発熱
大丈夫と言っていたハナは食事が終わるや否や「寒い」と震え出した。
その頬は紅潮し、小さな身体は熱を持ち始めている。
朱殷は人の勝手がわからず、取り急ぎ胡座の上にハナを座らせる。
「朱殷、寒い」
「どうすりゃいい」
「あったかいからこのまま抱っこして」
ハナはケホケホと咳き込みながら、朱殷の胡座の上で丸まり暖をとる。
その顔があまりにも辛そうで、朱殷はハナを抱えながら居ても立っても居られなくなった。菰よりも俺の腹の方が温かろうと、横になり腹の上にハナを乗せるとそのまま抱きしめる。
(これじゃ動物の親子のようだ)
朱殷はハナの白髪を撫ぜながら。ある事を思い出す。
(あぁそうだ、西の供物に獣の皮があったな)
今すぐにでも西のドマへ行って獣の皮を手に入れたいところだが、このままハナを1人にしておくのは気が引けた。
ハナが落ち着いたら取りに行くかーーー
◆◆◆
ハナが寝静まった頃を見計らい、朱殷は物音を立てぬようにそろりと荒屋の外に出た。
ハナを抱えた姿勢でしばらく寝ていたので身体が固まっていたようで、グルリと肩を回し凝りをほぐしながら朱殷は自嘲するように笑った。
「一体俺はなにをしてるんだ」
そこにホーホーと年老いた梟の神が舞い降りて来た。
…そろそろ来ると思っていたが、案の定だ。
「厄神よ。上々ではないか」
「じぃさん、昨日もここにいただろう」
「ホーホッホッ。なんのことやら」
「相変わらず食えないジジィだ」
「良い良い。あの子に随分懐いたのぅ」
「あいつが俺に懐いたんだ」
「ホーッホッホ。そういうことにしておこうか。して、お前さんはこれからどこへ行く?」
以前、東のアガシャへ行くことを咎められた事を思い出した朱殷は少しばかり言い淀む。
しかし、こんなところで時間を潰している暇はない。
神子が熱を出して寝込んでいること、西の供物に毛皮があったのでそれを取りに行くことを手短に説明すると、梟の神は眉間に皺を寄せながら言った。
「人間は追い詰められると思いもよらぬことをする。悪いことは言わん。供物は捨て置き、何もするな」
「…駄目だ。今すぐに毛皮がいる」
「自分で狩れば良かろう」
「西のドマ取りにいくのが1番早い」
「東のアガシャは前々回は日照り神が、前回は疫病の神が訪れた。今回お前さんが何かしらの災厄をもたらせばそれがとどめになるだろう。手負の獣ほど恐ろしいものはない」
「今はそんなことどうでもいい」
何を言っても聞かない厄神に梟の神はため息をつく。
「よいか川の若き厄神よ。悪しき祈りは悲しみしか生み出さぬこと、ゆめゆめ忘れるな」
梟の神はそう言い残して飛び立っていった。
西の祭壇に着くと、果実などの食べ物は獣に食べられたのか跡形もなかった。しかし、毛皮はまだそこに残っていたのを見て朱殷は安堵する。
首飾りの対価として橋を壊したが、獣の皮の対価はどうしてくれようか。そんなことを頭の片隅で考えながら、朱殷は急いで東のアガシャにいるハナの元へと帰っていった。
帰り着いた途端にハナに毛皮を巻きつけ、再び腹の上に抱いて温め始めた。大きな毛皮はハナを包むには十分な大きさで、やはり取りに行って良かったと朱殷は心から安堵した。
夢現のハナは少し目を開けて「朱殷?」と呟く。
毛皮の暖かさが心地よかったのか、はたまた朱殷がいることに安心したのか、へにゃりと笑うとまた眠りに落ちていった。