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パーティ会場。

『イメージキャラクター』

それは、そのブランドや商品を象徴する人物を指す、というのがわたしの認識だ。いわゆるラグジュアリーブランドなどでは『ミューズ』と呼ばれたりもする。石鹸じゃないからね、女神だからね!


美沙子さまの大切なビジネスの一つである、ブランドの子供服部門のイメージキャラクターなるものに、いつの間にかなっていたようだ。

と言っても、先の件があるので、媒体に晒されるようなことはないらしい。大々的な雑誌掲載や店舗のポスターになることは勘弁してもらいたい。


美沙子さま主催のパーティというのは、前回のことも踏まえて、本城家の迎賓館で行われるらしい。

貴彬から直接、招待状を手渡された天宮さんと違い、わたしは華恵さまから雄斗を通じて手渡された。最近は貴彬のほうから距離を取ってくれているのだ、実に結構なことである。


わたしはパーティ当日の午前中から本城のお屋敷にお邪魔していて、華恵さまと色違いのお揃いのお洋服を着せていただくことになった。

今回、着せていただくのは、秋冬物らしくウールとカシミアの混紡で、『スコットランド・フォーエバー』と呼ばれるシックなパープルに白いラインが特徴的なタータンと、『リンゼイ』と呼ばれるワインレッドに深いグリーンとネイビーの組み合わせのタータンのワンピースで、デザインは、大きく開いた襟ぐりを囲うように綿素材の白い襟が縫い付けられており、袖の部分はパフスリーブをそのまま長袖にした、プリンセスラインのシンプルな物で、色合いといい、デザインといい、わたし好みでひと目見て気に入ってしまった。

柄物のワンピースなので、靴はシンプルに黒で、黒のタイツを履いている。華恵さまはパープル、わたしはワインレッドを着ていた。


支度が整ったわたし達は、お屋敷本館の玄関ホールへと向かった。

貴彬と綾小路とは、ホールで待ち合わせということだったので、メイドさんに連れられて二階から降りて行くと……。

9歳男児のはずの二人は、なんと、子供のくせにスリーピースだ、と……。スーツを着ると三割増しとはよく言うけれど、子供にも当てはまるらしい。まぁ、二人とも子供ながらに立派なイケメンの片鱗を見せているので、当然かもしれない。

ちなみに、貴彬はサキソニーウールのダークグレーのスーツ、綾小路はウールサージの黒を華麗に着こなしていて、高貴なオーラが漂っていた。


そしてよりによって、本当によりによってなのだが、綾小路がパープルのタータンのタイ、貴彬がワインのタータンのタイと、ワンピースの生地とお揃いのものを締めているではないか。

なんということでしょう……これを、クラスメイトに晒すのか、人生オワターー万歳顔文字な気分だ。


前回の時は、不機嫌全開の貴彬に嫌々エスコートされたのだが、今回はなぜか大人しくわたしのエスコートをしてくれるようだった。変われば変わるものである。


「皆様方、そろそろ参りましょうか では、こちらへ」

榊さんの案内で、本館の東側に建つ迎賓館へと向かった。


迎賓館はコロニアル様式で建てられたもので、白を基調として、水色の屋根がある豪奢な建物だ。以前、ヘリに乗せてもらう時に一度見たことがあって、本館の立派な庭園がこちらにも続いている。

今の季節に咲くバラがそよそよと風に揺れて、甘い香りを放っている。我が家は日本庭園なので、今の季節は金木犀やシュウメイギクが咲いている。もう少しするとカラタチバナやツワブキも見頃を迎えるだろう。


招待客がやってくる少し前にこちらに準備された二階の客室の一つに案内される。一階は大ホールと小ホール、ビリヤード場まであるそうだ。一階では、たくさんの人が準備に追われているようだった。


「では、皆様、お時間までごゆるりとお過ごしくださいませ 貴彬様、何か御用がございましたら扉の外に控える者にお申し付けください」

「わかった」


「ねぇ、譲さま?」

「なんだい、華恵ちゃん」

「あちらのバルコニーから、お庭が見えるの バラがとっても綺麗だから一緒に行きましょう?」

「いいよ、見に行こうか」

キラキラ笑顔で華恵さまの手を引いて、綾小路はバルコニーから外へ出て行った。開け放たれたバルコニーへと続くガラスの扉からは、爽やかな秋の風が入ってくる。


取り残され、沈黙が続く部屋で、何とはなしに中を見回していると、貴彬が小さくため息を吐いた。

「母の趣味に付き合わせて、すまない」

貴彬の顔を失礼ながら凝視してしまった。似合わないことはしないほうがいいよとアドバイスしたいくらい、なんだかしおらしい。

「いえいえ、美沙子さまのブランドのお洋服は素敵ですから、着せていただいて嬉しいです」

「そうか、俺は少なくとも迷惑としか思わないが」

貴彬は本意じゃないのかぁ……まぁ苦手そうだもんね、こういうの。


「それに……」

貴彬が俯いてしまう。あれれ、本当に今日はなんだか様子が変だな、なんか悪いもんでも食ったか?


