つれない態度に、
あの日以来、俺はほとんど毎日音楽室に通った。おかげでクラスメイトと接する機会はさらに減り、俺はいまだにクラス内に仲の良い友達がいない。だけど、鈴歌先輩と一緒にいたら、そんなこと全く気にならなかった。
文化祭が近づき、学校中が忙しなくなってきた十月の半ば。
そんな中、俺は、例にもれず準備に追われるクラスをそっと抜け出して音楽室へ向かっていた。別に俺がいてもいなくても何も変わらないだろうし、たぶん俺が出てったことに誰も気づいていない。クラスの中で、俺は空気みたいなもんだ。
元々、友達を作るのは苦手な上に、クラスが変わって―正しくは鈴歌先輩と出会って―から、クラスメイトとほとんど喋れていない。それどころか、男子にあいさつされることすら少なくて、声をかけられるとそれだけで身構えてしまうほどだ。別にいじめられてるわけではなく、先に述べたとおり、ただ空気のように存在感がないだけだ。
じゃあ、なんで初対面の鈴歌先輩とあんなに仲良くできたのか。それは俺にも全くわからない。でも、先輩と話してるときは不思議と緊張しなかったし、身構えることもなかった。
何が違うんだろうな・・・。
そんなことを考えながら、俺は音楽室のドアを開ける。
「こんちはー」
「あ、淳君。こんにちはー」
やっぱり、いた。
俺のクラスが準備中ってことはもちろん先輩のクラスも準備中なんだけど、俺はなんとなく、先輩もここにきてるんじゃないかと思っていた。
先輩は俺の顔を見て、にやりと笑った。
「さぼりかな、淳君」
「いや、先輩に言われたくないです」
「あはは、そうだね」
さらりと笑って、先輩は水筒を呷る。どうやらちょうど休憩中だったらしく、ピアノの上に何枚か楽譜が乗っている。先輩はそれを一度まとめて、その中から一曲を選んで歌い始めた。
「そういえば、先輩のクラスって何やるんですか?」
二曲ぐらい聞いた後で、俺はふと先輩に尋ねた。何、とはもちろん文化祭の話だ。
「わたあめ・・・だったかな。淳君のとこは?」
「えーと、お好み焼きです。あ、俺は焼きませんよ」
先輩の目に悪戯っ子の光が宿ったのを見て、俺は慌てて付け加える。先輩は明らかにつまらなさそうな顔をしたので、俺の判断は正しかったらしい。
俺は、最近ずっと考えてることをここで言うかどうか考えているうちにタイミングを逃し、二人の間には微妙な空気が流れる。
会話が途切れると、いつもなら先輩が歌いだすか話し出すかするのだが、今日は何かを言いたそうに視線を泳がせた。俺が、先輩、と声をかけると、恐る恐るといった感じで話し出した。
「あのさ、淳君って、ピアノ弾けたりする?」
「へ?ピアノですか?」
思わぬ方向へ話題が飛び、思わず変な声が出た。
文化祭の流れが、どうしてピアノ?それとも、先輩の中ではもう文化祭の話は終わったのか?それは困る、俺はまだ先輩に聞きたいことがあったのに。
俺の混乱をどうとったのか、先輩はあわあわと説明を加える。
「別に、特に深い意味はないんだけど。なんとなく、淳君、音楽好きそうだから。ピアノやってたのかな、って思って」
俺は、少し迷った。
こんなに音楽が好きな先輩にこの話をするのは、いろんな意味で勇気がいる。ただでさえ恥ずかしい話であまり人に話したくないことである上に、音楽への愛が深い先輩に話したら、先輩は俺を軽蔑するんじゃないかという恐がある。
だけど、その話を暴露する以外にこの場を凌ぐ方法が見当たらない。俺は、腹を括ることにした。
「中学二年まで、習ってました。でも、下らない理由で辞めてしまったんです」
「下らない理由?」
「聞きたいですか?本当に下らないですよ」
「うん、聞きたい」
てっきりからかい口調でくるかと思ったのに、予想に反して先輩の声や表情は真剣そのものだった。その真摯な視線に、俺はなかなか目を逸らせないが、目を見ながらできる話じゃない。少し気まずい沈黙に耐えて、視線を先輩から外してから、俺は改めて口を開いた。
「一言で、簡単に言えば、反抗期の一環です」
