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これで本当によかったのか、ユティアにはわからなかった。
(エンディーンが助かったのは、本当に嬉しいはずなのに)
すっきりしないのは、代わりに呪詛を受けたあの青年がいるからだ。彼の意思だったかもしれないが、エンディーンはそれでいいのだろうか。
「あんたがそんなに気にすることじゃねーって」
サイロン家に戻ってきて十日あまり。ユティアが沈んだ顔をしているのを見ては、カディールがそう声をかけてくれる。
リトルセとエンディーンはまだ神殿で療養している。ずいぶんよくなったとはいえ、二人の衰弱は激しかったのだ。
主のいないこの屋敷は、それでも変わらないように見えた。使用人たちは、リトルセがいなくても以前と同じように奉仕している。
少なくともユティアにとっては、カディールとシオンが側にいてくれればそれだけで安心できた。
(リトルセも、そうだといいのに)
エンディーンがいて、それだけで安心できるような、たったそれだけの単純な世の中だったらいい。
だが、これからどんな道を歩くのかユティアには想像もできなかった。
「カディ」
部屋でじっとしていられないカディールは、中庭で剣の稽古をしていることが多く、今日もユティアはベンチからそれを眺めてのんびりと過ごしていた。
カディールはその手を止めて、ユティアを振り返る。
不安の欠片もないその顔に、ほっとした。
「でも、あのひとは死んでしまうんでしょ」
常に身近にあった死というものに対して、ユティアはひどく淡々としていることにあまり自分では気づいておらず、その口調にカディールが顔をしかめたのだが、ユティアは気づかなかった。
エンディーンは、あの男のことを古い知人でセインという名前だと説明していた。彼が訪れたことも、その身に呪詛を引き受けたことも、すべてを当たり前のように享受していた。
(あのひとには、泣いてくれるひとはいるのかな……)
哀しんでもらえる死なら、意味があるのかもしれないと言ったのは誰だっただろうか。
けれど、彼を助けようと思えば誰かがまた犠牲になる。
その連鎖はどこまでも続くのだ。だから、彼一人を助けたいと思うのは欺瞞だ。エンディーンが始めたその連鎖を、本来なら彼自身が止めるべきだったのだから。
「当事者であるエンディーンが納得してんだから、俺らにはもうどうしようもないしな」
剣を鞘に戻し、カディールはユティアの隣に腰を下ろした。言葉とは裏腹に、彼もどこか腑に落ちない表情をしている。
「でも、セインってひとは、こんなことになってわたしたちを恨んでいるみたいだったし……」
「恨む? ……ああ、あんときのか」
暖かい体温を帯びた彼の眼差しが、少しだけ厳しく、強くなる。
帰り際の、不可視の攻防。
ユティアには何が起こったのか理解できなかったが、友好的でなかったことだけは確かだ。初対面の自分たちが敵意を向けられるとすれば、エンディーンに関することだとしかユティアは考えられなかった。
(知り合いが死にかけて、その原因がリトルセだっていうなら……たしかにわたしたちみんな、あのひとに恨まれても仕方ない)
少なくとも、その理屈はわかる。そして、なんの理由もなく奴隷にされていたユティアは、怨恨なく人を陥れることができるのだと知っている。大義名分があればいいというものではないだろうが、止められない感情だったのかもしれない。
「カディ……」
珍しく硬い表情を浮かべるカディールが何を考えているのか、ユティアにもなんとなくわかった。エンディーンのことをどこかで会ったことがあるかもしれないと言っていたカディールが、その友人であるセインのあの態度を見てさらに警戒しないはずはないのだ。
(カディもいつも、笑っていてほしいな……)
ユティアに前だけ見ていろと言ってくれた。だからこそ、ユティアもカディールには辛い表情を浮かべていてほしくなかった。
「心配すんな。もうあいつに会うことはないんだし、何があっても俺が守ってやる」
ユティアの表情を別の意味に捉えたのか、カディールはいつものようにくしゃりとユティアの頭を撫ぜた。
「それにシオンはすぐにでもサルナードを出たいと言うだろうしな」
排魔という団体の存在。
カディールをも躊躇させたイデア。
……そして、白鷺ことアスティード王子の余計な問題。
少なくとも王都から離れる必要がある。サイロン家の保護は魅力的だったかもしれないが、それ以上に今は危険が多すぎた。
(わたしたちがいなくなったら……)
リトルセは以前と変わらない生活を手に入れることができるのだろうか。
「……それで、全部、元に戻るのかな?」
今までのようにリトルセは笑って、エンディーンはそんな彼女を守っていく。
そんな生活に、戻れるのだろうか。
二人はユティアから見ても、とても幸せそうに見えたのに。
「元に? そんなものはないだろ」
率直に、彼は答える。その言辞に迷いは欠片も見られなかった。
「ユティア。元に戻るもんなんか何もないんだ。前に進むか、その場に止まるか、それしか残ってねーんだ」
「……そっか」
ユティアもそれを知っているはずだった。
どんなに祈っても努力しても足掻いても、時は刻み続けて、その間に様々なものが勝手に変化していくのだ。
もう、元には何も戻らない。
彼らもまた、留まれないのなら進むしかない。
(でも、どこに……?)
そのとき、隣のカディールの緊張が伝わってきて顔を上げると、彼はすっと立ち上がるところだった。
あからさまな警戒心はなかったが、少しして中庭のほうに誰かが近づいてくる気配にユティアも気づいた。
回廊に姿を見せたのは、顔見知りの使用人だった。名前は知らない。数ヶ月前まで使用人以下の生活だったユティアは、こうしてかしずかれることにまだ抵抗がある。それをわかっているカディールが彼に応じた。
「ユティア様、カディール様。お嬢様がご帰宅されました」
はっとユティアも腰を上げた。
今はシオンが見舞いに行っていたが、共に帰宅したのだろう。ユティアも毎日のように神殿を訪れているが、無理をして気丈に振舞う彼女に上手く声をかけられず、ありきたりな返事しかできなかった。
(どうしたら、いいのかな)
ユティアも、カディールのように誰かを支えてあげたい。
大人びて見えても、リトルセはまだ十二歳の子供なのだから。




