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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-戦争万歳-
70/353

皇位移譲

 本当に、何も知らないのです。閨事、実は勉強することがありませんでした。何せ、教会に一生いるものと思っていましたし、生きて解放されるなんてあり得なかったので、教皇長カイサルは不必要、なんて判断していました。

 筆頭魔法使いハズスがわたくしの教育を担っていましたが、カイサルの判断に従って、閨事を避けていると思っていました。

 わたくしとハズスが二人で向き合っていて、随分となります。わたくしは、あれです、覚悟を決めて、色々とハズスに教えてもらおう、と待ち構えているというのに、ハズスが動きません。

 目隠しを外して、熱く見つめられていて、こう、魅了されているわたくしは、受け身です。経験も知識もないのだから、わたくしから行動なんて出来ません。

 だけど、ハズスは顔を真っ赤にして、それ以上、動かないのです。

「ハズス、口づけを教えてくれると」

「………今日はやめよう」

「そう言って、随分と延期しましたよね!! カイサルに聞きましたよ。たった一度の皇帝の儀式は完璧だったと」

「そういう秘め事をなんで話すんだ、あいつは!?」

「儀式ですよ、儀式。秘め事なんて、大袈裟なものではないでしょう。皇帝がしっかり筆頭魔法使いを従えているかどうかを試すための、通過儀礼みたいなものですよ」

「そうだけど!! あれは、私が受け身だ。つまり、女役だ。男としての閨事はしたことがない」

「では、初めて同士、まずは本からいきましょう」

 結局、書物の力を借りることとなる。

 戦争を始めるために、カイサルは動いているので、わたくしはハズスをどうにか愛そうと頑張っている。

 もっと簡単かと思っていました。ハズスが求める通り、さっさと閨事すればいいだろう、なんて考えていました。だって、ハズスはわたくしを女帝にして皇帝の儀式で閨事しよう、なんて宣言していましたから。

 ところが、いざ、そうなるように進めていくと、ハズスは奥手でした。ものすごく奥手でした。百五十年以上生きているというのに、奥手でした。

 わたくしのなけなしの勇気をふり絞ったってのに、残念でならない。ちょっと、そういう年頃なので、知りたかったこともあります。きっと、ハズスは百五十年以上生きているので、すごいんだろうな、なんて想像までしていました。知識がないので、想像といっても、手を繋いで、口づけして、の程度ですけどね。そんなので、子作り出来ませんよ、ということは知っています。

 教会は、神聖な場所です。閨事なんて邪なものは持ち込まれません。孤児院にいた頃だって、まだ幼かったのです。そこから教会に引き取られ、十年過ごしていても、閨事なんて、誰も持ち込みません。意外にも妖精憑きたちは、敬虔でした。

 というわけで、お仕事から帰ってきたカイサルに相談です。ちょうど、頭を冷やしてくる、なんてわけのわからない事を言ってハズスは出て行きましたし。

 簡単に説明すれば、カイサルまで顔を真っ赤にしてきました。

「ちょっと、どうして、カイサルまでその反応なのですか!?」

「リオネットは、側室の娘の身代わりとして引き取ったとはいえ、娘みたいなものだ」

「実の娘も息子も、あんなことしておいてですか!?」

 カイサルは、皇位簒奪失敗に関係した皇族の中に、なんと、実の娘や息子も含ませたのだ。何せ、死んでしまった娘リズを止められなかったのだ。その責任をとらせて、体の一部を斬りおとし、失格紋の焼き鏝を背中に押したのだ。

「親子関係は、十年前に切れてるからな」

「そうでしたね」

 十年前の皇位簒奪の敗者となったカイサルを、実の娘も息子も見捨てたのだ。だから、実の娘リズを操って、シズムが望んでもいない二度目の皇位簒奪を勃発させたのだ。娘をも利用する父親なんだから、そりゃ、子だって見捨てる。