「・・・ふっ、なにそれ」
笑いを含んだ先輩の声に、俺はひとまず安心して、ぽつぽつと語り始める。
「別に、ピアノや音楽は嫌いじゃなかったんですけど。親にすすめられてやり始めたからってだけで、女々しいだのなんだのって適当に理由つけて」
後悔はしてる、というのは言えなかった。先輩がこらえきれずに噴出したからだ。
「ぷっ、あは、あははは、もーだめ、なにそれ、かわいーっ!あはは」
「そんなに笑うことないじゃないですか!」
「だってさ、親にすすめられて始めたからって・・・そんな典型的な反抗期・・っ!」
あまりに長く笑い続けるので、悩んでた自分が馬鹿みたいになって、俺は面白くない。今ここで先輩にキスでもしたら、彼女は笑いを止めるのだろうか。なんて、考えるだけで実際に実行はしない(そんなことをしたらこの居心地に良い場所がなくなってしまう)けど、それくらい不機嫌になった。
「あー、おかしかった」
「思う存分笑えましたか」
「ちょっと、すねてるの?」
先輩はまたおかしそうに俺の顔をのぞく。さっきまで考えていたことも手伝って、俺は頬に熱が集まるのを必死に隠した。
「別に、すねてなんかないですよ」
「もー、ごめんね。お詫びに文化祭、後夜祭まで一緒に回るから、許して」
耳を疑った。
思わず先輩の顔を凝視すると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げていた。
「あ、私じゃだめ?それとも、ほかに誰か・・・」
「いや、一緒に回ってください!」
思わず、力の限り頼んでしまった。
そんなこんなで、俺と鈴歌先輩は文化祭を一緒に回り、後夜祭も二人で風通しのいいところに座っていた。
今、きっと傍から見たらまごうことなく恋人同士に見えるだろうし、俺も、たぶん先輩も、それならそれでも良いか、ぐらいに思っている。先輩とはお互いに、何か言葉にしたわけじゃないけど、何か特別な想いを抱いてるという確信がある。少なくとも、俺は、ある。
文化祭の人ごみの中、はぐれないようにと繋いでいた手のぬくもりを、俺はまだ覚えている。
「文化祭、終わっちゃうねー」
「そうですね・・・」
「大して楽しみにしてたり準備に参加してたわけでもないけど、それでも寂しいものがあるね」
「わかります。それに、先輩はこの文化祭が終わったら、本格的に受験準備ですもんね」
これからは音楽室を覗いても、先輩がいないことが増えるのか、と思うと寂しい。だけど、その言葉を口にするにはちょっと勇気が足りなかった。
「あ、あー・・・うん、そうだね」
先輩の受け答えは、なんとなく曖昧なものだった。そのことについて機構とする前に、先輩がもう一度自分から口を開いた。
「あ、ほら、花火始まったよ!」
後夜祭の最後の恒例、打ち上げ花火が始まったらしい。話と俺の気を逸らすためか、先輩は俺の手をとって立ち上がらせた。俺は高鳴る鼓動を抑えながら、それに従って立ち上がる。
ここはどうやら穴場らしく、花火が大きく丸く見えた。
「綺麗・・・」
「そうですね・・・」
花火の光が、俺たちの―俺と先輩の顔を照らし出して、俺はその先輩の顔に、思わず見とれた。
俺の視線に気づいたのか、先輩がこちらに顔を向ける。
無言で見つめ合う俺たちを、また花火が照らし出した。
・・・これは、OKってことなのか?
恐る恐る、俺は先輩に顔を近づける。
あと二十センチ、あと十五センチ、あと・・・
「っ、あ!ねぇ、フィナーレ始まったよ!」
「え、あ、あぁ、そうですね」
拒まれた、のだろうか。
その割に手は繋がれたままだし、近づいた距離もそのままだ。
先輩の意図は読めなかったが、黄色の光に照らされてるはずなのに、先輩の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
二話目と一話目でかなり量に差があるのは、一話目がプロローグ的な位置づけだからです。
淳君のへたれがフル稼働しています。




