戦争の理由付け
食事会は急遽、中止となった。二回目は、皇位簒奪の現場となってしまい、食事会どころでなくなったのだ。三回目の食事会は、今年は行わないこととなった。何せ、皇位簒奪の上、皇族の使用人たちは全て処刑となったのだ。
皇族となって、一か月もしない内に、こんな恐ろしいものを見ることとなったわたくしとしては、心穏やかではない。わたくしは、ハズスに縋った。
「お願いです、教会に帰らせてください!!」
泣いてしまう。もう、こんな恐ろしい所にいたくない。教会でも底辺だけど、ここよりは平穏だ。神に世界平和を祈って、慈悲に縋っていればいいのだから。
「一度、皇族となったんだ。ここから、一人出るというなら、殺すしかない。殺して、骨にして、私が大事にしてやろう」
わたくしを抱きしめて、恐ろしいことをいうハズス。
ハズスの胸から顔をあげれば、目隠しを外したハズスの素顔を見ることとなる。誰もが魅了する素顔だ。わたくしだって、その素顔に魅了される。
「一緒に出てくれないのですか?」
「そういう契約だ。私は、一生涯、皇族に縛られる。ちょっと外出程度であれば、出来るがな。教会に帰らせられないが、教会に慰問に行くことは可能だ。辛いなら、連れて行ってやろう」
「もう、いいです!!」
わたくしは諦め、さっさとハズスから離れた。この男に縋ったのは間違いだ。あの素顔に魅了されるも、やっぱり、過去の所業を思い出して、許せない気持ちが勝った。ちょっと優しくされて、愛を囁かれたって、わたくしはまだ、ハズスに堕ちない。
涙を乱暴にぬぐって、カイサルを睨む。カイサルは、教皇長服を着て、これからお仕事だ。ものすごく、真面目に仕事をしている。わたくしが側仕えだった頃とは、随分と違う姿に、苛立ちすら感じる。
「カイサル、説明してください」
二回目の食事会から、それなりに時間が経ったので、わたくしなりに、整理がついた。
「シズムは、本当に、二回目の皇位簒奪を指示したのですか?」
シズムは最後まで、二回目の皇位簒奪を否定していた。暴力を受けて、それでも、違う、と言っていたのだ。
部屋を出ようとしていたカイサルは、溜息をついて戻り、ソファに座る。わたくしは、カイサルから離れて、立ったままだ。
「リオネット、ほら、座りなさい。長い話になるぞ」
全てを知っているハズスはわたくしの手を引っ張った。拒否しようとしても、ハズスは容赦がない。動かないならば、とわたくしの体を持ち上げたのだ。
ハズスに、というより、人に体をこのように持ち上げられたことがないわたくしは、恐怖だ。地面から足が離れたので、固まってしまう。そうして、カイサルの向かいに座らされる。
ハズスはというと、わたくしの後ろに立って、わたくしにを抱きしめる。逃げられないようにするためか、それとも、ただ単に、わたくしを抱きしめたいのか。
「リオネットが考えた通りだ。あれは、俺が仕組んだ」
「復讐ですか?」
「邪魔だったからだ。どうせ、一度やったんだ。また、裏切る。一度目の食事会で、それがはっきりしたから、実行した」
逆にいうと、一回目の食事会が、何の問題もなく終わっていたら、こんな事にならなかったということだ。
何がダメだったのだろうか? わたくしは考えてしまう。
「リオネットは悪くない。結局、貴族のそそのかしの影響が皇族の中で残ってしまっただけだ。シズムが諦めたとしても、十年前に、シズムを支持した皇族たちは、いずれ、裏切った。内部から裏切られると、皇族は弱い。運が悪いと、筆頭魔法使いが皇族によって殺されることとなる。そうならないためにも、裏切者は排除しなければならない」
「皇族の使用人を全て排除して、筆頭魔法使いの使用人に入れ替えたのは、シズムの指示だという偽の手紙を配達させるためですね。利き手が使えないシズムなので、代筆でも、相手は疑わないですものね」
「俺は手紙なんて書かない。手紙を書いたのはリズだ」
実の娘を操ったのだ。カイサルは、平然としている。そのせいで、リズは死んだ。
「これから、あなたの子どもや孫はどうなるのですか?」
あの場で、何も知らされていないのは、カイサルの子や孫だ。呆然としていた。何も知らされていなかった。
「俺のことを恨んでいるのだろう。子も孫も、救いようがない」
「やり直しの機会を与えないのですか?」
「猶予は十分にやった。十年もだ。その間、俺に対してやった所業は、相当なものだ。暗殺未遂の場に、リオネットも随分と巻き込まれたな。今更、親子の情なんてない」
そうだたった。カイサルは、全て知っていて、黙っていただけだ。
