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第50話 放送部の創造祭

挿絵(By みてみん)

「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。

声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!

第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!

朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!

謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)

https://x.gd/9kgir

更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」

「安田っち」

 つい最近、我が放送部を退部してアニメ研究会に入った一年生が僕を見つめてそう言った。僕には“安田正広”という立派な名前がある。それ以前に、僕は自分のことをあだ名やらニックネームで呼ばせるなんて軽い趣味を持つ男ではけしてない。そんなチャラチャラした人間に見られるなんてもっての外だ。もちろん、長い人生において、僕のことをニックネームで呼ぶ人間が現れるかもしれない。だがそれは、僕自身にとって特別で、大切な人だけに許される特権なのだと昔から決めている。

「誰だ!? そんな呼び方を君に教えたのは!? ……って、まぁ想像はつくが」

 そうだ。あいつに違いない。

 同じ中学で放送部だった高千穂凛、先輩に全く敬意を払わない、僕にとって理解不能の生物だ。そんな彼女がこの武蔵原高校に現れてアニ研に入部した。しかもよりによってアニ研内に、放送部のライバルにもなり得る“声優部”を立ち上げたのだ。それを言い出したのは高千穂くんの親友だとも聞くが、彼女がその一員であることに変わりはない。

 彼女が高校生になったら、心を入れ替えて再び放送部で頑張るに違いない。僕にはそんな確信があった。なぜなら、彼女には才能があるからだ。

 中学時代の彼女は、朗読、アナウンス、フリートーク、そのどれもで他では見られない不思議な魅力を発揮した。

 昼休み放送の人気者にもなった。

 そんな彼女だからこそ、ヘラヘラしていたり軽口を叩くことも大目に見ていたのだ。

 だが彼女は、全く心を入れ替えてはいなかった。

 声優部だと?

 我が放送部に立ち向かってくるなんて、この僕が許さない!

 だから余計に、ニックネームで呼ばれることに無性に腹が立つ。

 なぜなら、彼女が僕の特別な存在であるなんて許せないからだ。

 将来そうなる可能性は? だと?

 とんでもない! それこそ、万に一つもない奇跡のようなものだ。

 まぁ、未来のことは誰も予測はできない……そんな言葉が頭をよぎることが無いと言えば嘘になるのだが。

「とてもいい企画がある」

 高千穂くんと同類の不思議女子が、僕をじっと見つめながらそう言った。

 今日の会議の議題は『創造祭で発表するドキュメンタリー短編映画の企画決定』だ。

 まさか、放送部をやめた彼女からアイデアの提案があるとは、さすがの僕もあっけにとられてしまった

 僕は桜田くんが苦手である。

 我が放送部に初めてやってきた時、彼女の無表情にたいへん混乱させられた。

 放送部員として、校内放送でのフリートークは必須だ。それには、相対する人物のことを観察し、その本音の言葉を引き出す能力が必要である。だが、Jコン優勝者の僕にも、この娘の心は全く見えなかったのだ。それどころか、彼女の胸ポケットに鎮座している謎のぬいぐるみの方が、まだ表情を読み取りやすかった。なぜなら、彼女自身がそれを操作していたからだ。ニヤリと笑わせたり、ショボンと目尻を下げたり。

「ドキュメンタリーのか!?」

「そう」

 まるで貼り付けたようなニヤリ顔。

 これ、絶対に本気で笑ってないよな。

 そう思って胸ポケットのぬいぐるみに目を向けると、彼女はその口元を思いっきりニヤリと歪めていた。

「君ごときが私にアイデアを具申するなんて、十年、いや百年早い!」

「そんな安田っちは、二万年早い」

 彼女がそうボソリとつぶやいた。

 に、二万年?

 その時、彼女に相対していた副部長の佐竹くんが不思議そうに聞いた。

「どうして二万年?」

 彼女に顔を向ける謎の生物。

「ウルトラマンゼロの名台詞」

「部長はウルトラマンじゃないわよ?」

 すると桜田くんは、妙に真剣な顔を僕に向けた。

「融通が利かないから、人間力がゼロ。だからウルトラマンゼロ」

「なるほど」

「なるほどじゃなーい!」

 僕はすかさず佐竹くんに突っ込んでいた。

 その時突然、桜田くんが僕に向けて右手を突き出してきた。人差指だけが、ピンと立っている。

「さてここでクイズです。この2人も巻き込んだ、今までにないドキュメント企画とはどんな企画でしょう?」

 そして彼女は、その日挨拶に来られていた地元のコミュニティFM局『ラジオノむさしの』のスタッフを指差した。

「OBのお二人を!?」

「ちっちっちっち……」

 謎少女が、シンキングタイムのような音を口で言い始める。

 いきなりのクイズだ。そんなもの分かるはずもない。

 この娘が考えそうなこと? まったく想像すらできない。

 では、声優部が考えそうなこと……高千穂くんならどう思う?

