真莉亜と加恋。
その日は朝から憂鬱な気分だった。
パーティの日は、会場へ戻ると、佐央里ちゃんと同じクラスになってから仲良くなった愛美ちゃんが、わたしを探してくれていて、会えた途端に『可愛い』と褒めてくれた。
わたしはこういう時、勘違い女にはならない。褒められたのは洋服であって、わたし自身ではないことぐらい、ちゃんとわかっている。
そういえば、と愛美ちゃんが、何があったのか天宮さんがいつの間にかいなくなっていたと言っていた。真莉亜さまもいらっしゃらないし、どこへ行かれてたのですかと聞かれた。
バラがとても綺麗だったので、お庭を見せていただいていたと話したら、天宮さんと揉めたのかと心配しましたと言われてしまった。揉めたのはわたしじゃない、貴彬だ。もちろん黙っていたけれど。
だから、月曜日の朝から憂鬱なのだ。絶対、何がしかの出来事が待っている。あぁ~やだなぁ。それにしても『婚約』ってなんだ、家に戻って和室で寛いでいたお父さまに聞きに行ったら、苦い顔をされていたけど何も教えてくださらなかった。頑張って食い下がってみたけど、まだ早いの一点張りだった。
なんなんだ!
「はぁ~……」
長い溜息を吐くと、雄斗がわたしに向き直って一言。
「姉さま、溜息を吐くと幸せが逃げちゃうんだって」
……このマセガキめ!一体どこでそんな話を仕込んできやがった……雄斗は初恋の、たぶん女の子とうまいことやっているらしい。可愛い雄斗をたぶらかしおってからに!
「いいのよ、わたくしからは逃げ回ってるようだから」
すました顔で答えたら、気の毒そうな顔をされた。
学苑に着いて、恐る恐る教室へと足を踏み入れる。
一瞬、注目を浴びたけれど、何事もなく席まで辿り着いた。
「おはようございます 佐央里さま、愛美さま」
「「おはようございます」」
佐央里ちゃんの席の近くで愛美ちゃんがおしゃべりしていたので、早速その輪へ加わった。
「すごく素敵なお屋敷でしたわね!」佐央里ちゃんがまだちょっと興奮気味に愛美ちゃんに話しかけた。
「本当に!お料理もおいしくて、何より本城さまが素敵でしたわ~……」二人とも、貴彬の三割増しに恋する乙女のような、うっとりとした顔をしていた。
中身はアレだけど、外見は確かに非の打ち所がないからねぇ……。それに笑顔の破壊力はパネェからなぁ~あれこそ最終兵器だと思うんだ。
ガラッと扉が開いた途端、教室の空気が変わる。以前は遠巻きに見ていた子たちも、周囲に集まって、口々にお礼を述べていた。
貴彬は、鷹揚に返事をして席に着くと、おもむろに本を取り出して読み始めた。話しかけるな対策だろう、本を読み始めた貴彬を主に女子生徒がチラチラ見ているが、ガン無視だった。
男子生徒の何人かは、それでもお礼を言いに行っては何事か話している。貴彬は、意外にも男子生徒と仲が良く、綾小路といつも一緒だけれど、たまに違う男子生徒と何人かで話していることもあった。
予鈴が鳴るギリギリの時間になって、天宮さんが教室へ入ってきた。やっぱり元気がないみたいで、いつもの迫力あるウェーブも少々萎れ気味だった。
鳳仙は、品位を保持するという校則の元、パーマやカラーは建前上禁止なのだが、中には微妙にクルクルしている子だったり、茶色っぽい色の子もいる。
全員がパーマやカラーリングしているかどうかは知らないけれど、天宮さんのは明らかにパーマだった。よく似合ってるし、品位という点では問題ないんじゃないかと思う。
午後の授業が始まる少し前、教室で、天宮さんと仲良しの女の子から放課後、時間を取ってほしいと言われた。きたきた、やっぱり来たか。
「かまいませんよ どちらに行けばよろしいですか?」
「あ……え…っと、じゃあティールームで」
あら、そんな不特定多数が出入りする場所でいいのかしら?まぁわたしはどっちでもいいけど。
「ティールームでよろしいんですか?本当に?」
もしかして、ちゃんと場所を聞いてこなかったんじゃないかなぁと思って、もう一度確認したら案の定、オロオロしている。
「ご都合のよろしい場所に参りますので、放課後、教室におりますからお声掛けくださいな」
なんとなく気の毒になったのでそう声をかけると、とても小さな声で「すみません」と謝っていた。
彼女の名前くらいは知っている。確か清野さんだったと思う。天宮さんの仲良しのうちの一人だけど、ちょっと雰囲気が違うというか、カラーが違う子だなぁという印象だった。
ーーーー放課後。
佐央里ちゃんと愛美ちゃんは、すごく心配してくれて、一緒に待ちましょうかと言ってくれたけど、大丈夫だからと説得して帰ってもらった。
確実に昨日の件だってわかってるし。それにわたしは、誰かさんに知らないふりをしてくれと言われてるしね!