暗殺者を生け捕りにしては、吐かせていた。だけど、その後の話をわたくしは一度として聞いたことがない。ただの側仕えだから、話さないのだろう、そう思っていた。
実際は違う。身内や皇族が関わっていたから、カイサルは黙っていたのだ。
皇帝として黙っていたのだろうか? 身内の情で黙っていたとは思えない。どうせ、十年は沈黙しなければなかったのだから、黙っているしかなかったのだ。
「暗殺には、奥方も関わっていたのですか?」
様々な要因により、狂ったリサ。狂っているからこそ、そういうこともしていただろう。
「リサは暗殺に関わっていなかった。リサの後ろは真っ白だ。側室の親子を暗殺しただけだ」
それには、わたくしも驚いた。側室の親子を暗殺したのだから、カイサルも暗殺しようと、指示していそうだった。
「俺が、リサを皇妃に、と選んだんだ」
「愛してたのですね」
「ハズスと正反対だからだ」
「………」
声も出ない。気持ち悪いものをカイサルに感じた。
「俺の初夜はもちろん、ハズスだ。当然だ、皇帝の儀式をしたからな。最後までした。そうして、気づいた。ハズスは女ではないんだな、と」
「それは、そうですね」
あの見た目だ。男女を越えている。見る人によって、性別は変わるだろう。
「俺にとって、ハズスは女だった。だが、実際はそうでない事実を体感したんだ。そうなると、ハズスに近い女を抱きたくない。ハズスのことを思い出してしまうからな。だから、皇妃はハズスとは全く逆の女を選んだ。それがリサだ」
「リサは、美人ですよ」
「今でこそ、痩身だが、皇妃になった頃は、ふっくらした体型だった。だから、顔立ちも、美人というよりも、可愛らしかった。内面も逆だ。弱くて、真面目で、虫も殺せない女だ。だから、随分と悪く言われていたものだ。俺は皇帝だから、妻を守らない。そして、リサは壊れた」
カイサルは過去のことをただ、過去として語っている。そこには、感情が見られない。実際、声も表情も変わらない。リサのことを本当に愛してなかったのだろうか?
「リサが狂って、側室の親子に嫉妬して、暗殺したのですか」
「逆だ。側室の親子に嫉妬で暗殺して、狂ったんだ」
「リサが勘違いするほど、カイサルは、側室の親子を愛情深く接したということですか?」
「その側室は、特別に見えたのだろう。仕方がない。側室となった経緯が、他の側室とは違い過ぎる」
話がかなり長くなるのだろう。ハズスがわたくしから離れ、使用人を呼び、伝言を頼んでいた。その間、カイサルは沈黙する。
ハズスは、お茶をわたくしとカイサルの分だけ出した。ハズスはまた、定位置のように、わたくしの後ろに立ち、甘えるように抱きついた。
「もともとは、皇族の使用人だった。俺とそう歳の変わらない、平民の娘だ。見た目だって普通だ。だからだろう、皇族や使用人に、いいように弄ばれた。俺の前では、普通にしていたから、気づかなかった。そして、体調を崩し、暇願いを出された。
皇族の使用人となるのは、かなり大変だ。並大抵な努力ではない。それを平民の娘がなったのだ。だから、俺は理由を聞いた。暇願いには、体調不良としか書いていなかったからだ。
使用人の部屋に直接行ってみれば、ついてきたハズスがすぐに気づいた。体調不良ではない。妊娠していた。相手は誰かと聞いてみれば、わからないときている。遊んでいるような娘ではない。問い詰めてみれば、随分なことをされていた。
ほんの気まぐれだった。俺はその娘に手をつけたことにして、側室に迎えた。すでに、側室もいたし、一人増えても、問題になるとは思っていなかった。年に一度の食事会で、彼女を紹介してみれば、数人の皇族が反応していた。使用人もだ。
側室のなり方が良くなかったんだな。リサは、側室に嫉妬した。俺の子ではないことも話したというのに、嫉妬したんだ」
「話したのですか!?」
「皇妃なんだ。話したさ。大事なことだ。なのに、リサは側室に嫉妬して、どんどんとやせ細っていき、美人になってしまった。ふっくらしていた頃のほうが良かったというのにな。胸はあの通り、残ったが、面影すらなくなって、残念なことになった」
「実は、ふくよかな女性が好きなんですね」
「そうかもしれないが、わからん。側室は、美人だったら、可愛かったり、と色々だったな」
女だったら、誰でもいいんだ。口にはさすがに出せなかった。口に出して、肯定されちゃったら、リサが可哀想だ。