「あんな事があったんだ、断ってもよかったんだぞ?」

わたしの心配をしてくれるのかぁ……本当になんか悪いもん食ったろ?……いやいや、ここは真面目に受け止めておこう、せっかくの珍しい機会だし。


「せっかくご招待頂いたのですし、それに、あの事があったからこそ、なおさらですわ」

貴彬が不思議そうにわたしの顔を見る。


「嫌な思い出のままにしておくより、良い思い出に塗り替えてしまえばいいではありませんか」

わたし自身よりも、周りのほうが堪えただろうと思うのだ。今、華恵さまが元気にされていることが、本当に嬉しいしね。貴彬は「そうだな」と短く呟いて、言葉を続けた。


「大道寺、俺はお前には感謝しているんだ 万が一華恵だったらと思うと、本当に怖かった」

わたしにも雄斗がいるから、もし同じようなことがあったら、とても恐ろしかったと思う。だから、華恵さまをとても可愛がっている貴彬の気持ちはよくわかる。


「だからと言って、お前だったからよかったと思っているわけじゃない そこは…その……誤解しないでほしいんだが」

「そんな風には思っていません それに、本城さまが感謝のお気持ちを表してくださったことはよくわかっておりますから」

「そうか」


その後、また沈黙が続いたけれど、そう悪い空気ではなかった。バルコニーから華恵さまと綾小路が戻ってくるまで、案外居心地のいい空間で、わたしは秋の風を感じていた。



「そろそろお時間でございます」

控え目なノックの後、榊さんの声がすると、四人それぞれに立ち上がった。

華恵さまと綾小路に続いて、貴彬とわたしが出ていく。階段を下りて大ホールの扉の前で、榊さんから手を繋ぐように言われ、貴彬がひょいと手を出した。貴彬の左手と、わたしの右手が繋がれ、榊さんの合図で扉が左右に開かれる。


さざめくような人の声。招待客の大人たちと、クラスメイトや、招待客の子供もいるようだ。その中を貴彬にエスコートされて、美沙子さまが待つステージまで歩いていく。


「皆様、ご多忙中にも関わらず、本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます」

美沙子さまがよく通る声でマイク越しに挨拶をされた。美沙子さまの挨拶の間は、わたし達は傍らで手を繋いだままだ。

今回はホテルでのパーティでもないし、会社関係の方もほとんどいらっしゃらないので、大規模なホームパーティのようなものだ。商魂逞しい美沙子さまは、鳳仙の父兄の間で評判となれば、社交界でも自然と広まるだろうと考えたのだろう、口コミ効果って意外と高いからね。


内輪のパーティなので、前回のようにポージングだったり、作り笑顔で笑う必要もなく、美沙子さまの紹介に合わせて、華恵さまと綾小路、貴彬とわたしが前に出て、みなさんにご挨拶をするだけでいいようだった。だったら、わたしじゃなくてもよかったと思うのだけれど、綾小路の言葉を借りるなら『イメージキャラクター』だから、という理由なんだろう。そのブランドの服を着て歩き回るだけでも、多少の効果はあるらしいので責任重大だとも思ったけど。


その後は、生バンドの演奏の中、立食のパーティだったので、お皿に美味しそうなローストビーフやサラダ、サンドイッチを載せて、壁際に置かれた椅子に腰かけて黙々と食べていた。

今日は雄斗とお母さまは一緒ではなかったし、佐央里ちゃんの姿を見つけられなかったせいもある。


空のお皿をテーブルに置こうと歩き出し、ちょうど通りかかったウェイターに預けて、そういえばバラが綺麗に咲いてたなぁと思い出したので、庭に出てみようとホールを出て行った。


迎賓館と本館の前に広がる庭園は秋の青空の下、緑が目に眩しい。バラの甘い香りに誘われて、バラ園へと抜けると、四季咲きの色とりどりのバラが開花を迎えて、今を盛りと咲き乱れていた。

