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第48話 引っ越しの日

挿絵(By みてみん)

「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。

声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!

第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!

朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!

謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)

https://x.gd/9kgir

更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」

「あら、大和さん」

 麗華の視線の先に、一人の男子が立っていた。制服が違うので、都立武蔵原高校の生徒ではないようだ。

「申し訳ありません、ただ今満席でして」

 クラシカルスカートのメイドが、すまなそうにその男子に言った。

「では、わたくしと相席でいいかしら?」

「もちろんです!」

 麗華がすっと立ち上がり、その男子を教室内に招き入れる。

 そんな二人に、凛が思いっきり詰め寄った。

「誰!? この可愛い男の子は!? 麗華に子供がいたなんて聞いてないっちゅーの!」

「凛ちゃん! そんなわけないじゃない!」

 いつもとは逆に、雫が凛に突っ込んでいた。

「弟です」

「姉がいつもお世話になってます、伊勢大和です」

 ペコリと頭を下げる。スラリとした長身の麗華と違い、身長はまだ160cmに届いていない。

「弟ってことは、中学生!? 可愛いじゃんかー!」

「さすが麗華ちゃんの弟! しっかりしてる!」

 楽しそうにはしゃぐ凛と雫。

「可愛くて賢いって、理想の弟じゃん!」

 そう言って麗華の背中をバシバシと叩く凛。

「そう思わない!?」

 凛に質問を投げられた結芽は、じっと大和を見つめながらひと言。

「人類滅亡まであと365日」

「へ?」

 首をかしげた雫だったが、凛は素早くツッコミを入れる。

「それは宇宙戦艦ヤマト! それじゃなくて、彼は大和くん!」

「先生はこの教室で一所懸命だ」

「それは、登校初日に遅刻してきた桜ヶ岡中学の理科教師、矢的猛! その正体はウルトラマン80!」

「光月おでんは男だろ? だから僕は男になった」

「それはONE PIECEのヤマト!」

「義の誓い、武装、荒野」

「鎧真伝サムライトルーパーの荒野のヤマト、本名・北条大和じゃ! なんでだよ、ヒーローはみんなを救ってくれるんじゃねえのかよ!? 誰もやらねえんなら、俺がやるしかねぇだろ〜っ!」

 近くの席でその様子をうかがっていたアニ研の姫奈と英樹が、感心したようにうなづいていた。

「先輩、桜田さんのボケ、絶妙にオタクネタになってますね」

「ええ。しかもいい塩梅に新旧取り混ぜているわ」

「さすが、我がアニ研内声優部ってところですね」

 二人共、嬉しそうである。

「お一人でいらしたのですか?」

 少しいぶかしげに聞いた麗華に、その男子生徒はニッコリと笑顔になる。

「いえ、お父様お母様と一緒です」

 不思議そうな顔になる麗華。

「お仕事お忙しいのに、珍しいですわね」

「そうですね」

 大和が輝くような笑顔を見せた。

「この椅子、使ってね」

 麗華と結芽、そして放送部の正広と真希の座る四人席に、一年B組のメイドが椅子を一脚追加した。教室の隅に寄せてあった、学校用椅子である。


 その年は、春の訪れがほんの少し遅かった。

 温暖化のためか、年々季節の変化が早くなり、ここ最近では卒業の季節に桜が咲くことも多くなっている。だが今年の桜は、入学式頃に満開になりそうだ。そんな春の日差しが、アーチ型の窓を通って白を基調にした上品な部屋に降り注いでいる。

 内装のデザイン自体はバロック様式とロココ様式が調和したもので、まるでパリ郊外のヴェルサイユ宮殿のようだ。だが世界一有名な、かの宮殿の室内と違い、派手な色使いは全く見られない。アーチ型の窓、壁にかけられた絵画、天蓋のあるベッド。そのどれもが、白とパステル調の色を基本に優しく映えている。インテリアのほとんどは、大正の終わりから昭和にかけて、現在のこの部屋の主・伊勢麗華の祖父母が収集したものだという。年代物も多いが、あまり古さは感じられない。それは代々に渡り、大切に扱われてきたことを物語っていた。