「善良なリサは、だからといって、側室をいじめたりはしない。ただ、嫉妬して終わった。そして、側室が無事、出産してみれば、赤ん坊は皇族ではなかった。どうやら、父親は、使用人の誰かのようだ。皇族の儀式で証明されるまでは、赤ん坊は皇族の扱いだ。しかし、いきなり皇族から貴族、平民となるのは、大変だ。気の毒になって、教育やら何やら、随分と手をかけてしまったのが良くなかった。そうして、リサは側室の親子を暗殺して、狂った」
そこで、話は終わりのように思われる。だけど、まだ、先があるのだ。ハズスはわたくしから離れない。
「どうやって、あの善良なリサが、暗殺者を引き入れたのか、そこが問題となった」
側室の親子が暗殺されたことは、通過点でしかなかった。本当に、側室の親子への対応は、カイサルの気まぐれだった。愛情とか、そういうものは見られない。
「それまでは、皇族内部のことは調査しなかった。しかし、暗殺なんて、随分となかったことだ。だから、調査してみれば、皇族教育を行っていた貴族を通して、外部と接触していたことがわかった。いや、貴族から、リサに接触したんだな。リサは唆されて、暗殺者を引き入れてしまったんだ。そして、リサは自責の念から、狂ってしまった」
「調べただけで、何もしなかったのですか? 皇族の生活区域での暗殺なんて、大事ではないですか」
「誰も、感心がなかった。あの側室の親子が死んで喜んでいる皇族が、そうさせなかった。使用人もそうだ。だから、そこで終わりだ。リサの気狂いも、嫉妬の末、で片付けられた」
「側室には、本当に、一度も手をつけなかったのですか?」
「つけない。だいたい、美人で、胸がない女だ。絶対に手を出さない」
「………」
ハズスのことは、相当な心の傷になっているのだろう。カイサルは、ハズスに似たところがある側室のことは、本当に気まぐれだった。
「それから数年、静観していれば、貴族のほうが調子に乗ってきた。俺のことが邪魔だから、若い皇族に皇位簒奪を唆したんだ。もっと立派な皇帝になれる、なんて言ってな。そして、皆が知っている皇位簒奪となった。後は、リオネットも知っている通りのことだ」
十年間、両腕まで失って、静観して、カイサルは代理とはいえ、皇帝に戻った。淡々とそう語っている。そこに、情熱とか、何かを感じない。
「わたくしは、亡くなった側室の子に、似ていましたか?」
「体型はそうだな」
「似ていたから、リサはわたくしを隠し子だと言ったのでしょう」
「歳が違い過ぎる。生きていれば、リズとそう変わらない年頃だ」
「気狂いを起こしているのですよ。時の流れなんて、関係ありません。リサは、わたくしを見て、そう感じたから、隠し子だと言ったのです。リサの中では、暗殺された側室の娘は、時が止まっています」
「………暗殺されたのは、もう少し幼かった。が、リオネットは子どもの頃の栄養状態が悪かったから、成長が遅い。そう、よく似ている」
認めた。ほとんど、出まかせのようなものだ。そうでない可能性だってある。
だって、わたくしが亡くなった側室の子に似ているというのなら、ハズスの執着は側室の子にも出るはず。だけど、そういう話はない。だから、半信半疑だった。
「初めて会った時は、本当に驚いたよ。生き写しではないか、というほどだ。だから、孤児院で声をかけた。だが、話してみれば、別人だ。とても聡い子だ。だけど、二度もむざむざと殺させるわけにはいかなかったから、側仕えとして引き取った。ハズスに見せれば、何か言われるかと思ったが、何も言わなかった。ハズスは、暗殺された側室の親子のことなど、ただの記録としか見ていなかったんだ。なのに、リオネットのことを一目惚れした」
そこが矛盾だ。最初は、わたくしの容姿に一目惚れしたという。だったら、側室の子にも、何か感じたはずだ。
「どうしてだ、ハズス? 何が違う?」
「違います。あの側室の子は綺麗な笑い方をしていました。しかし、リオネットは、気持ち悪い顔です。全く、別物です。似ていませんよ」
出会った頃から、ハズスは、わたくしの作り笑いを酷く嫌っていた。あんなに嫌っていたくせに、一目惚れだというのだから、おかしな話だ。
「同じ笑顔に見えるが」
「別物です。気持ち悪い笑い方をしているリオネットだから、一目惚れをしたのですよ。あの側室の子の笑顔には、何も感じなかった」
「俺は、感じた。側室の子にも、リオネットにも、同じように感じた」
「側室の子は、空っぽだ。何もない。だが、リオネットには、色々と詰まっている。別物だ」
「………」
どれほど、カイサルが、わたくしと側室の子が瓜二つだ、と訴えても、ハズスは否定する。その否定が、主観だ。