 呆れてしまう。そんなことしておいて、わたくしのことを娘のように、なんていうのだ。

「その娘みたいなわたくしをハズスの生贄にしたのはカイサルですよ」

 わたくしが最強の妖精憑きハズスに一目惚れされたので、カイサルは迷わず、わたくしをハズスにささげたのだ。

「それはもう、やらなくていい。リオネットがいやならいやでいいんだ。ハズスなしでも、戦争はやる」

「戦争云々は抜きで、興味があるのです。そういうお年頃なのです!!」

「聞きたくない!! これが、あれか、娘に男が出来た時の親の気持ちというやつは!!!」

「知りませんよ! わたくしにとって、カイサルは父親ではないですよ。あなたは、わたくしの上司なんです。そこのところ、間違えないでください」

「言わないでええええー-----!!

 ものすごく、わたくしが悪いみたいに言われている。もう、カイサルとわたくしは、他人だってのに。

 カイサルは、側室の親子暗殺の復讐について、吹っ切れて、晴れ晴れとしていました。なのに、吹っ切れすぎて、わたくしのことを娘扱いです。そこはいらないのですよ、正直。

 家族というものが、本当にわからないわたくしとしては、カイサルの扱いは迷惑でしかありません。もっとこう、違う扱いをしてもらいたいものです。

「そんな、無理して先に進めなくていいんだ。だいたい、相手はハズスでなくていいだろう。もっと、相手を見繕いなさい」

「身近な異性がハズスしかいません。でも、教会に行けば、いっぱいいますね」

 顔見知り、いっぱいだ。城に閉じこもっているから、ハズスにばっかり頼ることになるのです。

「こらこら、男漁りするみたいなことはしない」

「いえ、話を聞いてみたくて。妻帯者もいるではないですか」

「やめなさい」

「王都の教皇も妻帯者ですよね。教会にいて、どうやって、閨事を勉強したのか、聞いてみましょう」

「やめてあげてぇええええ!!!」

「でしたら、本を」

「ハズスが知ってる。必要ない」

「そのハズスが、口づけすら出来ないから」

「いわないでぇええええ!!!」

 相談にすらならない。百五十年以上生きた化け物も、子や孫までいる皇帝代理も、役立たずです!!






 平和かというと、そうではありません。皇族では、多数の粛清を出したので、大変です。わたくしは基本、部屋から出ません。というか、出てはいけない、ときつく言われています。たぶん、外に出た途端、皇族同士の争いに巻き込まれるからでしょう。

 ですが、部屋にいたって、相手は来ます。カイサルは皇帝代理と教皇長として外出し、ハズスは閨事の先を進められなくて逃げ出して、となると、わたくし一人です。そうなるのを外で待っていたのでしょう。ノックされます。

 開けていいものかどうか。まず、この部屋には使用人の出入りはありません。何故って、部屋の管理を筆頭魔法使いハズスが行っているからです。食事までハズスですよ。だから、皇族の使用人はやってきません。前任者たちは、皇帝代理カイサルに逆らって、処刑されたことは噂で流れているでしょう。絶対にありえません。

