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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第二章 生人形師を求めて
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 6節 世槞の弟

 戻ってきた伊佐薙マオは、宿が取れたことを報告する。

「この10キロメートル先のマルケイスって町なんだが、宿は一応貸し切りにしておいた。こういう時に便利だよなー、組織の金」

 どうやらマオは、宿の主に大金を握らせ、すでに宿泊中の客を追い出してもらうという暴挙に出たようだ。

「組織のやり方って、ホントに強引で汚いな……」

 いとも容易く行われる操作行為は組織の常套手段だが、世槞はその度に首を傾げている。

「まぁ、仕方ないのは百も承知だけど」

「まぁまぁ。世槞ちゃんも組織に属したら、そういう普通の感覚は麻痺しちゃうから大丈夫だって!」

「良くねぇわよ。あと、絶対に属さないから」

 宿を手配したことに対し、ウェルンは空人形軍の隊長である赤鬼になにやら指示を出している。

「空人形軍には町の外で駐屯してもらうわ。なにしろこの風体ですから……町に入って騒がれでもしたら面倒ですし。シャドウみたいに自由に出し入れ出来たら良かったのですけど」

 指示通り、空人形軍は監視の任も含めてマルケイス町からしばらく離れた場所にて駐屯をすることとなった。

「さて、任務内容に若干の変更があったわけだから、一応アダッジョのおっちゃんに報告入れとくか……」

 マオは胸ポケットに入っている通信機を取り出す。画面をスライドさせ、通信開始ボタンを押そうとしたまさにその時、マオの手の中のそれは震えた。

「わっ! ビビった……なんだよ……こいつか」

 どうやらマオに対し、通信があったらしい。通信機を耳にあて、気怠そうに話し始める。

「よぉ、朧ん。え? 映像通信に? おっけー、今、切り替える」

 マオは通信機を操作し、眼前の空間に大きな映像を映し出す。そこに映る通信相手を見た世槞が「おっ」と声を出す。知っている人物らしい。

『ヤッホー! 皆、元気ぃ?』

 映像の中で大きく手を振っているのは、灰色の髪を三つ編みにし、後ろに流している青年だ。ニヤニヤとした気の抜けるような表情は、マオとはまた違った緩さがある。

『って、マオマオとせっちゃん以外はボクのこと知らないよねぇー』

 十架はマオと世槞を見る。2人はこの男性から奇妙なあだ名で呼ばれていた。マオも男性に対し、奇妙なあだ名で呼び返しているようだ。

『ボクの名前は可ノ瀬朧かのせおぼろ。言霊を司るシャドウ・コンダクターでぇ、組織に属してまぁっすぅ。よろしくねん』

 男性が組織に属していることは、着用している軍服から推理出来る。

『任務の邪魔してごめんねぇ。でもさぁ、マオマオが勝手なことしちゃうから怒っちゃった子がいてぇ……』

 可ノ瀬という男性の困ったような、でもどこか楽しげな表情。

「なんだよ、朧ん。ハッキリ言ってくれよ」

『はいハーイ。慌てない、慌てナーイ』

 妙に勿体ぶりながら、可ノ瀬は映像外にいる少年を呼んだ。

『しおたーん! 繋がったよぉぉ』

 可ノ瀬は誰にでも奇妙なあだ名を付けている。

 しおたんと呼ばれた少年が映像内に姿を現した時、十架は驚愕した。いや、もっと驚愕していたのは――。

「しっ……しし、しししし紫遠!!??」

 世槞の声は裏返り、必要以上に慌てふためいている。

 十架は、世槞と映像の中の少年を見比べる。

(世槞が2人……?)

 世槞と同じ赤い髪に同じ顔。世槞の性別を男にすると、ああいう感じになるのだろうといった外見である。

 少年は可ノ瀬を押しのけて前に出るなり、静かに口を開く。その視線は、マオやウェルン、十架を通り越して真っ直ぐに赤髪の少女を見つめていた。

『……まず、僕に何か言うことがあるんじゃないのかな。姉さん』

 姉さん。その単語を聞き、十架は悟った。

(――双子)

 映像の中にいる少年は世槞と瓜二つだ。しかし、表情や佇まいが世槞とは間逆である。

「あっ……えと……そのっ……ご、ごめんなさ……」

 それまで積極的且つ破天荒な振る舞いを繰り返し、可愛らしい外見とは裏腹の言動を繰り返してきた少女は、赤髪の少年を前にして狼狽していた。その様がまるで悪戯を親に見つかった子供ようであり、世槞は俯きながら、ぼそりと謝罪する。

『謝る時は人の目を見る。――愁にそう教わらなかったかい?』

 静かに、冷静に。しかし威圧感と凍えるような冷たさがある少年の声。世槞は息を飲み、今度はしっかりと少年の目を見ながら謝った。

「ごめんなさい!」

 世槞からの謝罪を得た少年は、次の質問を投げかける。

『では何故、君は僕の隣りではなく、そこにいるのかな』

 十架は少年の言葉に眉をひそめる。

「え……えっと……」

 言葉に詰まる世槞を助けるようにマオが声を出す。

「世槞ちゃんには任務の手伝いをしてもらってんだよ! 学校の方は心配しないでくれ。無断欠席を帳消しにしてもらうように取り合うから――」

『任務?』

 少年の声がワントーン、低くなる。

『僕の姉さんをよくもそんな下らないことに巻き込んでくれたね、この女たらし』

「は?! ……ひっでぇ! てめぇ紫遠! 仮に俺のことは侮辱しても構わない。けど、この任務は委員会が最重要と認めた――」

『そんなの関係ないね。君らの任務内容は承知してるよ。それを踏まえて言わせてもらう。――姉さんを返せ』

 少年の瞳にはマオがいっぱいに写り込んでいる。なのに少年には世槞しか見えていない。

『頷かないなら、力ずくで奪い返しに行くよ』

「まっ……まままま待って!」

 マオの前に飛び出した世槞は、自分の弟を諫める。

「こ、これは私がっ、自分の意思で決めたことだからっ……」

 マオを庇っているつもりなのだろうか。

(いや違う)