「カイサル、思い出というものは、美化されるものだ。お前がどれほど、リオネットと似ているといっても、そこには思い込みが入る。あの側室の子が死んで、随分と経った。お前は、後悔しているのだろう」
「していない!!」
「だったら、リオネットを引き取るべきではなかった」
「結果的には、お前はリオネットに一目惚れした。それは良かったことだ」
「経過は違う。経過を見れば、良くない。皇帝としては、リオネットを引き取ってはいけなかった。側室の子に瓜二つなど、感情を表に出しているようなものだ」
「………」
「だが、その後の経過を見れば、良かったことだ。教育すれば、きちんと身に着け、あの気難しい王都の教皇でさえ、リオネットのことを可愛がった。私も、最初は一目惚れから始まったが、どんどんとリオネットの内面も愛おしく感じている。こういうものこそ、神と妖精の導きというものだ」
「………何故なんだ、何故、お前はリオネットを守るのに、あの側室も、子も守らない!?」
とうとう、カイサルの感情が爆発した。皇帝として色々と内におさえこんでいたものが、おさえこめなくなるほど、増えすぎてしまったのだ。
怒りに震えるカイサル。皇帝としては、側室の親子の死は仕方ない、と処理していた。しかし、本当は、そうではなかった。
「まだまだ若いな」
「黙れ!! 貴様に比べれば、皆、若いままだ!!!」
「私は待っていた。お前が私に命じるのを。間違っているといえども、お前は私にとって子のようなものだ。命じれば、皇族ではない側室の親子など、片手間で守ってやった」
「完璧な皇帝であれ、とあれほど教え込んでおいてか!!」
「私が悪かったようだな。すまなかった。一言、私から言ってやれば良かった」
あまりにも簡単に、ハズスが間違いを認めた。しかも、軽くだ。反省の言葉まで言った。
カイサルは呆然とする。怒りをぶつけてみれば、ハズスが謝るのだ。
カイサルは皇帝として育てられたといっても、ハズスの操り人形のようなものです。ハズスが求める皇帝にカイサルは仕立て上げられました。
迷子のようになってしまったカイサル。きっと、ハズスに聞けば、今後のことも教えてくれるでしょう。
「ハズス、外に出て行ってください」
「いやだ」
「カイサルと二人で話したいのです。出ていってください」
「カイサルに盗られてしまう」
仕方なく、わたくしはハズスに口づけします。が、初めてのことなので、おもいっきり歯があたりました。
「いたたたっ」
「な、なにをっ」
顔を真っ赤にして、ハズスがわたくしから離れます。
「もう、カイサルと閨事までしたくせに、恥ずかしがるなんて」
「カイサルは皇帝としてだ!! リオネットは、私にとっては、最上の人だ。そんな、簡単に口づけをするようなものではない。こう、もっと良い場所でしたい」
「城から出してもらえないのに?」
「そうだが、こんな、ご機嫌とりみたいに、したくない」
百五十年以上生きている化け物が、何を純情そうな顔をしているのやら。わたくしだけでなく、傍観していたカイサルだって呆れている。
「もう、口づけを後で教えてください。初めてが、こんな痛いなんて」
「そうか、初めてか」
嬉しそうに笑うハズス。
「なら、良い。カイサル、リオネットは私のものだ。手を出さないように」
一人、納得して、ハズスは部屋から出ていった。
しばらくして、カイサルは吹き出すように笑う。
「あんなに長生きして、リオネットが初恋なんだぞ!」
「わたくしを孤児院から引き取ってくださって、ありがとうございます。暗殺されてしまった側室の親子の身代わりとしてでも、助かりました。お陰で、十年も生き延びました」
「………怒らないんだな」
「そういう立場ではありませんよ。生きるか死ぬかなんですから。孤児院でいたって、半数は死んでいたのですよ。どうせ、死ぬつもりで告発したのです。無駄に生きながらえただけです」
孤児院でカイサルに引き取る話をされた時には、わたくしは死ぬ覚悟でした。
「あんな小さい頃に死のうだなんて」
「生きていくのは、大変なんです。わたくしは弱者でしたから、気に入らないことがあると、殴る蹴るの暴行を受けていました。食事だって、満足にもらえないことだってありました。職員は、わたくしみたいな弱者に色々と押し付けていました。死んだ子を見送ると、考えるわけです。死ねば楽かな、と」
「………」
