澄んだ声に、
昼休みは、俺にとって苦痛の時間だ。そこまで仲がいいクラスメイトがいるわけではないし、他クラスの友人はそれぞれのクラスでバカ騒ぎ。
居場所を失った俺は、校内をぶらぶらと歩き回っていた。
そんなとき。
「――、」
「ん?」
廊下の向こうから、声が聞こえた気がした。喧噪のなかに訪れた一瞬の静寂。それがなければきっと聞きとれなかったぐらいの小さな声。
俺はその声につられるように、校舎の奥へ足を進めた。
着いたのは、音楽室だった。
「うた・・・」
扉を開けることすらためらってしまう程に真剣な、きれいな、真っ直ぐな歌声。
ドアのぶに手をかけたまま、俺はその場に立ち尽くしてしまう。
「つなーいでーゆくーんだー」
曲が終わった。俺も知っている、有名なバンドの曲だ。
俺は戸惑いながらも、遠慮がちにのぶをひねてドアを開ける。
「きぃ・・・」
うぉ!?
思った以上に音を立てた扉に、俺はぎくりと身をこわばらせた。
それは中にいた人物も同じのようで、切羽詰まった声がした。
「だ、だれ!?」
「あ、わ、悪い、驚かすつもりはなかったんだけど・・・」
言ってから上履きを確認し、俺は再び謝る。
「って、三年生・・・!すいませんっ」
勢いよく頭を下げた俺に、先輩の声が降ってくる。歌ってる時とかわらない、高く澄んだ声だった。
「や、やだ、そんな、気にしてないよ。確かに聞かれてたのには驚いたけど・・・」
「すいません・・・」
おずおずと頭を上げると、焦った先輩の顔。ってか、俺さっきから謝ってばかりだな・・・。
「だから謝んないでよー。えーと・・・」
「あ、小森淳です」
困ったように笑った顔が、ちょっと迷ったようになる。なんとなく何を思っているかを察し、俺は名前を告げた。
「淳君、ね。私は高見鈴歌。鈴に歌で、りんか。ここで会ったのも何かの縁だし、宜しくね」
鈴に、歌。先輩にぴったりの、綺麗な名前だな、なんて勝手に思う。
高見先輩はにこにこと笑って手を差し出してきたので、俺は戸惑いながらも握手を交わした。
先輩はとても気さくで、話しやすい人だった。
「淳君はどうしてここに?」
「大した理由はないいんですけど、教室に居づらくて。特に行くところもないし、ぶらぶらしてたら歌声が聞こえてきたんで、来てみました。先輩こそ、いつもここで歌ってるんですか?」
「んー、そうだね、最近は毎日来てる。ちょっと前に模試が終わったし、ここが一番落ち着くから」
そう言って音楽室を見渡す先輩の表情は穏やかだ。思わず見とれてしまいそうになる。
俺はあわてて言葉を探した。
「先輩、本当に歌うまいですね。どっかで歌ったりしないんですか?」
「いやー、バンド組んでるわけじゃないし、ピアノ弾ける知り合いもいないからさ。今のところ学内でそういう予定はなし」
「学内でってことは、外部では歌ってるってことですよね」
俺は言葉尻を掠め取って尋ねる。先輩は、耳ざといなあ、と苦笑しなが答えてくれた。
「まあ、一応ボーカルレッスン受けてるし、そこで発表会とかコンクールとかあるしね」
「へえー・・・」
ボーカルレッスンなんてあるんだ、とは口には出さないが、正直驚いた。まあでも、先輩の場合、元々の声が綺麗なんだろうけど。
そんなことを考えていたら、先輩の歌を聴きたくなった。俺はおずおずと口を開く。
「先輩、さっきの曲以外になんか歌えますか?」
「あ、なんか聞きたい?じゃあ、時間もあんまりないし、一曲だけね」
嬉しそうに笑って、先輩はもう一曲、今度は人気女性シンガーソングライターのバラードを歌ってくれた。
その声は、初めて聞いた時と同じ、真っ直ぐで高く、透明できらきらした、柔らかい歌声だった。
作中で鈴歌が歌っている曲は、「なくもんか(いきものがかり)」という設定です。
最後に歌っているのは「恋焦がれて見た夢は(絢香)」をイメージしています。