 世槞の人質は未だ十架の手の中。今では弟の人質でもある。今回の任務も十架が人質を盾に無理やりに付き合わせたのだ。

(世槞は、このまま弟の言いなりになってしまうと親の骨がどうなるかわからない不安を抱いている)

 要は世槞は、自分と弟の親を守っているのだ。

「世界を救いたい! それが私たちの使命だし――」

 赤髪の少年は両腕を腰に当て、世槞の顔をジッと見つめている。世槞は固唾を飲み、弟からの視線を受け止める。

『また姉さんのいつもの幼稚な正義感か……』

 少年は何度も首を振り、厳しい言葉を浴びせる。

『前から言ってるけどね、実力に見合っていない正義感は身を滅ぼすよ』

 情け容赦が無い。しかし世槞は負けずに言い返す。

「だっ、だから頑張って強くなろうとしてる! 事実、羅洛緋だって私の成長を認めて――」

 映像の中の少年は、世槞の影を見下ろす。

『そうなのかい? 羅洛緋』

 十架も同じく世槞の影を見下ろした。

“事実です、紫遠様。……まぁ、あくまで……覚醒時に比べて、ですが”

 心なしかシャドウの歯切れも悪い。少年は、ほうれ見ろと言わんがばかりに片手を挙げた。

『もういい。今すぐに君を迎えに行くよ。どこにいるんだい』

「バーカ! 誰がてめぇなんかに教えるかぁっ! GPS情報も消去して、俺らの居場所が検索出来ないようにしてやらぁっ」

 マオは両手の人差し指で口を広げ、映像の中の少年を挑発する。対して少年は表情一つ動かすことなく、しれっと答えた。

『そうかい。では自力で探そう』

「へっ。やれるもんならやってみろ。ただし、てめぇが到着する頃には大切なお姉ちゃんが俺のモノになってるかもなぁ!」

 マオは世槞の肩を抱き寄せ、これ見よがしに映像の中の少年に見せつける。これも単なる挑発行為であるが――世槞に密着したマオの姿を見た少年は、ここで初めて感情を揺るがした。

『……伊佐薙マオ。どうやら君は……自滅願望があるようだね』

 そして通信は遮断された。向こうからの一方的なものだ。通信が遮断される前の、背後で可ノ瀬の慌てているような面白がっているような声が印象的だった。

「……マオ、お前、死んだな」

 顔を蒼白にした世槞が、ぼそりと言う。

「ああ……死んだかも」

 マオも同じく顔を青くしていた。

「マオ。あの少年は」

 十架はマオの青い顔を覗き込みながら尋ねる。

「見りゃあわかるだろ……世槞ちゃんの双子の弟だ」

「それはわかっている。彼は……その、強いのか?」

 その質問に対し、マオは無理やりに笑顔を作って答える。

「俺でも勝てねぇ」

 早くも挑発行為に猛省を示すマオだが時はすでに遅い。梨椎紫遠りしいしおんという名の世槞の弟は動き始めた。

「あいつは総帥も認めるほどの力を保有するが、十架と同じで世界均等などに興味のカケラも持っていない。ただ姉が絡んだ時だけ、本気を出す」

 その姉はというと、頭を抱えて己の影と緊急会議を開いている。

「どうしよう……紫遠が来る。絶対に怒られる。もう怒ってる……」

“潔く謝罪しましょう。それしかありません”

「許してくれるかな。だって私は、勝手に家を出たばかりか……両親の……」

 しばらく蚊帳の外にいたウェルンはクスクスと笑いながら、世槞の隣りに膝を曲げて屈む。

「この広い世界のどこにいるかわからない姉を探し出し、奪い返しに来るなんて……ロマンチックじゃないですか。女として、私もそういう台詞を一度は言われてみたいものだわ」

 ウェルンの脳天気な発言は、現在の雰囲気において異質だ。

「いや……弟ですから……」

「それでも、よ。ふふ、弟クンはセルの王子様ですね」

 さぁ、行くわよ――とウェルンは世槞の腕を掴んで立たせ、マルケイス町がある方向を目指す。幾分、顔色が良くなったマオも後に続くが、しきりに周囲を気にしているのは紫遠の脅し文句が効いているせいだろう。

“王子様、だッテ”

 じきに陽が落ちる。柚芭の人々は、家族は、いつも通りの生活を送り、いつも通りに停止しているだろうか。

「…………」

“十架サんは由緒ちゃンの王子様だヨね”

 この任務が完了すれば、柚芭に戻ることが出来る。某大な報酬を手土産に。

「…………」

 だけど。


――グチ、グチ。

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