2節 私の偽物
“生人形です!!”
シャドウがそう叫ぶよりも早くに世槞は紅蓮剣フィアンマを握り、路地から離れる。――戦闘体勢をとる為だ。
「いつの間にっ……私の人形を?! それに、シャドウ・コンダクターの能力もそのままコピー出来るっていうのかよ……」
漆黒の禍々しい剣を握る世槞を見て、人々からは更なる悲鳴があがる。
「きゃあぁあ――!! おごっ……おお」
悲鳴を上げていたうちの何人かが、奇妙な声を出した後に倒れる。見ると、口から闇炎を吐き出し、丸焦げになっている。どうやら体内から焼き尽くされたようだ。
「ちょっと……なんてことするんだ、お前!!」
世槞は大通りに姿を現した自分に対し、怒鳴る。
「なんてことって……ナニ?」
もう1人の世槞は悪戯っぽい微笑みを浮かべたまま、無邪気に言いのける。
「ああ、安心してくれよ。こいつらは殺しても大丈夫なんですって。なんでも、代わりがいるとかなんとか――」
男言葉と女言葉が入り混じった世槞独特の奇妙な話し方までが同じだ。世槞は激しい目眩を感じながらも、この事象を好転させるべく頭を捻る。
“世槞様、落ち着いて下さい。相手は所詮は生人形。対処法は――”
(わかってる。お前は人形だ――って宣告してやれば、勝手に自爆する。けど、それだと周囲に被害が……)
バール村の生人形が自爆した時は、半径5メートル以内にいる全ての生人形を巻き込んでいた。今、酒場の前で自爆でもされたりすれば――。
「待って。お前の目的は何? 私を殺すこと?」
世槞はとりあえず、時間稼ぎの為に生人形に話しかけた。
「ああ。だって、私の偽物は要らないだろ? だから殺して来いって、あの人が言うからさぁ」
「私を偽物呼ばわりかよ……。あの人って?」
「えーと……女よ。あ、違うかも」
生人形の返事を聞き、世槞は眉をひそめた。
(バール村の死人形たちと同じ反応か……)
あの人、とはおそらく生人形師のことだろう。しかしこれ以上の追求は生人形に設定された情報保護装置に抵触してしまう危険性がある。
「ま、別にどうだっていいだろ。どうせお前は私に殺されるんだから。自分を殺すのは気が引けるけど……偽物がいると、なにかと不便だしね」
生人形は両手の指先に闇炎を灯し、世槞に狙いを定めた。
「――誰が偽物ですって?」
騒ぎを聞きつけ、人垣を掻き分けて十架が顔を出す。手の平から伸びる数本の金色の糸が人垣を形成する町人に付着しており、これ以上騒がないように操っている。
「あっ、十架! 丁度良いところに! そこの女さぁ、私の偽物だから殺すの手伝ってくれない?」
生人形はまさしく世槞らしい言動でそう助けを求めた。
「だっ、騙されるな! あっちの方が偽物だから!」
生人形に先手を打たれ、世槞も遅ればせながら身の潔白を主張する。
十架は2人の世槞を見比べ、「なるほど」と事態を察知した。『人形』という単語を使えばどちらが偽物かなどすぐに判明するが、今、酒場の前で自爆などされたら厄介だと十架も考える。
(クソ……一体、いつの間に私の人形を作ったっていうんだ。そんな隙、与えたつもりは)
人形と本物の自分との違いを証明しようにも、その手段が見つからない。人形は、モデルとなった人間の記憶や思考、性格に至る全てに寸分の違いも無く忠実に再現される。加えてシャドウ・コンダクターの能力までもが再現されてしまったならば、自分との違いなど有るわけがない。
「十架、頼むから私を信じて。軍議を途中で抜け出してしまったことは謝るわ。偽物を始末したら、ちゃんと戻るから……」
生人形は、世槞が直前までとっていた行動も記憶の中にあるようだ。つまり、生人形が製作されたのは数分以内ということになる。
(生人形師は私たちのチームを邪魔だと感じ、着実に始末しようと考えている。よって、一番弱そうなやつから殺しにかかった……そういうことか。舐められたもんだわね)
殺そうにも、自分と全く同じ力、能力の相手では、相打ちになってしまう。そこで世槞は生人形を人気の無いところへ誘い、自爆させることを思いつく。しかし、そう上手く誘導出来るだろうか。
「お前さ……」