 だが、ぐるぐると回るそんな僕の思考は間に合わなかった。

「ちーん……回答がなかったから、正解発表」

 つい、ごくりと唾を飲み込んでしまう。

 桜田くんが、部室内をゆっくりと見渡して言う。

「ラジオ番組はどう作られているのかを取材するドキュメンタリー」

 しばらくの沈黙の後、最初に反応したのはラジオノむさしのディレクターの栗山さんだ。僕も大変お世話になっているこの部の先輩である。

「それって、放送部を取材するボクたちを、放送部が取材するってこと!?」

 少し声が上ずっている。

「正解」

「ややこしーっ!」

 僕は考え込んでしまった。

 確かにドキュメンタリーとしての構造がややこしい。

 だが、そんなドキュメント作品を見たことがあるだろうか?

 ややこしい、難しいと言うのは、面白いにつながらないと言えるのか?

「うーん……取材の定番を覆すってことか。逆転の発想ってやつだな。確かにそんなドキュメンタリーは聞いたことがない」

 ラジオノむさしののもうひとりのスタッフ、やはりこの部の先輩でもある城島さんが、僕の目を見つめてきた。

「もしそれをするなら、私たちプロも放送部も、内容の構成や編集力を試されることになるわね」

「いやいや! 何が何やら、わけが分からないものになるかもしれませんよ!?」

 栗山さんが不安げに大声でそう言った。

「だからおもしろい」

 相変わらず桜田くんはニヤリ顔だ。もちろん、貼り付けたような、ではあるが。

「キクラゲもそう言ってる」

 うんうんと、ぬいぐるみの頭を動かす。

 僕は部室を見回し、思わず叫んでいた。

「他にアイデアはないのか!?」

 だが、他に企画が出ることもなく、結局謎少女の企画に決定したのであった。


 鳴り止まない拍手。

 スタンディングオベーション。

 放送部の短編ドキュメンタリー映画『取材する人とされる人〜ギバーか? テイカーか?』の上映が終わり、客席の灯りが点灯したばかりだった。

 その時、放送部部長安田正広は、他の部員たちと一緒に講堂に並べられた椅子席の最後列にいた。

 自分たちの判断と表現は間違っていなかった。

 そんな思いが、彼の胸中に押し寄せている。

「お! 安田っち! こんなとこで見てたんだ!」

 突然降り注ぐ屈託のない声。凛である。声優部の面々も一緒だ。

「安田っち、やっぱりすげー! めっちゃ面白かったっちゅーの!」

「さすが凛ちゃんの先輩です! こんな映画初めて見ました!」

 その声音から、雫の感動も伝わってくる。

 その隣では、巨大な本を小脇に抱えた麗華がゆっくりとうなづいていた。

「ドキュメンタリーというジャンルにおいて、こんな構成を見たのは初めてですわ」

「二万年早いから、一万年に減らしてあげる」

 結芽も楽しかったのか、無表情の頬がほんの少し上気していた。

 そんな彼女に正広が顔を向ける。

「君のアイデアのおかげだ。礼を言わなければならないな」

 その正広の言葉に、凛がパッと結芽に笑顔を向けた。

「ほら! 私のアイデア、うまくいったじゃん!」

「うん。凛、天才」

 そうか、やはり凛のアイデアだったのか。

 正広の中で、少しモヤモヤしていた疑問がスッと晴れていく。

 彼女らしい逆転の発想だよな。少しだが、微笑んでしまう。

 そしてパッと彼女たちに顔を向ける。

「君たちも、朗読劇頑張ってくれたまえ」

 全く予想していなかった正広の励ましに、あっけにとられてしまう声優部一同。

「君らのステージ、僕もしっかりと見せてもらうよ」

 一番に笑顔になったのは凛だ。

「さすが安田っち! お目が高い! 私らも頑張りまっせーっ!」

「おーっ!」

 少女たちの元気な時の声の中、結芽だけがいつもの小声で“おー”とつぶやいていた。

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