 そうなると、ノックをするのは皇族となります。

 どうしましょうか、と悩んでいると、次はドアを蹴られます。相手は悪意がありますね。これはドアを開けてはいけない。

 とわかっていますが、わたくしは開けます。

「ドアを蹴ってはいけませんよ」

 開けた向こうには、複数の子どもたちがいました。わたくしのことを睨み上げています。

「この、性悪女が!!」

「お前のせいで、お父様とお母様が酷い目にあったのよ!!」

「孤児は出ていけ!!!」

 子どもたちは、口々にわたくしを罵ってきます。子どもたちの両親は、皇位簒奪の関係者です。命は助かってはいますが、肩身の狭い思いをしています。

 それは、子どもたちもです。皇族教育を受ける際、色々と言われたりするのでしょう。そこは、仕方がありません。帝国は弱肉強食です。弱者には容赦がありません。

 十年前の皇位簒奪により、子どもたちの両親は、優位に立っていたのでしょう。それも、皇位簒奪の敗者となって、仕返しを受けているのです。

 子どもたちは、色々とされたのでしょう。服だって汚れていますし、怪我だってしています。

「また、何しに来たんだ、ガキども!!」

 やっと落ち着いたのか、戻ってきたハズスが怒りの声をあげます。

「ハズス、可哀想ですよ。ほら、怪我を治してあげてください。服だって、汚れちゃって」

「お前のせいだ!!」

「そうだそうだ!!」

「リオネットは悪くない!! お前たちの親が悪いんだ!!!」

 子どもたちはわたくしには強く出るのですが、筆頭魔法使いハズスには怯えます。仕方がありません。両目を目隠ししているハズスは、子ども目線では、怖いのですよ。

「まあまあ、子どものいうことです。大人は受け流してあげましょう」

「甘やかすな。このまま大人になったら、つけあがるだけだ」

「そこは、親の責任です。わたくしは他人ですので、甘やかすだけですよ」

 わかっていない。この子どもたちの成長は、親の責任なのだ。

 それを聞いて呆れるハズス。そして、笑う。

「そうだな、親の責任だな。わかった、やってやろう」

 そうして、わたくしのお願いをきいてくれるハズス。

 恐ろしい妖精憑きだと、両親には説明されているのでしょう。子どもたちは怪我の治療をされ、服だって綺麗されても、さっさと逃げていきます。

 こうして、あっという間に静かになります。

「もう、ノックされても、ドアを開けるな。お前は恨まれる立場だ」

「そこはそれ、気にしません。どうせ、運良く生き残っただけです。死ぬ時は、どこにいたって死にます」

 常に死と隣り合わせの生です。毎日が死の覚悟です。

 不機嫌になったハズスはわたくしを部屋に押し込み、そのまま、わたくしの寝室のベッドに押し倒します。とうとう、閨事です。

 相変わらず、閨事の本は手に入りません。情報だって、外に出させてもらえないので、集めることだって出来ません。そうなると、ハズスにまかせるしかありません。

「ほら、目隠しを外しましょう」

「え、それは、ちょっと」

 容赦なく、わたくしは目隠しを外してやります。途端、ハズスはばっとわたくしから離れました。

「ハズス?」

「ダメだ、見え過ぎる!!」

「顔を見て、閨事をしたいです」

「普通は、そういうのは恥ずかしい、と女側がいうものなんだが」

「そうなのですか? 裸になるのも、そう恥ずかしいわけではありませんよ。脱ぎましょうか?」

「待って、その、脱がすのも、楽しみの一つというか」

「そんなふうに離れておいてですか。届きもしませんよ」

 また、前進しないでいます。目隠ししたままのほうが、良かったのかもしれません。

 諦めて、ベッドから起きて、ハズスに目隠しをしました。途端、ハズスは顔の距離を詰めてきました。

 気づいたら、優しく口づけされていました。

「痛くないですね」

「一応、経験者だからな」

「その調子で、先に進めるといいですね」

 残念ながら、ハズスはわたくしを押し離して、顔を真っ赤にしていまる。

「もう少し、待っていてくれ。必ず、リオネットと閨事をしてみせるから」

「時間はまだまだあります。戦争が終わってからで大丈夫ですよ」

 わたくしは、閨事を先送りにすることで、ハズスの力で戦争を早期終了させようと目論んでいました。

「いや、戦争の前がいい。十年待ったんだ。もう、待てない」

「そうですね。十年ごしなのですよね」

 ハズスには、随分と酷い目にあっていますけどね。十年待っていたというハズスだけど、その十年、わたくしはハズスに教育といって、色々とやられたのですよね。自死の訓練までさせられたのですから。

