12 不器用な騎士
最終話です
マイエメル大公家の温室では、メルリナが小さく震え、同じテーブルにいるキリナートがテーブルに頭を付けていた。
「わ、わたくしに、そ、そんな大役は務まりますでしょうか? わ、わたくし、自信がありませんわ……」
メルリナが小さな声で訴えた。
「俺がメル以外ではダメなんだよっ! 約束を違えることになって本当にすまない!」
キリナートは、頭を下げ直した。頭を下げてしまったので、メルリナがびっくりして目を見開いた後で、キリナートの言葉が嬉しくて頬を染めたことには気がついていない。
気がついたのは、後ろに控えているバルザリドで、肩を震わせて笑い声を耐えていた。
〰️
サイドリウスの後退を受けて、ジュナールが王太子となると正式に発表されることになった。
元々、キリナートたちの父親大公閣下が王位継承権2位、ジュナールが3位、キリナートが4位であった。大公閣下が辞退し、ジュナールが王位につくことになったのだ。ジュナールは優秀であるので、王太子の勉強を1年間行い王太子就任式を執り行う予定となった。
ジュナールには婚約者がいない。ジュナールの婚約者は、3年前に流行病で儚くなってしまった。
なので、現在マリンにジュナールとの婚姻を打診しており、ジュナールは週に何度もマリンの公爵邸に通っている。王位につくことは別にしてもマリンを心から求めているジュナールなので、マリンも絆されつつある。
マリンの父親の公爵閣下も前向きで、先日生まれたばかりの公爵閣下の実弟の息子を養子縁組して迎え入れることにしたそうだ。その子が成人するまでは頑張ると意気込んでいる。
そして、ジュナールを後継にできなくなった大公家はキリナートが後継となると、当然のように決定した。
キリナートは『父から伯爵位を貰い受け、騎士団を退役後は、伯爵領の領地を運営する』とメルリナに約束していたのだ。それがまさかの大公領となり、メルリナはプレッシャーを感じてしまっていた。
〰️
「あ、あの、ナァト様。ナァト様は、わたくしのことを、そのぉ」
メルリナが言葉を紡ごうとしていることに気が付き、キリナートは頭をあげた。そこには頬を桃色に染めて恥ずかしそうにしているメルリナがいた。
『ゴンッ!』
キリナートは今度はメルリナを見ることを避けるように頭を下げ、テーブルに思いっきり打ち付けた。
「ブハッ!!」
バルザリドは我慢できずに笑い出した。メルリナはびっくりして立ち上がり、キリナートを心配してキリナートの側へ寄った。メルリナに触られて、キリナートは今度は『ダン!』と立ち上がった。
「す、すまない。すぐに戻るので、お茶を飲んでいてくれっ!」
キリナートは走るように温室を出てしまった。そこには、しょんぼりとするメルリナが残り、控えていたメイドが駆け寄り励ました。
「おいっ! キリっ!」
キリナートを追いかけたバルザリドが声をかけた。不貞腐れて振り向いたキリナートは、バルザリドの予想通り真っ赤であった。
「さすがに、メルリナ様を残して立ち去るのは印象が悪いぞ」
「あそこにいたら正気が保てないっ!」
「なぜだ?」
「あのメルを見なかったのかっ!?」
キリナートの目は血走っていたが、深呼吸を繰り返して落ち着こうとはしている。
「だから、なぜだって?」
「メルが可愛過ぎるのだっ! あの場にいたら、俺はメルを襲ってしまうかもしれない。そんな鬼畜なことをしてメルに嫌われたら、俺は一生独り者だ。メル以外は考えられないのだから!」
バルザリドはキリナートにわざと口にさせることで、告白の練習をさせたのだ。
「なら、ご本人にそう言ったらいいだろう」
バルザリドは諭すように丁寧に言った。
「は? メルを襲いたいって言えというのか?」
「なぜ、メルリナ様のことになるととんだバカになりさがるんだ?