「わかりましたよ、どちらが偽物なのか」
世槞の声を遮るように十架は言う。世槞はギョッとし、誤った判断を下されたらどうしようと構える。
十架の手の動きに合わせ、町人たちが動く。町人たちは己の意志とは関係なく動く右手に驚き戸惑う。その人差し指が集中して向けられた先――そこには、世槞の生人形の顔があった。
「え……? 十架、それ本気で言ってんの?」
生人形は十架の判断が誤っていると必死に訴えるが、判断の訂正はされることはなかった。
「さぁ、本物の世槞。偽物の世槞を処分してきて下さい」
十架は顎をしゃくり、離れた場所での自爆を提案する。
「……いいの? あっちが、本物の私かもしれない……」
信じてもらえたにも関わらず、世槞は素直に喜べない。当てずっぽうで決めた答えが、たまたま正解であった気がしてならないのだ。
「それは100パーセント有り得ませんので、ご心配無く」
不自然なほどの自信。しかしそれが心強く、嬉しくもあり、世槞は小さく「ありがとう」と言って生人形を路地裏へ誘った。
「あの男の見る目はなかなかだわね。でも、見抜くのに時間掛けすぎ! もし紫遠だったら、一瞬で見抜いたでしょうに――」
世槞は漆黒の剣を生人形の喉元に突きつけ、「黙って」と強く声を絞る。
「紫遠は私の弟よ。お前みたいな、人形の弟じゃない!」
人形であることの宣告。生人形は何かに気がついたように目を見開き――……自爆した。
路地を形成していた壁が崩れ落ちる。軽い地震がマルケイス町を走り抜けるが、気にされるほどのレベルではない。――人命に影響は無し。
酒場の前へ戻った世槞を迎えたのは十架1人だけだ。騒ぎを見ていた町人たちは、何事もなかったかのように立ち去っている。組織が調合した操作薬を十架が町人たちに服用させたお陰だと思われる。世槞の生人形が殺した町人の死体も、綺麗に処分されている。
世槞は十架の顔を見て、苦笑した。
「自分の人形が作られるって、変な気分」
「そうですか」
「よく見抜けたわね。私が本物だって」
「人形は、作った本人にしかそれが人形だとはわからない。見抜く為には、モデルとなった人間のことをよく知っていなければならない」
「うん……でも、十架は私のこと熟知するほど長い間一緒にいたわけじゃ……」
十架はにっこりと微笑む。
「確かに世槞との付き合いはほんの数日。でも、貴女のことはよくわかっています」
そう言われると、なんだかくすぐったい。世槞は頭を掻き、「そうだ」と思い出して手に握っていたものを十架に見せる。
「これ、世槞の髪の毛ですね」
世槞の手の平には、赤い髪が1本、乗せられていた。
「生人形が自爆した場所に残されていた。これで私の生人形を作ったんだろうな」
世槞は髪の毛を闇炎で燃やし、「これからは髪が抜けることにですら気を払わないと」と呆れたように言った。
「いくら人形師でも、シャドウ・コンダクターを再現することは不可能です」
宿への帰り道に十架が教えてくれる。
「でも、あいつは闇炎を……」
「仮に属性の能力を行使出来たとしても、本来の能力の1割も出せない。そして、シャドウを召喚することなど論外」
どうやら世槞は、実力で生人形に勝つことが可能だったようだ。
「それは俺も試してみたから知ってるんです」
「死人形師には不可能なだけで、他の人形師になら……」
「それならば、今頃この世界ではシャドウ・コンダクターが増産されており、影人の王国であるミューデンは陥落しています」
「そ、そうか」
「数少ないシャドウ・コンダクターはとても貴重な存在なのです。そう易々と量産されるほど安っぽいものではない」
「うん……」
「だから、あまり危険な真似はしないで下さい。弟さんがあんなに心配される理由、わかりますから」
「え。あ、いや……私たちは早くに両親を亡くしたから、兄弟間の絆が強いだけで……」
「…………」
「十架?」
十架は立ち止まり、己の両手を見つめている。
「俺には、それがただの絆のようには思えません」
疑問符を浮かべる世槞を見て十架は苦笑し、「なんでもありません」と言って再び歩みを始めた。




