勇敢なる鉄塊3
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――これは守るために命を懸けたとある機械兵士の物語。
昔、機械の身体を持つ生命体が暮らす世界がありました。
機械の身体を持つ人は二つのタイプに分かれています。
一つは古い歴史の中でしかその名を見ることが出来ない人間を模したタイプ。
有機体で構成された身体は伝説の人間と同じく動植物など有機物を摂取することでエネルギーを自ら生み出すことが出来ます。
その器用に動く指先は様々な分野において重宝されました。
もう一つは機械型。
此方は無機物を基礎パーツとしており、エネルギーは主に外部供給。
特筆すべきはその不死性。
頭部さえ無事ならば何度でもパーツを変えて立ち上がることが出来るのです。
エネルギーが切れなければいくらでも動くことが出来る機械型は人間型には出来ない力仕事を行うのにうってつけでした。
二つのタイプが共存する平和な機械文明の世界はいつしか未曽有の危機に瀕します。
自然溢れていた世界は科学の急速な発展とともに減っていき、大地に眠っていた資源は次々と枯渇していきました。
数多く生み出される便利なモノと引き換えに動物や植物などの生命はどんどんその規模を縮小していきます。
有機生命体が減れば困るのは人間型。
エネルギーを満足に取れなければ構成パーツは壊死し、死んでしまいます。
仮に人間型が居なくなってしまえば機械型をメンテナンスすることが出来なくなる。
そうすると待っているのは事実上の死です。
世界はゆっくりと滅びへ向かっていきました。
そんななか、世界を恐怖と唯一の資源で支配した帝国がありました。
帝国は他に類を見ないほどの高い技術力を以って、世界でたった一つしかないエネルギー資源を開発。
同時に安定したクローン技術を編み出し、有機生命体の絶滅を阻止することに成功。
それにより滅びは回避しましたが、市場を独占した帝国はそれを笠に着て猛威を振るいます。
帝国は世界中の人々に恨まれました。
反乱を恐れた皇帝は決して裏切らない兵士を作り出します。
機械型のAIに特殊な電波による指示を出すスレイブシステム。
思考を操作する悪魔の如き所業。
もちろん問題もありました。
それは個別にスレイブシステムを起動するとAIと干渉を起こして異常をきたす事があった事。
なので帝国はスレイブシステムを統括するマスターマシンをさらに開発。
結果、兵士となる機械たちのAIへの干渉を阻害することに成功したのです。
これにより、対抗勢力は瞬く間に機械兵士たちに鎮圧され、帝国の天下となりました。
帝国が頂点となって暫く。
戦力として量産された機械兵士。
その中の一体として彼は生み出されました。
しかし、彼はほかのAIには無い特徴を持っていました。
それは優しくて臆病であること。
帝国の人間型技術者たちも首を傾げます。
微調整の為の戦闘訓練も逃げ出す始末の彼は使えないものとされ、スレイブ登録されることなく廃棄されてしまいます。
鉄くずに戻る順番待ちをしていた彼。
ですが、彼が居るスクラップ工場に一人の盗人が入りました。
盗人と言っても廃棄されるもの。
僅かなモノなら工場の人は気にも留めません。
盗人は彼のAIが入った頭部を発見すると自分の村に持ち帰る事にしました。
盗人は村でも機械型のメンテナンスが得意な人物。
こつこつ貯めた部品を瞬く間に組み上げて彼は再び身体を得ることが出来ました。
村は裕福とは言えませんでしたが、作物を売ったお金を工面して少量のエネルギーを購入します。
彼は農耕用として村の人気者になりました。
殆どの事柄が機械でまかなえるようになっても自然が無いと生きていけないのが人間型です。
市場に出回る肉類はほとんどが先も言ったクローン製品。
自然がほぼ壊滅した現代では僅かに残る天然ものは貴重で高価な代物。
帝都は元より、周辺国家にもそのわずかな天然ものを育て、繁殖させる畜産を行っている人々が居ました。
そのほとんどは肉体労働の上に、一定の動きしか出来ない機械は生物を扱う畜産には向いていません。
病気にかかったりアクシデントが起きた時に対応が難しく、仮にイレギュラーが発生したときに連絡を寄越すような機械を設置する余裕など農村地帯には無かったのです。
故に、彼のような機械型はとても農家にとって都合が良く、エネルギーさえ尽きなければ人よりも力強く働くことが出来るのは素晴らしい事。
人間型よりも手先はやや不器用ではあるものの、単純作業しか出来ないただの機械とは雲泥の差。
そう、農村地帯の人間型は時代や世界によっては農奴と呼ばれて虐げられる存在でした。
それでも仕事がある分マシであり、重いとはいえ成果を収めれば生活は出来ていました。
その後、彼が手伝うようになってからは作業効率が変わり、ほんの少しづつ彼の住まう村は豊かになります。
彼が動くエネルギーを購入しても村人全員に貯えが出来るほどになった時、帝国兵が村にやってきました。
ノルマを達成できない村は別の労力として帝都に連れて行かれる事はよくある事。
ですが、彼のおかげで村は潤い、ノルマが達成できなかったことなどなかった。
それなのに帝国兵は説明もなく村人を拘束して連れ去って行きます。