教室の扉が開いて、先ほどの清野さんが入ってきた。
「あの、大道寺さんをご案内するように言われて来ました」
「わかりました どちらに行くのかしら?」
「わたくしがお連れしますので……」
大人しそうな清野さんは、それっきり黙ってしまうと、教室を出ようとして振り返った。わたしは椅子からゆっくりと立ち上がると、大して急ぎもせずに清野さんの元へ向かう。
わたしはてっきり庭園か裏庭かと思っていたのだが、どうやら違うらしく、階段を上っていく清野さんに続いた。
「こちらです」
清野さんに案内されたのは、屋上へと続く扉の前だった。鳳仙はプレーリーハウスをモデルにした低層で左右対称の建物なので、屋上と言っても二階建ての屋上だから、そんなに高くはない。けれど、屋上の鍵は職員室保管だったんじゃなかったかな?
わたしが戸惑っていると、清野さんがふ…っと笑った。
「大丈夫ですよ ちゃんと先生には写生をするためと言ってお借りしてますから」
用意周到だなぁ、まぁいっか。さすがに突き落とされるようなことはないだろうし、落ちたとしても二階なら骨折くらいだろう…たぶん。
「わかりました 清野さんは?」
「わたくしはこちらでお待ちしております 先生がいついらっしゃるかもわかりませんし」
なるほど、見張りってことね~まぁいいけど。
屋上の扉を開けると、意外なことに天宮さんが一人で立っていた。てっきり他の女子生徒も一緒だと身構えていたわたしは肩透かしを食った。
「お呼び立てして申し訳ありません」
いつもの天宮さんらしくないなぁ、そう思いつつ「お話しとはなんでしょう?」と前置きはいらないよと暗に仄めかした。
「わたくし、お聞きしたいことがございます 大道寺さまは、本城さまの……婚約者でいらっしゃるのですか?」
もちろん、即答するよ、わたしは。
「いいえ、そんなお話は聞いたことがございません」
「では、本城さまが嘘をおっしゃっていると?」
あれだけはっきり断言してたからなぁ……でもわたしだって寝耳に水なのだ。お父さまだって『まだ早い、早すぎる』とブツブツおっしゃるだけで、何も教えてくださらなかった。
「本城さまの真意はわかりかねますが、わたくしも聞いていないものは聞いていないとしか言いようがございません」
「……わたくしを馬鹿にしているの?」
なぜそうなる?!