(綺麗……)こういう時に語彙が少ないのが腹立たしい。もっと違う表現、ぴったりとした言葉が思い浮かばないのか、まぁでも、綺麗なものは綺麗でいいのかぁと、割とどうでもいいことを考えながら、バラの花びらに触れてみると、ビロードのように滑らかで、美しい。


ここは人の家の庭だということも忘れて、バラ園に居座っていたら、何やら話し声が聞こえたので思わず身を隠す。いや、別に都合が悪いことをしてたわけじゃないんだけど、ほら、なんとなくだ、なんとなく。


「……んだ、こんなところまで……」

誰だろう、まだ距離があるのか途切れ途切れにしか声が聞こえない。盗み聞きみたいで嫌だなぁ、でもこういうのってちょっと聞いてみたい気もするなぁ……葛藤していたら、完全に出るタイミングを逃してしまう。アホや……。


「わたくしは……」

「……用がないなら、俺は戻る」

「そんなこと、おっしゃらないで」

「俺は大道寺のことで話があるからと言われて、ここまで来たんだ さっさと用件を話せ」

わたし?!な、なん、なんなんだ?!


声から察するに、天宮さんと貴彬だったけれど、話題の中心はどうやらわたしのことらしい。


「では、思い切って申し上げますわ 大道寺さまがなぜ、本城さまにエスコートされていらしたのです?」

「……はっ……そんなことか」

「大道寺さまと本城さまは何か特別な関係でもお有りなのでしょうか?」

「なんの権利があって、俺にそんなことを聞く?」

おーー久しぶりに冷え冷えとした貴彬の声を聞いたなぁ~…わたしは最近聞いてないけど。


若干怯んだらしい天宮さんだったけど、ここはどうしても聞いておきたいらしい、更に食い下がった。

「権利はございませんわ ですが、聞かせていただきたいのです、特別な関係でいらっしゃるのでしょうか?」

ここで一つ、疑問に思うのは、別になんの関係もないと一言言えば終了~なのに、なんで言わないのかな。

「何を以てして特別な関係というのか、俺にはわからないんだが」

「な……」

貴彬も結構、意地悪だよねーー話の流れからして色恋沙汰だってわかるじゃんか、フツー。

天宮さんもほんのりとした表現だからいけないと思うんだ、でもはっきり言いたくない気持ちもわかる、何かに負けた気がするんだよね、きっとそうじゃないかと思うんだ。


「お前の言う、特別というのはなんなのか、俺に教えてくれないか」

えーーーー貴彬、それはちょっと意地悪過ぎなーい?

「わたくしの言う特別は、つまり……」

「つまり?」

「お、お、お付き合いされてるということですわ!」

「そんなことか?……だったら違うな」

「そうですか……」

違うよ、付き合ってなんかないから。そもそも、貴彬と付き合う予定の人がこれから現れるからね!


天宮さんはほっとした様子だった。



……この男が爆弾を落とすまでは。


「だが、大道寺家に婚約の申し込みはしているぞ」


なんだとーーーーーーっ?!


天宮さんはわっと泣き出したのか、そのままバタバタと走り去ってしまった。あまりにもインパクトのある言葉に、隠れていたわたしも茫然としてしまう。


「いい加減、出てきたらどうだ? 案外、趣味の悪いことをするんだな」

げ、バレてたんかい……。わたしは諦めてバラの茂みからすごすごと顔を出す。


「ご存知だったのですか」

「ああ、すぐわかった 最もお前だと気づいたのはしばらく経ってからだが」

あーそうっすか、スーパープレミアムお坊ちゃんは気配も感じ取れちゃうんすねぇ~…。

というか!さっきの話、一体どういうことだ、わたしは聞いてないぞ?!


「それよりも、先ほどの話、どういうことですか?聞き捨てならない言葉を聞いた気がするのですが」

「聞き捨てならない?あぁ、婚約の話か?」

「そうです、わたくしは何も知りませんよ?それとも雄斗と華恵さまですか?」


そう、わたしとは限らないのだ、もしかしたら雄斗かもしれないし……話の流れ的にはわたしの可能性のほうが高いけど、この男は、わざと相手が勝手に誤解するように話を持っていく時があるから、わからないぞ。


「そうか、知らないのか では、しばらく知らないふりをしていてくれ」

「……は?」


「お前は本当に令嬢らしくないな 真顔で口を開ける女はお前くらいだ とにかくそういうことだ 俺は戻る」


ええーー、何ソレ、ちょっと、さりげにdisってんじゃないわよ、そんでもってはっきりしなさいよ、男だろーーー?!


わたしの心の声は当然相手には届かず、貴彬は颯爽と迎賓館へと戻って行った。









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