 ハズスの十年と、わたくしの十年では、こう、感じ方が違いますよ。

「その気持ち悪い顔はやめろ」

 作り笑いをしてやると、ハズスは不機嫌になります。相変わらず、わたくしの笑顔、ハズスにだけは不評です。

 お陰で、ハズスの興が削がれました。ハズスは寝室から出ていきました。

 わたくしは時間をおいて出ていくと、お茶の準備がされていました。

「戦争準備は、どうなっていますか?」

 話題といったら、戦争のことしかありません。城に閉じ込められているので、情報が入ってこないため、共通の話題がそれしかないのです。

「不平等な取引を表に出したが、貴族が勝手にやったことだ、と敵国も突っぱねているよ」

「戦争にするには、弱いのでしょうね」

「というわけで、敵国の密偵を全て捕縛した。もう、帝国内で敵国が活動することは出来ない」

「活動出来なくても、敵国だって、帝国を支配する必要なんてないでしょう。これまでも、そうして生活できていたのですから」

「隣りにいい実りがあるんだ。力づくでも欲しいんだよ、敵国は。だから、停戦協定の破棄を要求してきている」

「それはいい方法ですね。早速、停戦協定の破棄をしましょう」

「あれは、神を介した契約だ。破棄出来ない。が、ハルト様が亡くなっているので、効力すらない、とこちらからは訴えているが、通じない」

「そこなのですね」

 皇帝代理カイサルは、きちんと敵国と交渉はしている。密偵を捕まえ、証拠も出して、と内部攪乱をやったことに対して、敵国を責めてはいる。

 だけど、停戦協定に触れない行為である。戦争ではないので、敵国は好き放題してくれる。それをやめさせるには、停戦協定を作り直すしかないのだ。

 しかし、停戦協定は作り直す以前に、もう、効力がない。帝国としては、戦争をして、新しい停戦協定を作り直したいのだ。次の停戦協定は、期間だけでなく、細かな条文をつきつけるつもりで、すでに、草案は出来ているという。もう、帝国は戦勝国になるつもりだ。

 あとは、敵国が開戦宣言してくれればいいのだが、過去の失敗が、どうしても足を引っ張ってくれる。最悪妖精憑きハルトが存命中に開戦宣言をした敵国は、歴史に残る天罰という被害を受けてしまった。そのため、ハルトの生死をどうしても確かめたいのだ。

「難しいですね、戦争をいざ、始めるにしても」

「両国の我慢比べだ。意外にも、敵国は慎重だ。試しに戦争しよう、と言い出してこないとはな」

「内部攪乱が、思ったよりもうまくいったからでしょうね。内部から、時間をかけて切り崩していくほうがよい、と判断していったのでしょう」

「それも、魔法使い総出で邪魔してやっているがな。もう、国境を越えることは不可能だ。国境を越えた途端、捕獲だ」

「ハズスは、城にいて、そんなことが出来るのですか!?」

「いや、ヒズムにやらせている。いい勉強だからな」

 見習い魔法使いであり、次期筆頭魔法使いヒズムに国境警備を押し付けたのだ。将来は、魔法使い全てを支配する立場となるのだから、やれるようにならないといけないのだろう。が、ヒズムは百年に一人、生まれるかどうかの才能持ちである。千年に一人生まれるという化け物であるハズスとは、実力に差がある。

「もう、戦争の話はやめよう」

 一度、口づけをしたからか、ハズスはわたくしの後ろから食べるように口づけをしてくる。なんと、舌までいれてきた。舌って、いれるものなの!?

 わたくしはあまりのことに、逃げたいのに、ハズスはわたくしの頭をおさえこみ、逃げられないようにしてくれます。

 息も絶え絶えになったところで、やっとハズスから解放される。

「今日は、ここまでにしよう」

 そういうも、調子にのって、ハズスはまた口づけしてきた。





 しばらくして、皇帝代理カイサルが、わたくしを部屋から出してくれた。

 教会にいた頃は、常に歩き回っていたわたくしとしては、嬉しい限りだ。筆頭魔法使いハズスも一緒なので、安心ですね。

 城の中を歩き回って、連れて行かれたのは、会議室である。ここは、あれです、宰相とか大臣の人事交代をやった場所ですね。怖い思い出しかないところです。

 連れてこられた場所は、もう最悪でしょうね。わたくしは、なんともいえない表情で中に入ります。そして、上座のど真ん中に座らされます。

 宰相と大臣たちが集まって、会議開始です。筆頭魔法使いハズスがいないと出来ない会議って、何かしら?

