第28話 ヌイグルマー
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」
「うーん……」
うなりながら首をかしげる結芽ママ。
注目する雫たち一同。
「思い出せな〜い!」
結芽ママの言葉に、全員が同時に肩を落とす。
雫「そんなぁ」
凛「ズコーっ!」
麗華「ちーん……」
結芽「しょぼーん」
姫奈「トホホ……」
英樹「ガクッ」
一斉に声を漏らしたので、何が何やら聞き取れた者はいなかった。
てへへと、バツの悪い表情で、結芽ママが苦笑する。
「思い出したら結芽に言っておくから、後でこの子から聞いてね」
思い出せないものは仕方がない。
そう感じた雫たちは、気を取り直して会議を始めることにした。
議長役の姫奈が切り出す。
「まずは、これまでに決まったことをおさらいしておきましょう。諏訪くん、議事録取ってるわよね?」
そう言って英樹に目をやる姫奈。
だが英樹はそれに答えず、なぜかもじもじとしている。
「諏訪くん、まさか議事録忘れたとか?」
「いいえ、それはちゃんと持ってきてます!」
あわてて否定する英樹。
「じゃあ、どうしたの?」
姫奈の問いに、一層もじもじしながら英樹が結芽たち三人を見渡した。
そんな彼に、結芽がボソリと言う。
「トイレはあっち」
「あっち」
「あっち」
三つ子のようにソックリな三人が、揃って廊下の先を指差した。
「違うよ!」
「あれれ? すわっち、まさか可愛い結芽が三人もいるから惚れちゃったかぁ?」
凛のからかうような声に、英樹があわてて手を振る。
「ぜんぜん違うって!」
結芽の眉毛がほんの少し斜めになった。
「その言い方、ちょっと失礼」
「失礼」
「失礼」
“失礼”のところを、三つ子でユニゾンする。
「いやいや、可愛くないとか、好きじゃないとかじゃなくて!」
「じゃあなんなのさ!?」
ニヤニヤしながら凛がそう言った。
「桜田さん……」
実に言いにくそうな英樹。
「なに?」
「なに?」
「なに?」
“なに”3連発に、英樹は意を決したように顔を上げた。
「桜田さん、ぬいぐるみ仲間がいていいなって……」
雫が首をかしげる。
「ぬいぐるみ仲間?」
結芽は英樹に顔を向けたまま首をかしげた。
「仲間? この二人は仲間じゃなくて妹」
こくこくと、結芽の左右で結花と結麻もうなづく。
「でも、三人ともぬいぐるみが好きなんだよね?」
「これはぬいぐるみじゃなくてキクラゲ」
「エリンギ」
「シイタケ」
だがそんな三人の言葉が耳に入らないのか、英樹が一気にまくしたてた。
「ボクのまわりには、ぬいぐるみが好きな人、いないんだよ! だからいつも一人なんだ!」
突然の告白に、ポカンとしてしまう雫。
だが、凛は声をはずませて楽しそうに言った。
「ぬい活だ!」
麗華は冷静な声で言う。
「諏訪くんは、ヌイグルマーだったんですわね」
「それ、どんな車?」
雫が、不思議そうな顔を麗華に向けた。
「ヌイグルマーとは――」
麗華が、いつのまにかいつもの大きな本を広げている。
「ぬいぐるみを愛好し、それを趣味・ライフスタイルの一部として楽しむ人を指す言葉。ぬいぐるみを集めたり、一緒に出かけたり、写真を撮るなどの活動を楽しむ人物のこと」
「ほら、ぬい活じゃん! 楽しそう!」
英樹が凛に不思議そうな顔を向ける。
「男のボクでも、そう思う?」
「もちろん! 誰かの“好き”を認めないなんて、オタクの風上にも置けねぇぜ! ダンナ!」
「あのね、諏訪くん……」
その時雫がそっと手を挙げた。
「諏訪くんがぬい活してるの、どんなぬいぐるみなの?」
「それ、私も知りたい」
結芽の目がキラキラしている。
大きくため息をつく姫奈。
「諏訪くん、もう出しちゃえばいいと思うわよ。ここのみんなは、誰も馬鹿にしたりしないわ」
雫が姫奈にパッと顔を向けた。
「部長、ご存知だったんですか?」
「もちろんよ。アニ研の部室で、たまに取り出して話しかけたりしてるから」
「ヌイグルマーだねぇ、ダンナ!」
「このままじゃ会議に入れないわ。みんなに見せてあげれば?」
姫奈の言葉に、英樹はひとつゴクリと唾を飲み込むと、おもむろに制服の右ポケットに手を押し込んだ。
そして取り出したのは、茶色いこぶし大のぬいぐるみ――。
雫の顔が、弾けるように明るくなる。
「くまさんだ!」
「ホントだ! すわっち、くまさんが好きなんだ!」
だが、麗華は冷静だ。
「そのぬいぐるみ、一見くまに見えますが、少し違っているように思われますわ」
「ええっ? でも、ちゃんと可愛い耳も付いてるし」
雫が茶色いぬいぐるみを指差す。
「それ、カチューシャではありませんか?」
麗華の指摘に、英樹が苦笑した。
「よく分かったね。これ、くま耳のカチューシャつけてるんだ」
「じゃあ、本体は何なのよ?」
ぐっと接近しぬいぐるみを見つめる凛。
「クマムシ……」
「クマムシ!? ……って、このクマムシ、くまに擬態しとるーっ!」
凛の叫びに、一同が英樹に詰め寄った。
「本当ですわ。くまのふりをしたクマムシですわ」
麗華がそう感心したように言う。
「可愛い!」
雫の表情が、より一層明るくなる。
クマムシをじっと見つめる凛。
「これ、襟巻き付けてエリマキトカゲのふりしてるキクラゲの仲間だな!」
「仲間!?」
英樹が結芽たち三人姉妹に顔を向けた。
「うん、キクラゲの仲間」
「エリンギの仲間」
「シイタケの仲間」
「そっかぁ、仲間かぁ」
英樹の表情が、嬉しそうな笑顔に変わっていた。
まさか、英樹のポケットにもぬいぐるみが!
しかも、クマ耳のカチューシャを付けたクマムシでした(笑)
これで、キクラゲに仲間ができました。
いや、すでにキクラゲには二匹のソックリさん仲間がいましたっけ(笑)
さて、これからクマムシくんはどんな活躍を!?




