嫌われ神子
森を5つ程抜け、大きな川を隔てたところにアガシャはあった。厄神はひとまず川上へ向かうと、その川辺に手をついて力を込めた。
「川よ、橋を壊せ」
淡く光った小さな波紋はそのまま広がる波となり、橋を揺らしていく。波は幾度も橋を揺らし続け、あっという間に崩れ落ちて流れていった。
それは西から東へ繋がる唯一の橋だった。
戦さとなって攻め込むにはその橋を渡るしかない。
「西は少し苦労すればいい」
クククと厄神ーーー朱殷は悪そうに笑った。
「誰かいるの?」
朱殷に声を掛けたのは、粗末な貫頭衣に身を包んだ少女だった。腰まで伸びた白髪に目がいく。年は10ほどだろうか。ヒョロリと細い腕と足が貫頭衣からのぞいている。
「アガシャの民か」
こくりと少女は頷く。
人外の美貌と、厄神である証しの赤髪ーーー
これまで厄神のそれを見ただけで気を失う者も少なくなく、多くの者は逃げ惑うのが常だった。
しかし少女は何の躊躇もなく話し掛け、顔色ひとつ変えていない。
「俺が怖くないのか」
不思議そうに少女は頷くが、朱殷と視線が合わない。
どうやら声のする方を向いているだけのようだ。
「見えないのか」
「生まれた時から盲いているの」
「ふむ」
朱殷は少女の纏う色を見て、ある結論に辿り着く。
白い髪
赤い目
人にしては卓偉つされた美しさ
人間の中には稀にその条件を満たした『神子』と呼ばれる者が存在する。
「神子か」
「村の人はカミコと呼ぶけど、わたしの名はハナ。
あなたは?」
「我が名は朱殷」
「しゅあん?素敵な名前ね」
少女はへにゃりと笑った。
それは朱殷がこれまで見て来た、媚びへつらいの笑いでも、畏れから引きつり笑いでもない、不思議な笑い。
疫神は神子を見るのは初めてだったが、確かに神の子と呼ばれるだけあって美しい。
「綺麗なもんだな」
神子はゴホンと咽た。
白磁の様な顔が紅潮し、耳まで赤くなっていく。
「自分の顔を見たことがないからわからないけど、初めてそんなことを言われたわ。朱殷って変な人ね」
未だかつて自分に対して「変」などという人間に会ったことがなかった朱殷は驚きのあまり絶句していると、少女は更に続けた。
「お腹すいてる?」
「は?」
「一緒に夕飯食べようよ」