「数年後を予定していましたが、思ったよりも、内部を浄化出来たということで、俺は皇帝代理を退任する。ここに、リオネットを女帝とする決議をとる!!」

 聞いてない!!! もう、どうして、わたくしに相談なく、進めちゃうのですか、この人は!?

 わたくしが偽物皇族にされた時も、わたくしに一言の相談もありませんでした。もう、カイサルの独断ですよ、独断!!

 毎日、色々と経験しあっているハズスはというと、嬉しそうに笑っています。そうですよね、わたくしを女帝にして、皇帝の儀式で、強制的に閨事したかったんですものね!! でも、いまだに口づけで止まっているハズスに、閨事は出来るのですかね!?

 もう、決まっていることです。宰相も大臣たちも反対なんてしません。

「残るは、皇族ですね」

 宰相や大臣たちは、帝国民の代表のようなものです。だけど、皇族は別です。皇族は皇位簒奪を許される権利があります。なので、皇族からも、わたくしが女帝となることを認めてもらわないといけません。

「普段は、どうやって、皇族から決議をとるのですか?」

 会議も終わったので、わたくしはハズスに遠慮なく質問する。

「普通は、皇帝が崩御となった後に、皇族の儀式を行うんだ。そこで、血筋の確かな者を集め、試験をする。昔は、血筋だけで皇帝としたら、政治を滅茶苦茶にしたから、反省して、皇帝としての才能も見ることとなったんだ。そういうものを見て、皇帝となる。

今回は、少し、ややこしい。シズムはカイサルから譲位のような皇位簒奪だ。そこから、十年後に、カイサルがリオネットの代理として皇位簒奪したわけだ。皇位簒奪には、皇帝の才能は関係ない。問答無用で皇帝となれるわけだが、リオネットの実力がはっきりしていない。シズムだって、それなりの実力があったから、皇位簒奪しても、文句は出なかった。カイサルだって同じだ」

「皇位簒奪で皇帝になると、何かいけないことでもあるのですか?」

「私はきちんと、第二第三の皇帝を育てている。シズムが実力不足だった場合、別の皇族が、皇位簒奪をすることとなっている」

 皇族シズムが、十年前、皇位簒奪で皇帝となっても、何も起こらなかったのは、囮とされたからだ。十年かけて、裏切者の貴族をあぶり出し、ついでに裏切者の皇族を見極め、一斉に粛清したのだ。

 一歩間違えれば、カイサルは十年前に処刑されていた。命をかけてでも、カイサルは十年後の皇位簒奪を成功させるために、ハズスに全てまかせていたという。

 今回の皇位簒奪は、カイサルが返り咲くのであれば、苦情なんて出ない。カイサルは、立派な皇帝だとわかっているからだ。だけど、カイサルはわたくしの代理で戦っただけである。

 わたくしを女帝にする理由は、筆頭魔法使いハズスの我儘です。わたくしには、皇帝としての実力は不透明なままなので、皇位簒奪が起きる可能性をハズスとカイサルは危ぶんでいるのです。

