六
路地を出て明るいところで確かめたが、擦り傷以外怪我はなかった。グレシャ教会に寄り、引き留めようとする神官たちを断り、応急処置だけしてもらった。ここにいたらあれこれと尋ねられるだろう。それはディーミディのためにならない。そっとしといてやりたい。
それから三人で宿に戻った。主人は驚いていたが、湯を使わせてくれた。ちゃんとした傷の治療と身ぎれいにするのはアウローラにまかせた。
「なにがあったの?」
ディーミディは驚くほど水を飲むと寝た。アウローラは話をするため、おれの部屋に来た。二人きりになるが、色々と構ったり行儀よくしてたりする場合じゃない。
「……そんなとこだ。だから事情をあれこれ聞くのはやめよう」
「わかった。つらい記憶なんだね。思い出すと正気を失うほどの」
「うん。大きな火がきっかけなんだ」
翌日、ディーミディは遅くまで寝た。起きてきたのは昼過ぎだった。
「大丈夫か」
「心配かけた。済まない」 おれとアウローラそれぞれに頭を下げた。
「いまは体を休めてくれ。事情は聞かない。話す必要もない」
ディーミディはほんの少し驚き、そして和らいだ表情になった。
「ありがとう。もう体はいい」
「心は? 休養を取るのは体だけじゃない」 アウローラが濃いスープを置いた。
「そっちは動き回ってるほうがいい。気が紛れる」
スープを二さじすくってから、荷からセミーピンギアを取り出してきてかじった。
ディーミディが食べ終わると、みんなでお茶にした。窓から夏の日が差し込んでくるが、さほど暑くなく、風もあるので快適だった。
「これからどうする?」 ディーミディがおいしそうに茶をすすった。
「おれはデウセルフ教会の片付けの手伝いに行く」
「そんな近い〝これから〟じゃない」
「なら、旅を続ける。おれはまだ神様決めてない。今度は首都の東側だ。セミーピンギアが成ってるとこも見たい」
二人とも笑ってくれなかった。
「ルシエスが旅を続けるんなら、自動的にあたしらも旅か」
そう言えばそうだ。この二人はおれの旅にくっつくのを選んだ。でも、それでいいのか。特にアウローラは時間を無駄にしてないだろうか。せっかく首都に来たんだし、ここか、第四域、あるいは可能なら第三域の教会で修行すべきじゃないか。
そう言うと、アウローラは首を振り、強めに反論した。
「いいえ、わたしに与えられた修行の任務はルシエスを再度グレシャ教徒にすることです。それに、わたしの所属はドゥミナウス領の教会です。あと、ここに来た目的――カプティンペリアーレについて質問すること――は果たしました」
「満足な答えだった?」 おれはわざと意地悪っぽく聞いた。
「ルシエス、ふざけないで。ちゃんと聞くことは聞きました」
ディーミディは面白そうに聞いている。おれはその様子を見て安心した。余裕があるのはいい。
「ルシエスこそ、全知全能の矛盾、納得できた?」 アウローラが反撃してきた。
「いや。結局ごまかされた気がする。神が論理に縛られるのかどうか、縛られるとしたら、そもそも全知全能なのに外世界を必要とする理由がわからない」
「神様の心を推し量る気?」
「うん。預言たる教義があるからって、考えるのはやめないよ。おれは」
茶を飲み干し、それを機にみんなで出かけた。デウセルフ教会のあたりは手伝いの人だらけだったが、教会のエルフと、それぞれの教団の年長者が中心になって現場を効率よくまわしており、片付けはもうほとんど終わっていた。
「出遅れたな」 掃除を手伝う。消火に使った砂はボーニタス教会の信者が取り除いていたが、煤を拭き取るのは大変だった。それと、焼け焦げた部分は後で修繕の評価をするからとのことで、目立つように印をつけていった。
日が暮れるころ、片付けは終わり、デウセルフ教会の神官長が皆に感謝の辞を述べた。おれは、この時の、教会前広場に集まった人々の一体感を心に刻み込んだ。




