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親たる者たち

 また何日か経った。

 グリルボウルでの俺たちの生活が、ある程度ルーティンに乗り始める。


 俺の場合……朝早く起き、工藤が作った朝食を食べ、職場へ向かう。昼過ぎまでそこで過ごし、エンマギアで買い物をしつつ夕方に帰宅。夜までまったりと家族団欒。夜は矢羽たちのために力を振り絞る。

 まあ、普通の生活だ。職場が少し遠いため、歳を取ったらエンマギアに移るかもしれないな。グリルボウルの発展次第では、こちらに支店を出すのも悪くない。


 矢羽の場合……俺より少し遅く起き、工藤と共に朝食。家の近くに用意した魔道具製造会社の本社に向かい、社員たちと共に事務や会議。昼食は家に戻って工藤と共に食べ、再び仕事へ。夕方に帰宅し、俺としっぽり。

 矢羽の会社は、まだまだベンチャーの域にいる。社長自ら営業に出向くこともあるため、たまに夜まで不在になる。


 願者丸の場合……俺より早く起き、俺と共に過ごし、俺の身の回りの世話をする。俺の仕事中はエンマギアの騎士団で活動しているらしいが、詳しくは知らない。夕方頃に俺と共に帰宅して、俺と共に入浴し、俺より遅く寝る。

 誰よりもよく動いているのに、誰よりも睡眠時間が短い。よく体力が保つものだ。


 工藤の場合……日の出とともに起き、皆の分まで朝食を作り、昼まで掃除と洗濯。午後は騎士団たちから送られてくる文書に目を通し、返信。夕食を作り、また掃除をして、読書をしながら就寝。

 俺の子供たちの相手をしているのは、主に彼女だ。まったく、頭が上がらない。


 ——さて。ここまでは、生活リズムが安定している者たちの日常だ。

 残る2名……水空と猫魔は、ずいぶんと自堕落な生活を送っているようだ。


 猫魔は殆ど家にいない。何処で何をしているのか、さっぱりわからない。ある時話を聞いたら、港町であるハモンドまで遠出していた。書き置きも無しに一人旅行に出かけられると、心配になる。


 水空は論外だ。昼に寝て夜に起きている。たまに北の森で狩りをしてくることもあるが、不定期であり、組合に所属しているわけではない。毎晩俺を求めにくること以外は、まるで不規則な生活をしている。不健康だ。


 そういうわけで。

 俺は水空の部屋に飛び込む。


「おい、無職。魔法学校の求職案内を持ってきたぞ」


 山葵山から貰ったチラシを手に突入すると、水空があられもない姿で出迎える。


「りっくぅーん。今日は休み? ウチも休みー」


 ベットの上で、ふやけた指先を舐めている。朝っぱらから何をしているんだ、こいつは。


 俺はベッドごと持ち上げて、ひっくり返す。


「起きろ。朝だぞ」

「うぎゃ」


 水空は床に落ちる前に身を翻し、ベッドの裏に着地する。

 それだけの運動センスがありながら、何故活かそうとしないのか。どうにも歯がゆい気分だ。


 俺はチラシをぴらぴらと揺らして目立たせつつ、水空に提案する。


「水空。山葵山が困っている。助けてやってくれ」

「魔法学校の草むしりなら、たまにやってるよ」


 ……そうだったのか。それでは、あまり強く責められない。仕事ではないにしても、世間の役に立っているのは確かだ。


 いや、待て。それでも言いたいことはある。


「お前なら魔法学校の教師にだってなれるだろうに」

「危ない訓練で子供が傷付いたら、ウチの責任にされるんでしょー? んなもん無理無理。ボランティアは気楽だからできるんよ」


 そう言って、水空は内腿を掻く。


「教育ってことなら……代わりにさあ、双子ちゃんの面倒見るから、許してほしいな。お願い」

「なら着替えろ。そんな姿を子供に見せるな」

「へいへい」


 水空は下着を履き替え、数少ないまともな衣服を身につけてから、俺の頬にキスをする。


「へへっ。あ、そうだ。いいんちょと喧嘩しないように、教育方針聞いてくる。確か、日本のこと教えてるんだっけ?」


 そういう配慮はできるんだな。

 やはり水空は無能ではない。心身ともに健康で、いつだって働きに出られる。

 だというのに、利益を求めようとしない。趣味に生きているわけでもない。


「ううん……。なんだかなあ」


 俺とは違う生き方を選んだ、ということはわかる。世の中と縁を切りたい訳でもなさそうだ。

 だが、どうにも理解しきれない。水空の望みは何なのだろう。何を生きがいとして、これからの人生を過ごすつもりなのだろう。


 ベッドメイクをしながら、俺は考える。

 俺は彼女の人生に責任を持つ必要がある。伴侶以下の待遇で娶ってしまったからだ。矢羽以上の愛情は注げないが、だからこそ気を使わなくてはならない。

 彼女が老いて死す時、悔いが残るようでは困る。俺についてきて良かったと思えるだけの幸福を与えなければ。


「水空……」


 俺は水空を信じて、とりあえず部屋を片付けることにする。


 〜〜〜〜〜


 一週間後の休日。


 俺は工藤に、水空の様子を尋ねる。


「水空はよくやってるか?」

「文句なしです」


 編み物をしながら、工藤は嬉しそうに水空の功績を語る。


「私とは違うやり方が刺激になっているようで、2人の飲み込みが早くなっています。社交性も増しているようです。人や世界に、もっと興味が出てきた、という感じでしょうか」

