が、確かにそこは、周囲と比べて微かに色が違った。
そこで、ふと思う。
なぜコイツは、ゼアンのことも含め、それが分かったのか。
……そもそも、コイツは一体なんなんだ?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのか。
『ハッ! オレの感知能力を舐めんなっ!』
画面に映る少年は、ニィッ、と自慢げな笑みを浮かべた。
だが、それも一瞬のこと。
『いっ、いいからさっさとどうにかしろよな! オマエと一緒にコイツの餌になるなんて、オレは真っ平だぜ!』
まくしたてるように、ソイツは怒鳴った。
その声で、我に返る。
……そうだ。まだ何も解決していない。
絶望しかない状況から、不確かといえども、道が開けた。それをやったのは、正体は未だに謎の、画面に映るこの少年。
俺じゃ、ない。そもそも、俺はまだなにもやっていないではないか。
身体は、動く。拳だって、まだ握れる。……まだ、終わっちゃいない。
上方、件の箇所を見据える。
――高い。果たしてあの場所まで届くだろうか。
――否。
届くか、じゃない。
届かせるんだ。
それができなきゃ、俺はここで終わるだけ。
ならば……。
――やるしかない。
ギュッと拳を握りしめる。
あそこはどう見たって、普通のジャンプでは絶対に届かない場所に位置している。
この世界での身体能力は、現実世界より格段に上昇しているが、それでもなお、届かない位置だ。
普通のジャンプでは届かない。
だから俺は、助走をつけると、対面の壁めがけて、跳んだ。
壁を踏み台に、足をばねの如く利用しての、壁蹴り。
現実世界では到底できないことだが、この世界での身体能力は、それを可能としていた。
色の違う箇所目掛け、思い切り拳を振りかぶって、殴りつける。
――微かにだが、当たりはした。だが、それだけだ。
直撃するには距離が届いていなかったし、貫通させようともなると、威力が全く足りていない。
そのせいか、壁にも全く変化は見られない。
『……おい、どうなんだよ?』
「いける」
しかし俺は、少年からの問いに即答していた。そして言ってから、己の口が言葉を紡いでいたことに気づいた。
『…………』
あまりの即答が不信だったのか、少年が疑わしげな目で俺を見ている。
だが、今の結果を見ていれば、それも仕方がないことだろう。
しかし俺の言葉は、断じて強がりなどではなかった。
もう一度、跳躍してみる。
しかしやはり、届かない。
『…………』
もはや画面の中の少年は、諦めたかのように、そして呆れたかのように着地した俺を見ている。
俺とて、分かってはいるのだ。今のでは、足りない。あの壁を突き破ることなど、到底できない。
もっとパワーが必要だ。先程よりも更に、勢いが、力が。
さっきのだって手を抜いていたわけではない。全力を出して、あの結果。それ以上の力を引き出すのは、現状厳しい。
いや、厳しい云々ではなく、不可能だ。確かに、もう少し工夫をすれば飛距離は伸びるだろう。だがそれは、微々たるものでしかない。
つまり、あの壁を突き破るということは、すなわちこの身体能力の限界を超えて跳躍、そして攻撃をするということに等しい。
己の限界など、長く時間をかければ超えることはできようが、この一瞬で超えるなどというのは、言うまでもなく無理なのだ。
再び、最悪の状況になった――かと思えた。
……だというのに、どうしてだろうか。
まったくもって――。
「――できない気が、しない」
そうして笑う俺を、少年が怪訝な目で見ている。絶対にできないのに、それでもまだやろうとする俺の行動は、きっと無駄なものとして映っているのだろう。
しかし俺が発した言葉は、自らにかけた暗示でも、ましてや慰めでもない。
本当に、そう思った。
今までは、届かなかった。それならば――もっと高く飛べばいい。
簡潔な答え。だが、そう簡単にいけば苦労はしないのが現実だ。
しかし、俺にはどうしてか、届くビジョンしか見えなかった。
高く……高く!
力を込め、足を踏み出す。
跳んだ先は、先程とほぼ同じ場所。壁に、ググッと足が沈み込む。
どれくらい沈んでいるかは分からないし、見る必要もない。
俺に今見えているのは、弱所である壁、その一点のみだから。
「おおおぉっ!!」
足に力を込め、弾丸の如く飛び出す。
肩を、拳を、ギリギリまで後ろに引き、空中で体勢を整える。
飛距離は……少々心許ない。
それでも俺は、全力で右手を突き出した。
ドゴッ!!
