第54話 やっぱりあの時だよね?
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」
文化祭の喧騒が遠くに聞こえる一年B組の教室。
そこは今、琥珀色のライトとレトロな装飾に彩られた「昭和レトロ喫茶」へと姿を変えている。
朗読劇「ハチドリのひとしずく」のステージを終えたばかりの声優部とアニ研の面々は、店内の片隅にある大きなテーブルを占拠していた。
「やりきった……! 私たち、全力を出し切ったよ!」
長いスカート丈が特徴的な、クラシカルなメイド服に身を包んだ凛が、椅子の背もたれに深く体重を預けて大きなため息をついた。
その隣では、同じくメイド姿の雫が、魂が抜けたような顔で宙を見つめている。
「うん。なんだか、急に気が抜けちゃった……」
「まぁ、あれだけの熱演ですもの。無理もありませんわ」
麗華と結芽、そしてアニ研の姫奈と英樹は制服姿だ。
皆、心地よい疲労感に包まれて同じテーブルに座っていた。
そこへ、教室の入り口に賑やかな足音が近づいてくる。
「お疲れ様! 素晴らしいステージだったよ」
現れたのは、放送部部長の安田正広と、副部長の佐竹真希。そしてその後ろには、演劇部部長の青島香澄と、雫たちのクラスメイトであり演劇部員の志幾ひなたの姿があった。ひなたは雫たちと同様、接客担当としてメイド服に着替えている。
「安田っちに、香澄っち!」
そんな凛に、正広と香澄が同時に叫んだ。
「その呼び方はやめい!」
「その呼び方はやめなさい!」
だがすぐに落ち着きを取り戻すと、正広がゆっくりと言う。
「声優部の朗読、心に響いたよ。音響とのタイミングも完璧だった」
香澄も、ニッコリとうなづいた。
「ええ、短期間でよくあそこまで仕上げたわね。正直、驚いたわ」
「さすが部長と部長! 分かってらっしゃる! ねぇ部長!」
凛が姫奈に視線を向ける。
「部長だらけでややこしいわよ!」
一同が笑いに包まれた。
そんな中、ニヤリと笑った正広が香澄に顔を向ける。
「まあ、投票結果は僕たち放送部に味方すると思うけどね。構成の緻密さが違った」
「あら、それはどうかしら? 演劇部の『悪役令嬢』は、決して負けませんわ。観客の熱量はうちが一番だったはずよ」
お互いに視線をぶつけ合い、一歩も引かない二人。
その横で、ひなたが「また始まった……」と苦笑いしながら肩をすくめる。
そんなバチバチの空気の中、喫茶店の扉が再び開いた。
入ってきたのは、どこか垢抜けた雰囲気を持つ四人の若い女性たち。
「すっごーい! 見て、この内装。昭和レトロ喫茶、可愛い!」
「本当、凝ってるわね。すっごく懐かしい感じね」
彼女たちは口々に感嘆の声を上げながら、店内をキョロキョロと見渡す。その中の一人、一番大人びた雰囲気の女性が、声優部一同に目をとめた。
「ここに来れば、声優部の人たちに会えるって聞いたんだけど?」
凛が勢いよく右手を挙げる。
「はーい! 私たちでーす!」
女性たちは顔を見合わせ、柔らかく微笑んだ。
「実はね、私たち四人、昔この学校の声優部員だったのよ」
その言葉に、真っ先に反応したのはアニ研の英樹だった。彼は椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、大きく目を見開く。
「あーっ! ということは……青山ひかりさん、田中美紀さん、久慈沢菜央さん、それから、棚倉愛理さんですよねっ!?」
あまりの即答ぶりに、姫奈が目を丸くした。
「諏訪くん、よく覚えてるわね……」
「当然ですよ! アニオタの記憶力をなめてもらっちゃ困ります! 数年分のアニメのオンエアデータだってすぐに言えますよ!」
英樹が鼻息荒く解説する一方で、他の部員たちはポカンと口を開ける。
「私もアニオタだけど、そこまでの記憶力は無いなぁ……」
雫がそう呟くと、凛も「うんうん」と激しく同意する。
「私だって、アニメどころか、勉強でもなーんにも覚えられないっちゅーの!」
「凛はしょーがない」
結芽がニヤリと笑うと、凛が「どーしてよ!」と食ってかかる。
「バカだから」という結芽の返しを遮るように、麗華が凛と結芽の間に割って入った。
「そんなことで揉めている場合ではありませんわ。旧声優部の先輩方が来てくださっているのですから!」
「そ、そーだった!」
凛がパッと表情を切り替え、四人の女性たちに向き直る。
と同時に声優部全員が立ち上がり、ペコリと一礼した。
「先輩! 私たちが今の声優部です! 今日はありがとうございます!」
「よろしくね」「頑張ってるみたいで嬉しいわ」
そんな挨拶が交わされ、テーブルの周りは一気に華やかな空気に包まれた。
「ところで――」
ひかりが現声優部の皆を見渡す。
「どうして今回の演目に『ハチドリのひとしずく』を選んだの?」
「見てくれたんですか!?」
凛が嬉しそうに聞く。
「うん。とっても良かったと思う」
すると凛は、誇らしげに雫の背中をポンと叩いた。
「この雫が、ちっこい頃に絵本の読み聞かせを聞いて感動したからなんです! ね、雫!」
「う、うん。私、その時の記憶がずっと心に残っていて……。それで、声を出して伝えるお仕事があるんだって、声優さんの存在を知ったんです」
「途中を省略しすぎて、因果関係がよくわかりませんわよ」
麗華の冷静なツッコミに、場がどっと沸く。
だが、旧声優部の四人は、笑っていなかった。
彼女たちは、真面目な表情で顔を見合わせていたのだ。
美紀が、ひかりに意味深な視線を向ける。
「ひかり、それって……もしかして?」
そう問いかけられたひかりは、吸い寄せられるように雫へと歩み寄った。
「えっと……雫さん、でいいのかな?」
「は、はい!」
「雫さんは、いつ、どこでその読み聞かせを聞いたのか、覚えてる?」
雫は少し上を向き、遠い記憶をたどる。
「ええと……幼稚園の頃です。誰かが、すっごく優しい声で読んでくれて」
「どこの幼稚園に通っていたのかな?」
「武蔵原中央幼稚園です」
その瞬間、旧声優部の四人の顔に、パッと明るい笑顔が広がった。菜央がひかりの肩を叩く。
「それって、やっぱり『あの時』だよね?」
「きっとそうだよ! みんなで読み聞かせボランティアに行った時の!」
愛理が嬉しそうに頷く。ひかりは、雫をじっと見つめた。
「もしかして……『しーちゃん』?」
雫は、何が何やら分からない、という顔で固まった。
「……はい。私、小さい頃、そう呼ばれてました」
「やっぱり!」
ひかりが満面の笑みを浮かべ、確信を持って告げた。
「あなたにその絵本を読んであげたの、私たちよ!」
「ええ―っ!?」
昭和レトロ喫茶に、声優部、アニ研、そして放送部と演劇部の叫び声が、かつてない迫力で響き渡った。




