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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第三章 受け継がれるモノ
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 1節 マルケイスの町で

――カン、ガン。


「痛っ」

 無理やりに任務に付き合わせられて3日目。赤い髪を揺らしながら夜の町を散歩していた少女は、髪の毛を何かに引っ掛けた。立ち止まって後ろを振り返ってみる。髪が引っ掛かりそうな突起物や木の枝といったものは見当たらなく、少女は首を傾げながら霞んだ月を見上げ、意味の無い声を上げた。

「あー」

 今、出身である日本国月夜見市から遠く離れ、メキシコにあるマルケイス町に滞在している。どうしてこんなことになったのか、振り返ることすら馬鹿らしく、少女は酒場の前に置かれている樽の上に腰掛けた。

 今頃、宿では仲間たちが生人形師を誘き出す為の作戦でも練っていることだろう。急に面倒くさくなった少女は、作戦会議から抜け出し、ここまで逃げてきたのだ。

「あー」

 少女は再び、意味の無い声を上げた。

“世槞様、悪目立ちしますので、奇声をお止め下さい”

 少女の足元、及び影から声が発せられる。

「奇声だってぇ?」

 世槞と呼ばれた少女は、道行く人がこちらを見て何やらヒソヒソと話している姿を流し見る。

「第三者にはわからない悩みを抱えてんのよ、こっちは。奇声くらい許してよ」

 影が上下に揺れる。まるで溜め息を吐いた動作そのもので、世槞は少し膨れる。

「じゃあ奇声は止める。代わりに議論をしよう」

“それならば。議題は?”

 世槞はピッと人差し指を立てる。

「人形師の存在意義!」

 3種類の人形師がいるとはいえ、シャドウ・コンダクターであることに変わりはなく、本来の目的は同じはず。――世界を崩壊の危機から救う。

 その為に与えられし能力だが、どう使うかは本人の意思に委ねられる。

 死人形師は己の為に使い、空人形師は世界の為に使い、生人形師は――。

 そこで世槞は、はた、と考えを停止せざるを得なくなった。

「生人形師は、どうして……人間が嫌いなんだ……?」

 それも何代にも渡り、嫌っているように思えてならない。

「人間に何かされた? それで人形しか信じられなくなったとか。としても、歴代の生人形師全てが同様の経験をしているとも考えにくい」

“いますよ”

「何が?」

“歴代の生人形師、全てに深く関わっている存在が”

 世槞は自分の足元をぼんやりと見つめ、「そうか」と気がつく。

「シャドウか……生人形師の!」

“はい。シャドウは永久に滅びることなく、同じ属性の主人に仕え続ける。故に原因がシャドウにある可能性もあります。……本人に確かめなくては”

「その本人を探してる途中だってば。十架は、近くで私たちを監視してるとか言うけど……」

 世槞はマルケイス町の町並みを眺める。ここは住宅地からは離れており、酒場が多い。だから夜はとても賑わう。酒の臭いが充満し、それだけで酔った気分になる。至る所で酔っ払いが寝転んでおり、治安が良いとは言い難い。

「おーい、姉ちゃん。こんなところに1人で何してるんだ? 暇なら俺たちと一緒に飲もうぜ」

 少女が1人でいれば、それこそ男たちから見れば恰好の獲物だ。世槞は数人の男に取り囲まれることとなる。

「ん? 東洋人か。それにまだ幼い。でも色っぺぇなぁ」

「よく見りゃ髪が真っ赤だ。こんな色に染めるのが好みなのか?」

 口々に発せられる言葉は、世槞にとっては単なる雑音だ。

「おい、無視すんなよ」

「待て待て。言葉がわからないだけだろ」

 男は酒臭い手足を動かし、ジェスチャーで世槞に語りかける。その動きがあまりに醜く、見るに耐えなかった。

「……お前らの汚い言葉はわかる。言語自動切替装置を組織から支給されてるからな」

 急にペラペラと自分たちの国の言葉を喋り始めた世槞を見て、加えてその内容が理解し難く、男たちはポカンとなる。

「私から離れた方がいいよ。もし弟が近くまで来ていたら、お前ら全員の命が危ない」

 しばらくポカンとしていた男たちは、一斉に笑い始める。

「それで俺らを脅しているつもりか? もちっとマシな嘘吐こうぜ」

「本当だってば。私はお前らのことを心配してやってるんだ。現に――」

 多少ムキになって話し始めた世槞。しかし、男たちの驚いた顔の先を振り返った時、心臓が一際大きく跳ねた。

 酒場と酒場の間に伸びる細い路地の奥の暗がりから、僅かに月明かりに照らされた赤い髪が覗く。

「えっ? まさか、本当に紫遠っ……?!」

 世槞は樽の上から飛び降り、まず何から謝罪しようか必死に考える。

 赤い髪がゆったりとした足取りで、しかし着実にこちらに近づく。

「ごっ、ごめ――」

 そう叫びかけた時だ。暗がりから放たれた紫色のナニカが男たちを一瞬にして飲み込んだ。

「ぎゃあっ」

 男たちを飲み込んだナニカ。それは、紫色の炎だった。

(え……)

 炎の中で暴れ回る男たちが次第に大人しくなり、骨も残さずにこの世から消失する。ただ燃やすだけではなく、含まれた強い酸が骨まで溶かす――それは間違いなく、世槞が司る闇炎の効力だ。

 突如として焼死した男たち。一部始終を目撃していた人々から悲鳴があがり、騒ぎを聞きつけた酒場の客や店員たちが外へ踊り出る。

 世槞は路地の奥を見る。姿を現した<赤い髪の少女>は、双子の弟ではなかった。

「私……?」

 両手に灯された紫色の炎。悪戯っぽい微笑みも、弟曰わく世槞がいつも見せる表情。髪型や服装までが同じで、現在の世槞をそのままコピーしたような人間だ。

「これ……は」

 世槞がもう1人。――この表現は、他人も自分自身でさえもよく使う。理由は、事実だからだ。しかし、今、目の前にいるもう1人の世槞は事実なのだろうか。

“生人形です!!”

 シャドウがそう叫ぶよりも早くに世槞は紅蓮剣フィアンマを握り、路地から離れる。――戦闘体勢をとる為だ。

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