「そのまま、カイサルにやらせればいいではないですか」

「失格紋がな、まずい。カイサルは戦場に出ると、暗殺されるだろう。皇帝が暗殺されるのは、許されない」

「………」

 でも、わたくしだって、偽の皇族なのだから、暗殺されちゃいますよ。口から出そうになるけど、我慢する。まだ、ここは、外だ。迂闊なことは言えない。

「女帝の代理での出陣で暗殺であれば、面目はたつがな」

「カイサルが殺されるのはいやなのですが」

「戦争に絶対はない。何が起こるかわからないからな。私が側にいる、といっても、何か抜けるだろう。だから、リオネットは留守番だ」

「でも、わたくしも戦場に連れて行く、と以前、言っていましたよね」

 ハズスがわたくしから離れて、戦場に出ない、というので、わたくしも戦場に出る話となっていました。

「戦争は男の仕事だ。リオネットは、城で待っていてくれ」

「もう、離れるのはいやだといったり、待っていろといったり、我儘な男ですね」

「仕方がない、気狂いだから、気持ちもころころと変わる。明日には、やはり戦場に一緒に、となっているかもしれない」

「その時は、ご一緒します」

「………まだ、愛してもらえないな」

「す、すみません。その、愛するというものが、よくわからなくて」

「かまわない。愛してもらいたいのは、私の我儘だ。戦争が終わったら、リオネットは私が独占だ。何せ、リオネットは、私のご褒美だ」

「その前に、皇帝の儀式ですね」

「興が削がれることをいうな」

 そう言って、わたくしに噛みつくように口づけをするハズス。

 いつの間にか、会議室はわたくしとハズスを残して、誰もいなくなっていました。

 会議室を出ても、わたくしは右も左もわからない。ただ、ハズスについていくだけです。そうしていると、ハズスは城を出て、そのまま教会にわたくしを連れて行きました。

 皇族となって、実はまだ一か月程度のわたくしは、久しぶりの教会に、安心感なんて持ってしまいます。こう、煩悩とかないところがいいですね。

「ハズス様に、リオネット様」

 王都の教皇ズームが声をかけてきました。そうか、わたくしのほうが様付けなのか。

「お久しぶりです、ズーム………敬称なしは、まだ、慣れません。わたくしのことは、呼び捨てにしてください。教会では、本当に、お世話になりましたから、敬称で呼ばれたくありません」

「そういうわけにはいかない。皇族と教皇では、立場が違う」

「お忍びで来たということで、いいではないですか。呼び捨てでお願いします」

「わかった」

 苦笑するズーム。真面目なので、気苦労が多い方だ。久しぶりに会うと、老けたように見える。

「教皇長はどうですか? さぼったりしていませんか?」

「皇族に戻ってからは、すっかり、真面目になりましたよ。もともと、あの方は、立派な皇帝ですよ。さぼっているといっても、仕事は出来る方ですからね」

「そうですよね。わたくしは、本当にいらない側仕えですものね」

「そんなことはない。教皇長になったばかりのカイサル様は、こう言ってはなんだが、怖い感じだった。真面目に仕事をこなしているだけ、という温かみのない人だったよ。それもリオネットがきてから、随分と穏やかになった。ふざけて仕事をさぼっているだけで、平民からも評判はよくなったんだ。教会も、リオネットが来てから、随分と変わった」

「もう、大袈裟ですよ」

「リオネットは、もっと自己評価を高く持ったほうがいい。気難しい妖精憑きたちであるシスターや神官たちは、リオネットには随分と優しくなった。そうして、教会を訪れる平民に対しても、どんどんと優しくなっていった。今では、帝国民に近い存在となっている」

「それは、あれです、悟ったのですよ。妖精憑きはわたくしたちただの人とは、見る物が違います。何か見えたのでしょうね」

 大袈裟すぎて、わたくしは苦笑してしまう。人はなにかあれば、簡単に変わるものだ。妖精憑きだって人だ。何かあったから、変わったのだろう。

「お、リオネットだ」

「可愛い服着てるな」

「もう、教会には戻ってこないのか?」

「ほら、飴をあげよう」

 教会に戻ってきたシスターや神官たちが、わたくしを見て寄ってきます。

「こらこら、リオネットは皇族だぞ。距離をとりなさい」

「妖精憑きに、そういうのは、意味ないから。何か困ったことはないか?」

「いじわるな皇族がいたら、教えなさい」

「小さいな、もっと食べろ」

 わたくし、それなりの年齢だけど、成長が遅れているので、年齢が低く見られています。そのせいで、頭を撫でられたり、飴玉もらったり、と色々とされます。大変です。

 シスターや神官たちが側に来たからか、ハズスはすっとわたくしから距離をとりました。気づいた時には、離れて、穏やかな笑顔を口元にたたえて、ハズスはわたくしが妖精憑きたちにもみくちゃにされているのを見ていました。

 教会ではいつも、こうでした。何故、ハズスが教会の中では、わたくしから距離をとるのか、疑問に持っていましたが、聞きませんでした。

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