11話 疑惑 <現実>
昼食である弁当は、味もろくに分からず、ただただ機械的に口の中へと流し込み。
思考の海に沈みながら午後の授業を聞き流していた俺は、ホームルームが終了した同時に、教室を飛び出した。
慌てたように後ろから呼び止めるユウに、「用事がある」と短く返して、廊下を見渡す。
すでに、俺のクラス以外は、ホームルームが終わっていたようだ。廊下は、帰宅を始める生徒で溢れ返っている。
だが、その中に目当ての人物はいない。
急ぎ階段を駆け下りて、下駄箱へ向かう。
――いた。
視線の先、一年生の下駄箱。
そこに彼女、柊の姿はあった。ポニーテイルの髪を揺らし、丁度校舎を出ていくところ。
周囲には当然、他生徒の姿もあったのだが、どうしてか、すぐに彼女だと分かった。
すぐさま靴を履き替え、校舎を出る。
校門。俺がいつも使用しているのは、左の道。しかしどうやら彼女の家は反対方向のようで、柊は右へと曲がった。
その後に続き、俺も右に曲がる。
やっていることはただのストーカー。だが、いかんせんこちらにも事情というものがある。
あの言葉から推測するに、彼女がプレイヤーであることにほぼ間違いはないだろう。
だというのに、あのようにあからさまな言葉を俺にかけてきた。そして、何をするわけでもなく、普通にコインを返してきた。俺がプレイヤーだと知った上で、だ。
――彼女の真意が知りたい。
というのは、建前であったかもしれない。
同じ境遇にある人間を、1人でも知っておきたい。俺は、心のどこかでそう考えていたのだと思う。
現実において他プレイヤーと接触したくないとしていながらも、そう思っていたのは明らかに矛盾している。
だが、そこに――柊が、プレイヤーである可能性が高い彼女が現れた。
柊と一定の距離をとりつつ、帰宅中の生徒に紛れながら、様子を窺う。
最悪友好な関係は築けずとも、彼女が敵なのかをはっきりさせればそれでよかった。
彼女と話す必要がある。それも、あまり人目のない場所で。
そう考えている合間にも、どんどん周囲の景色が変わっていく。こっちの方面は自宅と反対側。滅多に通ることはないので、正直迷いかねない。だが、彼女の歩みは止まらない。
かなり歩いたと思うが、まだなのだろうか。徐々に他生徒の姿もなくなっていく。
なにも、家を突き止めたいわけじゃない。それでは本物のストーカーだ。いらぬ誤解を招く前に、そろそろ話しかけたいが……。
前方を歩いていた柊が、十字路の角を曲がる。
もう、ほとんどといっていいほど、他生徒の姿はない。距離を開け、そろそろと近づき、壁から顔だけを出して様子を窺う。
だが――彼女の姿はどこにもなかった。
「……あれ?」
目を瞬いて確認しても、やはりない。
まさか、見失ったか!?
弾かれたように走り出す。が、それでも柊の姿を捉えることはできなかった。
「マジかよ……」
……学校で機会を待つしかないか。
まったくの徒労であったことに肩を落とし、踵を返そうとする。
だが、そこでふと、この道の脇にあった公園が目に入った。
「公園、か……」
自然、足がそちらに向いていく。
そして、公園へと足を踏み入れた時。俺はちょっとした違和感に気づいた。
なんだか、初めてきたような場所ではない感覚。
……ああ、そうか。
「昔、ここで遊んだことがあったな……」
懐かしいもんだ、と公園内を見回して呟く。
道理で、見たことがあるような光景なわけだ。俺は、前に何度かこの公園を訪れたことがあったのだから。
かなり昔、まだ幼稚園、小学校低学年だった頃の話だ。
様相は少々変わってはいるが、俺は確かにこの公園に来たことがある。
久しくこちらの方まで来ていなかったから、すっかり忘れていた。
なにやら昔よりかなり豪華な遊び場となっているが、砂場やブランコなどはまったく変わっていない。
「あの時は確か雫花も一緒にいたっけ。……懐かしい」
そうして俺が、過去の記憶を掘り返していた時だった。
「……やっぱり」
ズザッ、と誰かが土を踏む足音が、間近に聞こえた。同時に、聞こえてきた声。驚き、慌てて声の方へと振り返る。
だが、振り向いた先を見て、俺は更に驚くこととなった。
何故ならそこには――先程見失ったはずの柊が――ジト目でこちらを見ていたのだから。
「貴方、『1-B』組の浅堂君よね?」
ズイッ、とこちらに顔を近づけ、柊が問いただしてくる。
「そ、そうだけど……」
そんな彼女の勢いに、そしてそれ以上に、僅か数センチという距離に迫った柊の整った顔を見て、俺はどもりながら答えた。
