2 あたし、過去とか捨てたはずなんですけど!
保安官事務所の取調室は、殺風景でがらんとしていた。
タバコのにおいが染みついている。
あるのは小さなテーブルと、二つの椅子だけ。
向かいに座った保安官さんは葉巻をくゆらせながら調書を取る、
「なるほど……家に帰る途中で襲ってきたと」
「はい」
「開店準備で忙しいのはわかるが、こんな夜に女の一人歩きはお勧めしねぇな」
「そうですね……反省します」
泊り込めばよかった!
しかも助けてもらったんで、礼金もはずまなきゃなんなし。
余計な出費! 大損だよ!
「まぁでも、うちのカミさんも、あんたがたの店の開店を楽しみにしているからな、無事でよかった」
そういうと、保安官さんは調書を閉じて、
「言葉をまだ覚えていない新参者が食い詰めて襲い掛かってきた……ってとこだな。災難だったな」
この人は、そうでないことを察しているんだろう。
襲ってきた奴らは全員が手練れで、統制がとれていた上に、武器も上等。
そんな食い詰め者がいるわけがない。
少し迷う。
余計なことを言わなければ、ここで話は終り。
だけど、イヤな予感がするんだよね。
「あの……それだけではないかも」
保安官さんは、面倒くさそうに。
「ん? ここで終わりでいいんだがなぁ」
うわ。露骨に面倒そう!
「あの首領の男、あたしがここへ来る前の前にいた国の言葉を話していたんです」
あたしは国の名を告げた。
あたしが生まれた国。
7年前に捨てた国。
向こうから見れば、逃げ出したってことになるんだろうけどさ。
「そりゃはまた、えらく遠い国だな」
「あの一番えっらそーな男。あたしがその国で呼ばれていた名前で呼びかけてきたんです」
三つ前の名前。
「……つまり、あんたを狙ったかもしれないと? 顔見知りか?」
あたしは首を振った。
「声に聞き覚えはなかったけど。明るいところで見れば、何か思い当たるかも」
首領と、その一味の亡骸は、警察署の死体置き場の土間に並べられていた。
一目で鍛えられた肉体だと判るけど、死んじゃあおしまい。
全員、見たことのない男達だった。
でも。
あたしに呼びかけてきたえらそーな男は、
「……このあざ」
顔に悪魔の形の大きなあざ。
「あたしの姉の旦那かもしれません」
あたしにも、いろいろあったのだ。
「かもしれない、か……もしそれが当たってたとして、その姉の旦那っていうのは、何者だ?」
「あの国の侯爵閣下」
保安官さんは、頭をがりがりと描いて、だるそうに、
「をいをい、お貴族サマかよ……やけにいい剣もってやがったから、見なかったことにしてたんだが……」
見なかったことにしてたんかい!
「じゃあお嬢さんも元貴族なのか?」
あたしは、ぶんぶんと手を振って、
「ちがうちがう。だって、あたし戸籍上では養女にすらなってないもの」
なぜか保安官さんは、ふっと笑って、
「……あんたにもいろいろあったんだな」
この国にはそういう人が多いもんね。
「まぁでも過去になにがあろうが、今のあんたはこの国の人間だ。オレもな」
過去になにかやらかした、という理由で、いちいち逮捕してたら、この国の人口のうちのかなりの割合が、牢屋行き。
「仕方ねぇな……いやでなければ、もうちっと詳しく知りたいんだが」
「構わないわ」
再び取調室に逆戻り。
でも、紅茶とお茶菓子が出てホッとする。容疑者とかそういう扱いではない。
でもマッズイ。
スバルの淹れてくれる紅茶を飲みなれてるから余計。
あの人、自称元王族ってだけあって、紅茶とかにはやたらうるさいんだよね。
紅茶のカップの取っ手をもてあそびながら、どこから話そうか考えた。
最初から話すしかないか……。
「あたしは娼館で生まれ育って、母親も娼婦。父親だとかいう自称貴族の男がよくきてたけど」
保安官さんは、あたしの言葉を記録していない。
わけありだった場合への配慮ってやつだ。
「自称じゃなくて本当だったと?」
「微妙。そのお屋敷の女主人が死んだとかで、引き取りにきたわけよ。まぁ正直いって、なんて運がよかったんだ! と思った」
「そりゃそうだな。で?」
あたしは、取調室の窓から外を見た。
真っ暗だ。
その暗闇に異母姉の顔を思い浮かべようとしたけど……うまく思い出せない。
だけど、思い出そうとしただけで、あの怖さ、気持ち悪さがよみがえる。
「どうかしたか? イヤなら話さなくてもいんだぞ」
あたしは、紅茶をひとくち飲んで、続ける。
「……そのうちには、腹違いの姉がいたわけ。正統な後継ぎ」
「まるで小説かお芝居だな」
「父親は単なる婿さん。当主でもなんでもなかった。お嬢さんが成人するまでの後見人ってだけ」
「なのに、お嬢ちゃん一家はお貴族サマみたいにふるまっちまったってか?」
「あたしがそこまで頭がお天気ならよかったんだけどね……跡取りのお嬢さんがいるのに、そんなことできないでしょう」
「……両親は頭がお天気だってってわけ、か」