 麗華はテーブルからティーカップを持ち上げ、紅茶をひと口飲んだ。

 イギリスの名門陶磁器メーカー、ウエッジウッドのフロレンティーンターコイズだ。クラシカルなフォルムに、グリフィンをモチーフとした模様とターコイズ色が美しい。もちろんこの家には、明治大正の頃から代々伝わる由緒あるカトラリーが数多く存在している。だが彼女は、自分の小遣いをためて買ったこのティーカップが一番好きなのだ。

 紅茶の茶葉は黄金の缶でおなじみ、フランスの高級食料品店フォションのモーニングティーである。日本国内でライセンス生産されたものではなく、フランスからの直輸入ものだ。

 本来モーニングティーは、イギリスでは早朝の起き抜けや朝食時に飲む紅茶である。ベッドの中で楽しむこともあるため、ベッド・ティーの別名も持っている。

 だが、麗華の紅茶は一日中どんな時間でもモーニングティーだ。まあ、好きなのだから仕方がない。

 彼女はティーカップをソーサーに戻すと、そのままティーセットの全てを銀のお盆に載せていく。ティータイムも終了だ。

 麗華は小さな頃から自分のことは自分でする、いや“したい”、そんな子供だった。なので、お茶の準備や片付けも、この家には多くいるメイドや執事に任せることはしなかった。その本当の理由は彼女自身も気づいていないのかもしれないが、知識欲が旺盛な彼女だからこそ、全てを自分でやりたいのかもしれない。

 ひとつ、大きく深呼吸する。

「そろそろ行くとしましょうか」

 そう言って立ち上がった彼女に、突然声がかかった。

「お姉様!」

 弟の伊勢大和だ。

 彼の姉がこの家を出ていくことは、両親から聞いて知っていた。だが、まさかそれが今日だったなんて、高校の入学式までにはちょっと早すぎるのではないか? 彼のそんな焦りが声に乗り、ほんの少しだが上ずった声音になってしまった。

「あら大和さん、どうしたんですか? そんなにあわてて」

 麗華の声はいつも通り、落ち着いていて、とても優しげだ。サラサラの黒髪ロングが背中の真ん中まで伸びていて、シンプルな白いカチューシャが美しい。大和にはよく分からないが、おそらく高価なブランド品なのだろう。派手さのない上品な光沢が、それを物語っている。

「どこへ……行くことに?」

 大和の言葉に、麗華が少しだけハッとする。

「そうですね。何かあった時のために、あなたには引越し先の住所、教えておきますね」

 そう言うと麗華は、固定電話の横にある、まるで昭和の頃のようなメモにそれを書くと大和に手渡した。

「吉祥寺です。そんなに遠くはないから、会いたくなったらいつでもいらっしゃい」

 そういうことじゃない。

 僕が知りたいのは、どうしてお姉様がここを出ていくのか?

 それは、僕に原因があるのか?

 だが、口から出てきたのは、ありきたりの言葉だけだった。

「お体に気をつけてくださいね」

 ニッコリと優しい笑顔を浮かべる麗華。

「大丈夫。あなたこそ、風邪など引かないようにするんですよ」

 きっとこの人は僕の考えていることを全て知っている。

 姉は聡明だ。

 だから両親は、自分たちの会社を姉に継がせようとしたのだ。

 二人の父は、日本人なら誰でも知っている巨大企業、伊勢グループの総帥である。

 伊勢グループは、伊勢銀行をトップとする巨大企業集団である。

 いち早くフィンテックを取り入れた伊勢銀行は、変革の激しい金融業界で常にトップの位置をキープする優良企業だ。その始まりは江戸時代、富山で呉服屋「月屋呉服店」を開業したことから始まった。明治にはその店舗を京都へ移転、月屋百貨店となる。それと同時に金融部門とも言える両替屋を開業。江戸に移転する頃には、幕府御用達の商店と両替商となっていた。そこからの発展は凄まじく、伊勢銀行を牽引役として、まさに“ゆりかごから墓場まで”と言えるほど様々な業種の子会社を設立、全てが大成功を収めている。

「心配しないで。あなたのせいじゃないのです」

 まるで、大和の心の全てが見えているかのように、麗華が優しくそう言った。

 本当にそうなのだろうか?

 大和の心は、そんな疑問に震えていた。

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