「……全然気が付かなかった。親として恥ずかしい」


 俺は正座で反省したい気持ちになる。


 双子は毎食を俺たちと共にしている。特に夕食は、俺たちと同じ食卓で、同じものを食べている。当然世間話もするのだが……俺は2人の変化に気づけなかった。


 工藤は慰めるような口調で、手芸をやめて俺の手を握る。


「積田くんは、親としてできる限りことをしていますよ。休みの日はキャッチボールをしていますし、稀に矢羽さんたちがいない夜は、読み聞かせをしているではありませんか」

「だが仕事がある以上、どうしても過ごす時間は短くなる。少ないチャンスで、子供の変化を敏感に察知しないといけないのに……」


 工藤は困ったように苦笑する。


「私だって、水空さんの子育てを信頼できたのは、つい先日ですよ。それまでは気が気じゃなくて……」


 まあ、まだ一週間だからな。これから先、思いがけないトラブルがあるかもしれない。


 ……そうか。俺は焦りすぎていたのか。まだ先は長いのだから、いくらでも挽回すればいい。


 俺は工藤の手を握り返し、感謝する。


「ありがとう、工藤。おかげで気が楽になった」

「どういたしまして」


 工藤は理知的かつ穏やかな笑みを向ける。

 どことなく、母性が滲み出ている。子供たちの世話が、彼女にも良い影響を与えているのだろう。


 俺は父親らしく、大黒柱として構えていればいい。

 それ以外の役割は、俺の周りに任されられる。幸いにも、大勢の人が支えてくれているのだから。


 〜〜〜〜〜


 休日を利用して、俺は水空と共に双子と遊ぶ。


「人形劇をしよう」


 水空は手作りの指人形と、馬場が残したボードゲームの盤面を取り出す。

 なるほど。凝った背景のあるボードゲームは、こういう場面でも使えるのか。目から鱗だ。


 俺たちはお姫様や騎士になりきり、思うがままに物語を展開する。


「うおーっ! 谷の魔王は俺の獲物だーっ!」


 水空はドラゴン人形を手に、優しく吠えている。

 勇者役の高嶺に倒され、頼もしい家来になった、力持ちのドラゴンである。


 水空の唸り声に応じて、天見は姫の人形を動かす。


「ドラゴンさん。あんまり前に出過ぎないでね」


 美しいお姫様。一番人気の役だが、天見がやることが多い。高嶺が気まぐれで勇者になりたがるためだろう。


 俺は倒されるべき魔王として、悪そうな声を出す。


「ぐわははは! もっと怖がれ! 俺は恐ろしい悪魔の王だぞ!」


 俺の手元には、悪魔たちの人形が転がっている。ここまでの冒険で倒されてきた、俺の役たちだ。


 物語はいよいよ佳境だ。勇者と姫とドラゴンに、俺の魔王が倒されて、めでたしめでたし……。


「みなさーん。ご飯ですよー」


 キリの悪いところで、工藤の声が響く。

 ついで、部屋の前を横切る音。


「にゃ。ライフサイクルを回すにゃ」


 猫魔である。食い意地が張っており、この時間には必ず顔を出す。


 双子たちはガッカリしつつも、自ら人形を片付け始める。


「もー。いいとこだったのに」

「ふふふ。ざんねんなのだよ」


 普通はもっと劇の世界に浸りたがるものだが、ずいぶんと物分かりがいい。工藤の教育の賜物か。

 そう思っていると、水空はボードゲームを片付けながら、明るく喋り始める。


「晩ご飯、なんだろうね?」

「ハンバーグがいいなあ」

「ふふっ。きっとおむらいすさんなのだよ」


 楽しみを取り上げてしまったなら、他の楽しみを与えて、気分を落ち込ませない。水空の育児テクニックだろう。

 率先して片付けを始めることで、双子がサボらないように先導もしている。工藤が信頼するのも当たり前だ。親として、よくやっている。


「やっぱり、教師に向いてるんじゃないか?」


 俺が囁くと、水空は照れくさそうに目を逸らす。


「今はまだ、かな。それに……」


 水空の視線が、自身の腹部に向かい……俺の顔に戻ってくる。


「ま、そのうちね。まだ予感だし」


 いつになく嬉しそうな、満面の笑み。

 その輝きを正面から受けて、俺は理解する。


 水空もまた、母親になったのだ。

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