「調子こきまくって当主夫妻気取り、家の財産をじゃぶじゃぶ使って放蕩三昧。お嬢さんに家の仕事を全部おしつけて、しかも使用人部屋とかに放り込んで」
「それは……筋金入りのバカだな」
あれ以上あそこにいたら、あたしだってそうなってたかもしれない。
言う前にぜんぶいやってくれるとか楽すぎ。まさに堕落製造装置。
しかも、従順すぎて……なんかいじめたくなってくるんだよね。誘い受けのマゾかよ。
「んで、あたしは逃げたわけ。平民がお嬢さんをいじめてたり、お家を乗っ取ったりしようとしたら……ねぇ」
保安官さんは、自分の首筋を、きゅっと締める仕草をして、
「コレにまきこまれないためにゃ、逃げる一手しかねぇわな」
「しかも、あのままお嬢さんが家にいると、うちの両親、逃げたあたしのこと探せとか姉に命令しかねなかったし」
保安官さんは、をいをい、という顔をして、
「はぁ? ちょっと待て……お嬢ちゃんの姉といっても、せいぜい1,2歳差だろ?」
「滅茶苦茶有能だったの。だって、家の――領地経営から商人との付き合いから、奉公人への指図まで全部やってたのよ」
「いくらなんでも全部ってぇことはないだろ」
「いや、全部」
保安官さんは、あたしの顔をじっと見て、
「……マジか」
あたしがうなずくと、
「そんな有能なら、お嬢ちゃんたちのことを追い出せるのでは?」
「しないのよ。何か企んでる感じでしょ?」
「それで逃げたってわけか」
「そうだったらまだよかったんだけどね。なんというか……異母姉は少々頭がおかしかったの」
いや、あれは頭がおかしいとは少しちがう。
でも、それがとりあえず一番近い。
「優秀なんだろ?」
「お天気な両親の非常識な命令を唯々諾々と聞いてんのよ。しかもさ、あたし達のことを追い出せって忠告する親戚や友人の言葉も無視してさ」
「……なんだそりゃ」
「あたし不気味で。これが両親をつけあがらせるため、とかだったらまだ解るんだけど、そうじゃないっぽかったのよねこれが」
保安官さんは、すこし遠くを見る顔をして、つぶやいた。
「……ちょっとわかるな」
「ええっ。わかるの?」
「貴族っていうのはさ。領地とか領民とかを守るのが義務。そんなのはして普通さ。呼吸をするようなもんだ」
「ひどい貴族も多かったけど」
娼館に客で来るのは、カスばっかりだった。
「確かにあんたの言うとおりだ。ほとんどいねぇさ。だがよそのお題目をバカ正直に叩き込むバカや、それを全部受け入れるアホもいるのさ。その反対に、そういう家風についてけない奴もいる」
ああ、そうだったのか。
こんなに長い年数が経ってから、はじめて心にしっくりきた。
あの怪物の母親も怪物だったのかもしれないって。
ものほんの貴族って奴を娘に叩き込んだ怪物。
目の前の保安官さんもそういう人間だったのかもしれない。
もちろん、ついていけなかった方。
「で、あたしは何考えてんだかわかんない姉が怖くなって逃げ出したわけ。逃げ出す前に、両親をそそのかしてお嬢さんを無理やり結婚させたのよ。そうすれば追ってこないでしょ?」
思い出す。
異母姉を乗せた馬車に一緒に乗った、最初にして最後の道行き。
異母姉を相手の家の前に放り出した時の、なんともいえない解放感。
あたしはずっと怖かった。
あの異母姉が怖くてたまらなかった。
「そんな役に立つ道具を、よく嫁に出したな」
「その男、わるーい評判があって、しかも結婚すれば大金をくれるっていうから、バカな両親はいちもにもなく飛びついちゃって」
「そのわるーい評判っていうのは、誤解だったり、運が悪かったり、だろ」
「……なんでそう思うの?」
「そのお嬢さんのこと怖がってたんだろ。そんなヤバいのを、悪いところへやったら、何が起きるかわかったもんじゃない」
あたしはうなずいた。
「で、その評判の悪かった旦那が、あの痣つき犯罪者かもってわけだ……あいつオレらに何をわめいてたんだ?」
「あたしを引き渡せって言ってた」
「ふぅむ……あんたを殺す気だったか、さらって、国へ連れ帰るつもりだったか……そんなとこか。だとすれば船を雇っていたかもな……一応、港湾局の方へ連絡はしておくわ」
「迷惑かけてすみません」
保安官さんは、ちょっとだけ迷ってから、
「……とりあえず、身元不明の犯罪者ってことで処理しとく」
「え? 照会とかしないの?」
「確認できるのか? 変な痣がある奴なんて、世界中にいるぜ」
「まぁ……確かに」
顔を知ってるわけじゃないんだよよね……。
「さて、オレはあんたを凶悪犯から助けたわけだが」
キタァァァァァァ!
「あの……今は持ち合わせがないんで」
「開店したら、カミさんにはよくしてくれよ」
「……それでいいんですか?」
意外。
「あんたを助けたのをネタに多額の金を貰ったとか知ったら、カミさんに、なにを言われるかわかったもんじゃねぇからな」
保安官さんの奥さんに感謝!
これで万事終わるといいんだけど……。
旦那を殺された復讐のために、のりこんできたりしないよね?
侯爵夫人がそんなことしないよね?
ありえないって誰か言って!