勿論彼も抵抗しましたが、銃を突きつけられると身体が怯えて動けなくなってしまいます。
彼は破壊されてその場に捨てられました。
動力が破壊されたために彼は意識を凍結させます。
ひと月、ふた月と時間が過ぎて行きます。
不意に村に数人の人型が訪れました。
数人の人型は村の中を見て回り、憤りを感じます。
そのうちの一人が村はずれに放置されている彼に気づきました。
大きな体躯は持っていくには適さない。
なので四苦八苦しながらも頭部だけを外して持ち帰ったのです。
彼は三度身体とエネルギーを貰って起動しました。
彼を拾ったのは帝国の支配に反旗を翻すレジスタンスでした。
彼は破損しかけた記憶を修復して何が起きたかを思い出します。
彼はその記憶をリーダーの人に話すとリーダーは連れ去られた人型が生きているという情報をくれました。
彼はレジスタンスに協力することを決意します。
その時、ふと気づきました。
敵に立ち向かう事の恐怖が薄れている事に。
いえ、薄れているわけではありませんでした。
より強い恐怖が彼の心にあったのです。
それに比べれば敵に立ち向かう事など大した問題ではありません。
それは失う事の恐怖。
何もせずに大切なモノを失うことの恐怖。
そんな思いをするなら精一杯抗って、それでだめなら笑って壊れよう。
メモリー内に豪快に笑う角の生えた身の丈ほどの刀を持つ男の声が響いた気がしました。
ですが、機械故にそんな事は一切ないと確信できます。
なのにどこか懐かしく、頼もしい兄が見守ってくれているように感じました。
作戦決行の日。
彼は陽動の為にエネルギー施設を訪れます。
リーダーはここに連れ去られた人型が居ると教えてくれました。
帝国にとっても重要なこに施設は陽動にぴったりです。
中に入った彼は愕然とします。
そこには連れ去られた人の他にも様々な所から集められたと思われる人型が機械から生えていたからです。
この施設は生きた人間型からエネルギーを抜き取って資源とする悪夢のような施設だったのです。
彼は機械によって生かされる人々から殺してくれとお願いされました。
施設ごと破壊する事でソレを叶えると約束し、彼は見事果たします。
施設が破壊されたことで帝国の重要な場所は混乱に陥ります。
彼らのように外部供給で活動しているロボットたちは残っていますが、それ以外のものは使えなくなっていました。
便利さにおぼれた帝国はそのほとんどが使えなくなった事で劣勢に持ち込まれます。
さらに嬉しい誤算は続きます。
命令系統の施設が止まってしまった事で隷属プログラムが暴走、彼ら機械兵のAIと干渉を起こし、焼き切れたために活動を停止。
残った防衛の人型兵士たちもほとんどが機械型頼みだったので戦闘なぞ久しく、瞬く間に鎮圧されていきます。
汚くも逃げようとしていた皇帝は、脱出経路を抑えられて囚われ、民衆の前にて処刑されました。
革命は成功したのです。
革命がなされ、皆が勝鬨を上げていたときにレジスタンスのリーダーはエネルギー施設を訪れました。
一向に帰ってくる気配のないロボットがどうなったかを確認する為です。
リーダーは彼をここに送り出した時から予感していました。
きっとあいつは共に往くだろうと。
施設の中心部についた時、地面に転がる彼の頭部を発見します。
遠目から見てももはや修復は不可能だとわかります。
革命の功労者の亡骸を拾い上げてリーダーは一人感謝を捧げました。
革命から数十年。
今の帝国は必要最低限の武力を以って中立国となっています。
有事の際にはどこの国にも支援を送る管理者としての傾向が強い中立国です。
街並みも変わっています。
そんな中、一か所だけ過去の様相を残している場所がありました。
革命がなされ、復興されたときに作られた噴水広場。
徐々に増えてはいますが、現在も数少ない緑がある公園です。
――自然保管平和記念公園。
ここに、ガラスケースに収められて大切に保管されながらも街の正門を見据える機械兵士が居ます。
そこは待ち合わせにも使われる観光スポット。
傍らに建てられた石碑には彼の偉業と歴史が刻まれていました。
――守護機神
革命の立役者であり、世界の為に存在を投げうった英雄。
もし人々が再度道を違えたなら彼は再び動き出すだろう。
そう石碑の最初に綴られています。
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ココはとある場所にある箱庭。
今はもう誰も訪れる事のない筈だったこの場所に生える一本の巨大な樹木「世界樹」。
その根本にある切り株に腰かけで本を読み続ける一人の紳士がいた。
その顔は朧気で、目の位置だけ穴を開けたようなシンプルなもの。
燕尾服に身を包み、一つ一つの文字をかみしめるようにページをめくる姿は優雅の一言。
すこしだけ騒がしくなってきたその場所で、彼は今日も本を読み続ける。
傍らでは少女がお菓子に舌鼓をうち、キラキラと光を反射する澄んだ湖の向こうでは青年が素振りをしていた。
変わったけれど変わらない日常である。
あくる日、いつものように三人が世界樹の下に歩いてくると世界樹を世話する巨大な鉄の塊が居た。
見たことがある巨体はせっせと水をあげて幹を拭いている。
三度目の水汲みに行こうと世界樹に背を向けた時にロボットは三人に気が付いた。
『お久しぶりです皆さん』