それを聞いた彼女は、はぁ、と溜め息をつくと、その場で腕を組んだ。
「で、一応聞いておくけど、ここいるのはなんで? 偶然、とは言わないわよね?」
柊は、笑顔だった。だが、その綺麗な笑みも、俺にとっては不吉な予感しかなく。
「……後をつけてきました」
正直に、白状する。彼女の様子を見るに、どうやらバレていたようだったからだ。下手に嘘をついても意味がない。
「でしょうね。……すぐに分かったもの」
折角忠告したのに、と口を尖らせ、柊は呆れたように俺を見ている。
そんな彼女の視線に、俺は空笑いを浮かべ、目を逸らすことしかできないでいた。
だが、ふと疑問に思ったことが一つ。
「……なぁ、なんで俺のこと知ってるんだ?」
ほとんど初対面なのに馴れ馴れしいとは思うが、口に出して聞いてみる。
俺が柊のことを知っているのは、別におかしいことじゃない。彼女は学内でかなり有名であり、知らぬものはほとんどいないからだ。
だが、彼女にしてみれば俺は、クラスの違う同学年の一生徒でしかない。
柊が俺のことを知っているとは思えないのだが――。
「……あぁ、それね。今日、昼休みに食堂で会ったでしょ? あの後、貴方の側にいた――小早川君、だったかしら? 彼に聞いたら、色々と教えてくれたわよ」
「……あいつ」
脳裏に、あの馬鹿の顔が浮かび上がる。
確かにユウならば、やりかねない。
憧れである「姫」に話しかけられて、狂喜しながらペラペラと要らぬことまで喋るユウ。そんな光景が、容易に想像できた。
「で、私の後をつけてきたのはなんで? 興味本位ってわけじゃないでしょ?」
「あ、ああ。……聞きたいことがあるんだ」
ふぅん、と柊の顔が真面目な顔つきに変わる。
「それは――モルスの事って考えていいのかしら?」
「そうだ。できるだけ、人目のない場所で話がしたい」
「…………」
柊は無言のまま、ただ真っ直ぐに俺を見てくる。その漆黒の瞳は、一体何を映しているのだろう。
長い沈黙。
だが、その均衡にもやがて、変化が訪れた。
「……ぷっ……くくっ」
柊が、プルプルと体を震わせる。
なんだ、と困惑しつつもそれを見守る。
「……あはははっ、もう我慢できない!」
突如、柊が笑い出した。目の奥には、微かに涙のようなものさえ見て取れる。
見た目からは想像できないその姿に、俺はポカンと口を開けた。
「……は?」
「いいわ、私の家はここからすぐだから、そこで話しましょ」
しれっと言うと、柊はさっさと公園の入り口を目指して歩いていく。
その急激な変化に俺は全くついていけず、呆然とその姿を見送る。
一体なにが彼女の笑いを誘ったのか、さっぱり分からない。
「ほら! なにしてるの、さっさと行くわよ」
「……いや、でも」
「いいから早くっ!」
有無を言わさない雰囲気。仕方なく、ついていく。
公園を出て柊が歩いていくのは、俺がさっき彼女を見失った十字路からさらに先の方だった。
会話をするでもなく、俺と柊は歩いていく。
だが不思議と、気まずい空気ではなかった……と思う。
「ああ、そうだ。ちょっと怖い同居人がいるけど、あんまし気にしないで」
顔だけをこちらに振り返り、柊は物騒な言葉をさらりと放った。
……怖い同居人? 親ではなくてか?
そんな俺の混乱をよそに、柊はマンションへと入っていった。
明るい緑色の外壁で、高層とはいかないまでも、なかなかの高さと大きさを有するマンションだ。
エントランスに入り、管理人室の前とオートロック扉を通過して、エレベーターに乗り込む。
「……なぁ、怖い同居人って……」
「ふふっ、会ってからのお楽しみよ」
恐る恐る口を開いてみるも、笑って濁される。
ピンポーン、と音が鳴って、エレベーターが9階に到着した。
長い廊下。次々と各室の扉の前を通過し、柊が立ち止まったのは、突き当りの部屋だった。
扉横に備え付けられたインターホンに、柊が手を伸ばす。
……一体どんな相手が出てくることやら。
無駄に緊張しながら、扉が開かれるのを待つ。
そして、その時はやってきた。
「はぁい」
その声が聞こえた瞬間、俺はぶっ、と吹き出してしまう。
ちょっと待て。怖いってそういうことか。
俺は恨めしさを視線に込めて、隣を見やる。そこでは、クスクスと柊が笑いを噛み殺していた。
ゆっくりと、扉が開いていく。
そこにいたのは――。
「あらぁ、ちゆちゃん。お帰りなさぁい」
若干甲高くも、男性的特徴のある野太い声を発する――坊主刈りで、がたいのいい体格を持つ男性だった。