響き渡る鈍い音。拳が、壁にめり込む。
だが、いくら弱所といっても、それほど脆くはないようだ。
むしろ壁が、俺の拳を押し返してくる。
「くっ……」
……まだだ。まだ、足りない。
感触で、なんとなく分かる。
力を込めろ。もっと強く、もっと高く。
この壁を突破する力を、高さを――。
「――もっと!!」
全身全霊をこめて、叫ぶ。
瞬間、まるでそれに呼応するかのように、身体に力が満ち溢れた。
そして、ポーン、とどこか場違いな電子音と共に、メッセージウィンドウが表示される。
――スキル<エア・アクセル>を獲得しました。
脳内に、イメージが流れ込んでくる。
エア・アクセル。空中で一度、任意の方向転換を行うことができる汎用型スキル。
その獲得条件は――より高きを目指した者。
「これは……」
一見すると地味だが、かなり使えるかもしれない。
空中、というのはかなり無防備な体勢となる。だが、このスキルなら、それに対処も可能となるわけだ。
「っ……!」
俺が、初めて獲得したスキルに気をとられていると、突如視界に眩しいものが映った。
見れば、壁の一部に小さく穴が開き、そこから僅かばかりの陽光が差している。
あと一押し。それで、おそらくぶち破れる。直感だが、俺はそう確信した。
しかしそれとは反対に、勢いが失速した俺の身体は、ゆっくりと落下しつつある。
だというのに、フッ、と思わず笑みが浮かんだ。
――どうやら、早速このスキルを使う時が来たようだ。
脳内に、イメージを描く。
イメージするのは、空を駆ける自分。
両足に、光が宿る。
向かう先は、当然!
「っけぇっ!!」
再度、壁に突撃し――全力で拳を振るう。
――そして。
『……嘘……だろ』
とうとう突き破った。
ドガァッ、と崩れていく、大蛇の一部。
ようやく外へ出た俺の目に入ってきたのは。
大蛇と相対しながらも、目を丸くしてこちらを見ている、三人の姿。
「「「…………」」」
そんな彼らの前に、タン、と軽やかに降り立つ。
一拍遅れ、後ろから、ドスン、という地響き。
振り返れば、俺を呑み込んでいた大蛇が、木々を薙ぎ倒して横たわっていた。
だが、その目にはまだ光が宿っている。
――と思ったのも束の間、大蛇はゆっくりと目を閉じると、その全体を光の粒子に変え、サーッと消えていった。
『……あの<アナコンダ・フェルス>を……』
ウィンドゥの中の少年が、驚きを隠さずに大蛇の消えた場所を見つめている。
「アナコンダ・フェルス?」
『……は!? オマエそんなことも知らないで戦ってたのかよ!?』
少年が、ありえないものを見るような目を向けてくる。
「……アナコンダ・フェルス。……本来このフィールドには生息しておらず、更に言うと、この次のフィールドでも滅多に出てこないモンスターよ。恐らく、ブラックトードが逃げたのも、モンスターの襲撃が少なかったのも、アイツの存在のせいね」
驚きから回復したのか、ターナが近づいて口を開く。
「こんなこと言うのは、あれだけど……よく脱出できたわね、ハヤト」
ターナもまた、大蛇の消えた後をチラッと見てこちらに視線を向けた。
……そんなにヤバい奴だったのか。どうにも、未だに実感がない。
今は、それよりも。
「結局、お前はなんなんだ?」
ウィンドゥに姿を現す少年に疑問を投げかける。
『ん、オレか? ……フフン、聞いて驚け。オレは、フェリヴィア! 妖精族のフェリヴィアだ!』
「はあ……」
堂々と、それでいて自慢げに、その少年はフェリヴィアと名乗った。
だが、俺としてはなにがそんなに凄いのかが分からない。
確かに、妖精族というのは興味深いが……。
そんな俺の反応が不満だったのか、フェリヴィアが俺に噛みついてくる。
『なんだ、その反応は! 妖精族だぞ、妖精族!』
「……あー、オーケーオーケー。で、その妖精族がなんで俺のステータス画面にいるんだ?」
『そんなのこっちが聞きたいぐらいだ! でも、なんでかこの中から出られねぇんだよ!』
ぶすっ、とした顔で、フェリヴィアが吐き捨てると、一人でに画面が消失した。
とはいっても、俺にもなにがなんだかさっぱりだ。
ターナならば、なにか知っているだろうか。そう思って、彼女に聞いてみたのだが。
「ターナ、コイツについて何か知ってるか?」
「……いえ。見たことも、聞いたこともないわ」
どうやら、彼女でさえ知らない謎の存在らしい。
「ま、ここでこうしていても仕方ないわ。ひとまず中継地点へ急ぎましょう」
ターナの提案に、頷く。
そうして、アナコンダ・フェルスの体内で服についてしまった微量の液体を、手で払っていたのだが。
「……ハヤト」
おずおずと声をかけてきたのは、ゼアンだった。
いつもとは違った声色。そちらに顔を向ける。
そんなゼアンの傍らでは、エレーナがその脇腹を肘でつついていた。
「その…………」
罰が悪そうに、言い淀む。
しかしやがて、ふぅ、と大きく深呼吸をすると、頭を下げて、ゼアンが言った。
「ゴメン、悪かった」
「…………」
その態度に、面食らう。
こうして素直に謝られるとは、露程も思っていなかったからだ。
恨み言を述べようとしていたわけではないが、こう素直に言われるとなんと返してよいか瞬時には浮かばず。
気づけば、ああ、と返事をしていた。
ただそれだけのやり取り。
だが、なんとなくではあるが、ゼアンというプレイヤーのことが少しだけ、分かった気がした。
ちなみにですね、文中にあった、エア・アクセルのスキル獲得条件ですが、簡潔に言うと、高く跳ぶことを目指し、限界を越えた者、です。
と、まあ後書きはこんなところでしょうか。
では、次話もよろしくお願いします。