メルリナ様を可愛らしいと思っていると伝えるんだよ」
キリナートはやっと落ち着いてきたのに、元の木阿弥となり、さらに真っ赤になった。
「ばっ!! そ、そんな軽いこと言えるわけないっ!」
「言わなきゃ、伝わらない。メルリナ様はキリに嫌われているかもとまで悩んでいるぞ」
キリナートは顔を赤から青にした。
「ちっ! 言わないつもりだったのに口がすべった。レベッカに怒られるな」
バルザリドが口悪く反省の言葉を吐いた。
キリナートは壁に寄りかかり俯いた。
バルザリドは頭をかいた。レベッカは男爵家の次女で、卒業パーティーでメルリナを託されたバルザリドの恋人だ。卒業後、メルリナの専属侍女となり、今日も温室で付き添っている。
「先程、メルリナ様は『大公夫人になることに自信がない』とおっしゃっていた。それでも、キリに頼られるなら頑張ろうとしていらっしゃる。キリが気持ちを伝えれば、きっと大公夫人になることは受け入れてくださるさ」
バルザリドに背中を押されて、大きな体を小さくして戻ってきたキリナートは、促されて温室に用意された二人がけの小さなカウチソファーに腰をかけた。
レベッカに促されたメルリナがキリナートの隣に座った。
〰️
卒業式翌日メルリナの侯爵邸で、バルザリドとレベッカはメルリナの悩みを聞き、キリナートをけしかけるよりもメルリナに動いてもらう方が早いと判断した。それからというもの、女性から誘うことは恥ずかしいことではないことやメルリナの良さや本当のキリナートの気持ちなどを言って聞かせ、キリナートを助ける気持ちで接してほしいと懇願した。
〰️
キリナートが退室してしまった後、レベッカに『キリナートは照れてしまったのだ。それを赦してあげ、受け入れてあげるのだ』と励まされたメルリナは、二人に習ったように優しくキリナートを導いていったようである。
しばらくすると、メルリナをそっと抱きしめ腕をホールドアップしないキリナートが見受けられ、バルザリドとレベッカは、小さく安堵のため息を吐いた。
夕方になると大公邸の玄関では、キリナートとバルザリドが侯爵家の馬車を見送っていた。二人は馬車が道の向こうへ曲がるまでそれを見ていた。
二人で馬車の後ろ姿を見ながら、バルザリドがキリナートに問うた。
「なぁ、どうして長男のジュナール様の婚約者様は伯爵家のご令嬢だったのに、次男のキリの婚約者が侯爵家なんだ?」
ジュナールの亡くなった元婚約者は、伯爵家のご令嬢だった。弟キリナートの婚約者の方が爵位が上であったということだ。
「土下座したからな」
「は?」
バルザリドは思わず片眉を上げてキリナートを見た。キリナートは緩んだ顔でまだ馬車の姿を追っていた。
「十歳の頃、メルが兄上との見合いに来たんだ。その席に俺もいたんだよ。
メルと会った時の衝撃は忘れられない。俺は女の子というものがあんなにも可憐で可愛らしく守らなければならないものだとは、知らなかったんだ」
確かにマイエメル大公邸のメイドは皆戦闘メイドで、華奢で可憐なという表現の似合う女性はいない。その頃のキリナートは鍛錬ばかりしていて、お茶会などの社交は兄ジュナールに任せきりだった。なので、女の子を全く知らなかった。
「ま、まさか、奥様のような方でないとマイエメル大公夫人になれないなんてことは……」
バルザリドは青くなった。現在のマイエメル大公夫人、つまりキリナートたちの母親は、バリバリの武闘派だ。今からメルリナがそうなることは不可能だと断言できる。
「いや、お祖母様は大人しく優雅で気品のある方だったぞ。武術も嗜んでいない。だが、女の子じゃなかったからな」
キリナートが祖母とメルリナを頭の中で比べて、カラカラと笑った。バルザリドは、安堵のため息を大きく吐いた。
「俺はメルを守りたいと思ったんだ。だからその日の夜、父上と兄上に土下座してメルの婚約者を俺にしてもらったんだ」
メルリナがいないので、キリナートは平然として話した。
「はぁ」
大きなため息を吐いたバルザリドは座り込んだ。キリナートはそれを不思議そうに見た。
バルザリドは、下からキリナートをジロリと睨んだ。
「それ、メルリナ様に全く伝わってないからなっ! 誤解されているぞっ!」
「なっ!! ご、誤解?? どうしてだ?」
「お前が照れてばかりで気持ちを言わないからだろうなっ!
メルリナ様は、ジュナール様に気に入られなかった自分をキリが拾ったのだと思っているんだぞっ!」
バルザリドは立ち上がってキリナートの肩に手を置いた。
「きちんと伝えないと、メルリナ様が可哀想だぞ」
低めたバルザリドの声は、まるで兄が弟にアドバイスをするかのように優しさがあった。だからこそ、キリナートの心に真っ直ぐに突き刺さる。
バルザリドはそのまま使用人食堂の方へと消えていった。今度は取り残されたキリナートが座り込み、執事に声をかけられるまで立てずにいた。
〰️
「少しずつ、言えるようにしてやるしかないなぁ」
バルザリドはパンを噛りながら呟いていた。そして、メルリナとともに大公邸で暮らすことになるレベッカとの夫婦生活に夢を馳せた。
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。
なんとか完結いたしました。
読了後、☆をポチリと★にしてくれると嬉しいです。よろしくおねがいします。
ご意見ご感想などをいただけますと嬉しいです。
毎日、午前中に何かしら更新予定です!
 