「死は解放なんです。生きていたって、いいことなんてなかったんです。楽しいと笑っていて、これっぽっとも楽しくないのです。だから、カイサルに引き取られた十年間は、生きていて良かった、と思っています。ありがとうございます。だから、お礼に、しっかりとハズスのことを愛します」
「もう、そんなことしなくていい!!」
カイサルは叫んで、目の前にあるカップを払い落した。カップは壊れても、汚れても、後でハズスが綺麗にしてくれるでしょう。そうわかっていても、わたくは、ついつい、手を出してしまう。
「そんなこと、ハズスにやらせればいい」
「いざという時に、ハズスに頼るのはやめましょう。ハズスは、人を堕落させます。最悪の妖精憑きハルトが悪くない、という話は、確かに正しいです。ハズスの側にいると、ハルトを悪くは言えませんね」
人の力なりに、わたくしは壊れたカップを片づけて、汚れも簡単に取り除きました。最後は、ハズスにやってもらうことになりますが、今は、これくらいでいいでしょう。
言われて、初めて、カイサルは気づいたのだろう。驚いていた。
「ずっとハズスと一緒でしたから、わからなかったでしょうね。それで、本当に、帝国のために戦争を始めるのですか?」
「………」
「暗殺された側室の親子のための、復讐ですよね。結果だけを見ればわかります。あなたを陥れた人たちは皆、側室の親子暗殺に関わっていたのでしょう。復讐は終わりました。どうしますか? 戦争すると、あなたを支持している皇族や貴族たちに宣言しているのですよね」
「戦争をするのは、たぶん、不可能なんだ。わかっていて、そう嘯いていた」
「どうしてですか?」
「最悪妖精憑きハルトだ。ハルトの死の確認がいまだに出来ていない」
「ハズスは死んだと言ってます」
「遺体の確認が出来ていない。敵国は、だから、内乱を誘発させるしかなかったんだ」
敵国は、最悪妖精憑きハルトの死を確認出来ないままに戦争を始めて、大変なことになっている。いくら、生き証人がいなくなったといえども、言い伝えとして残っているのだろう。
敵国は神と妖精と聖域の信仰を捨てることで、妖精憑きという化け物のことをよくわかっていなかった。そして、その化け物の寿命が、想像を越えたもので、手を出せなくなったのだ。
神を介した契約は絶対です。いくら、敵国は信仰を捨てたとしても、神は存在することは変わりません。最悪妖精憑きハルトが存命中は、停戦しなければなりません。万が一、それを破った場合、敵国にのみ、天罰が下ります。
実際、敵国は天罰を受けました。原因不明の伝染病により、敵国は半数もの国民を失いました。そして、数年間、実りを奪われ、大変なこととなったといいます。
命まで奪われる天罰に、敵国は慎重になるしかありません。そして、契約違反とならない、内乱の誘発を行ったのです。敵国から何も言ってこない、ということは、成功したのです。
「では、まだ、復讐は終わっていませんね」
「何を言っている?」
「側室の親子を暗殺させるように囁いたのは、貴族ではあります。だけど、その貴族たちは敵国と通じていたのでしょう? まだ、終わっていませんよ」
「何故、そんな話をするんだ?」
「このままでいくと、あなたは、帝国を壊します。怒りをぶつける先がもう、帝国しかありません。それでしたら、外に向けます。わたくしは、教会で十年間、生きながらえました。こう言ってはなんですが、孤児院よりは、良い場所でしたよ。妖精憑きたちは、わたくしのことを随分と蔑んでいましたが、でも、優しかったです。重いものを持っていたら、魔法で軽くしてくれます。服が汚れたら、綺麗にしてくれます。冷めたお風呂も温めてくれます。カイサル様を狙った暗殺者がわたくしを攻撃した時は、守ってもくれました。実は、彼らは、とても慈悲深いのです。そうして、慈悲深く生きることを教わりました。帝国を壊してはなりません」
わたくしにとっては、帝国は大事です。復讐のために、壊させるわけにはいきません。
「戦争の経験者はいないんだ。犠牲は大きいだろうな」
「せっかくなので、帝国を裏切った者たちを前線に出してやればいいのですよ。復讐も出来て、一石二鳥です」
「慈悲の心はどうした?」
「孤児院にいればわかります。慈悲なんて意味がないって。今、必要なのは、絶対的な力ですよ」
「………ありがとう」
何に対してのお礼なのかはわからない。だけど、色々と吹っ切れたのだろう。カイサルは穏やかに笑っていた。
予定では、三章で終わることとなっています。ここまで読んでいても、救いのない話です。この後も、救いのない話で終了してしまう予定ですので、ちょっとという方は読まないほうがいいと思います。