天宮さんは暗い瞳でわたしを睨んでいた。
「馬鹿になどしておりません 聞いていないものは聞いていないのです」
「そうやって、いつも、いつも……」
人に悪意を向けられることには、慣れていない。争い事は避けて通りたいタイプだ、だから、悪意を向けられることがあまりないので、こういう修羅場的なものはほとんど経験していない。こういう時、どうしたらいいかわからない……。
誰か助けてくんないかなぁ!ーーー無理ゲーですね、わかります。
「自分が特別だと思っているでしょう?わたくしなんか、名前を覚えていただくだけでも一年かかったのよ?!それなのに、あなたは……」
「あなたは、本城さまがいつもいつも目で追っていることにも気づいてらっしゃらない、こんな鈍感で見た目にも全く気を遣っていない人と婚約ですって?!ありえないわ!」
……結構、言いたい放題言ってくれるではないか……。当たっているだけに何も言い返せないけど。っていうか、いつも目で追ってる?なんだそれ、キモいわ。
でも、天宮さんはいつも貴彬を見てるから、そういうことにも気付くんだよねぇ、恋する乙女なんだなと思うと、やり方は気に食わないけど、ちょっと羨ましい気もする。
前世のわたしは見ていることしか、出来なかったから。
だが、あまり言いたい放題されるのも好きではない、これはどうしたものか。
「でしたら、本城さまにそのまま、おっしゃればよろしいのでは?」
「え……」
「わたくしは、鈍感で見た目も最低なのでしょう?婚約など、ありえないとおっしゃればよろしいのでは?」
「本城さまにそんなこと言えるわけが……」
「天宮さまが、わたくしにどのような感情をお持ちなのかは、よくわかりました ですが、わたくし自身は本城さまから婚約のお話は聞いておりません 本城さまがどうおっしゃっているのか、わたくしは存じませんので、天宮さまが、婚約などありえないと本城さまにおっしゃるのが筋ではないかと思うのですが、いかがでしょう?」
淡々と、何の感情も込めずに、天宮さんを見据えて言い切った。
天宮さんは、わたしがビビッて泣き出すと踏んでいたのかもしれない、一瞬呆けたような顔をした後、顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
「そういう態度が馬鹿にしてると言ってるのよ!!」
そう言い終ると、わたしにツカツカと歩み寄って右手を振り上げた。お、ビンタ張るつもりなんだ、まぁ受け取ってやろうかとあえて避けなかったのだが……。
目を瞑っても、一向に痛みはやってこない。
……あれ?
目を開けると、天宮さんの右手首は、綾小路に捕らえられていた。
ーーーーいつの間に!!
「女の子が暴力なんて、関心しないなぁ 天宮さん、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
キラキラ笑顔で言いながら、強い力で捕えているのか、天宮さんが苦痛に顔を歪めていた。
天宮さんが力を緩めると、綾小路も手を離し、天宮さんは今度は目にうっすらと涙を浮かべ、綾小路にまくし立てた。
「綾小路さま、怖かったです わたくし、大道寺さまに虐められて、怖くて思わず……」涙声で切々と綾小路に訴え出した天宮さんに、わたしは口あんぐりだった。
「天宮さん、僕はね、嘘つきが大嫌いなんだ」
キラキラ笑顔のまま凄むと、物凄い迫力が付加されるということに、今日初めて気付いた。怖い、めっちゃ怖い!!
今度は真っ青な顔になった天宮さんは、一刻も早くこの場を離れたかったのだろう「わたくし、用事を思い出しましたわ」と言って屋上を出て行った。後にはわたしと綾小路が残される。
「綾小路さまは、一体どうやって屋上にいらしたのです?」
「第一声がそれなの?助けてあげたんだから、お礼くらい言ってくれると思ったのに」
クククと笑いながら綾小路は楽しそうだ。
わたしはちっとも楽しくないけどな!
「助けてくださって、どうもありがとうございます」
「全然感情がこもってないね まぁいいや、どういたしまして」
腑に落ちない表情が出ていたのか、あっさりと種明かしをしてくれた。
「職員室の上に理事長室があるのは知ってるよね?」
この校舎は真ん中の建物だけが四階まであり、職員室は二階にあるのだが、会議室が三階、その上に理事長室がある。
「ええ、知ってますけど」
「お祖父様に呼ばれて、理事長室にいたんだよ 理事長室からは校庭も庭園もよく見渡せる、もちろん屋上もね」
「でも、屋上への扉が……」
「理事長室から直接、正面玄関に出られる階段があるんだよ そこから屋上にも出られるんだ」
「そうだったんですね……」
「理事長室から君たちが屋上にいるのが見えたから、面白そうだなぁと思って」
キラキラに騙されてはいけない、こいつは腹黒じゃないか!
「だって面白い組み合わせじゃない?いつも君を射殺しそうなくらい、憎々し気に見てる天宮さんと君が二人っきりだなんて」
「射殺しそう?」
「そうだよ、気付いてなかったの?君って鈍感なんだね」
ハハハと楽しそうに笑う綾小路を見ながら、わたしは密かにショックを受けていた。
鈍感認定なんて、嬉しくない!!




