嫌われ者同士の夕餉
(ーーーどうしてこうなった)
なぜ俺は飯が出来上がるのを待っているのか。
ハナと名乗った少女に飯に誘われてから半刻。
祭壇から少し離れたところにある粗末な荒屋に誘われた朱殷は胡座を組んで小さな炉の前に座っていた。
家は狭く、少し高く盛った土床には藁で粗く編まれた菰がひとつ。水瓶の横に枝組された入れ物と、大きな葉に包まれた物ががいくつか並んでいるだけ。
「もうすぐ出来るから待っていて」
ハナが食事の支度をしながら声をかけてくる。
その声色はとても楽しそうだ。
「なぁ、俺は別に飯はいらな「人と食事するなんて母さんが死んで以来だから話すのも久しぶり!ふふ」おぅ、そうか」
食い気味に被せるほどの喜びように、言葉を失う。
ハナは片手で収まるほど小さな黒曜石で草を刻む。
聞けば「食べられる草」と言う。
食べる必要もない厄神にとって、食事とは単なる興味でしかない。食わずとも死なないが、食おうと思えば食える。その程度。しかし、いつも供物と言えば木の実や米なので、草など食ったことはない。
草の味に興味を持った朱殷は、おとなしく飯が出来上がるのを待った。
「まずいな」
草はやはり草だった。
出てきた飯は木の実と草を煮立てたもので「ただの緑茶色の草汁」だった。
味は草だ。
草以外の何物でもない。
それでも朱殷は食べた。
もはや草への興味というよりも、咀嚼音を聞いて満足げな少女が始終にへにゃりと笑っているのが面白くて食べ切った。
自分を見て笑う人間に初めて会ったせいか、どうにも調子が狂う。
「ククの実。これは甘くて美味しいよ」
「おぅ」
ひとつまみほどの小さな赤い実を渡されたが、酸味のするその実は美味しいとは言い難かった。
「これも不味いな」
「滋養があるんだから残さず食べて!」
ハナは頬を膨らませながらも、ケラケラ笑う。
初めて怒られた朱殷は勧められるがままにククの実を食べるが…やはり不味い。
「なぁ、みんなと暮らさないのか?」
「神子だからここに住んでるの」
「そんなもんか」
「そんなもん」
全く謎の解けぬ返事に首を捻る。
疫神といえど人間の営みは理解している。
この時代の人間は4〜5人程度の家族が集まって30名程の集落を作り、首長が皆をまとめて協力し合いながら生活しているものだ。
それなのに目の前の少女は、この下流にひとりで住んでいるという。
鬱蒼とした森の中にポツンと建てられたこの粗末な家は2人入れば御の字程度の慎ましさだ。
「みんな、この白い髪が好きじゃないみたい。ずっと母さんと2人でここに住んでたけど…母さんが夏前に死んでからは1人で暮らしているの。でも、たまに村のおばぁが来て食べ物を持って来てくれてたのよ。夏の日照りで大変みたいなのか最近は来てないけど」
少女はどこか寂しそうに笑った。
たかが髪色ひとつで忌み嫌われているのか。
赤い髪を畏れ、
白い髪を忌む。
人間はやはり阿呆だ。
なぜか少女の寂しそうな笑いに無性に腹が立った。