1話 私は絵を描いているだけ
毎日生きて、好きな絵を描いていたいだけなのに日常が変わっていく。
始めに出会うのは警官の男。正義感があり、町外れの女の子を心配するほどの器量の持ち主にみえた
見晴らしのいい丘の上。私の筆はこの上なく好調に動いていた。
「この木を描いてるなんて、どんな物好きに頼まれたんだ?」
聞きなれない男の声。
気持ちよくキャンバスに滑らせていた手を思わず止めた。
私はイーゼルにおいてあった小さな刃物に左手を伸ばした。
仕事の合間にこの場所で絵を描くのは7日目だが、誰かに声をかけられたことどことか人影すら見たことがなかった。
右手に鉛筆、左手にナイフを突き出しながら声の方向を振り向いた。
光を一切通さないマントに高い帽子、そこには警官の格好をした男が立っていた。
私はあわてて左手に持っていた刃物…もとい鉛筆削りをイーゼルに放り投げた。
こんなところに警察とは珍しいとじっくり上から下へと見てしまう。
この国では警官はマントの長さが階級だと耳に挟んだことがある、思わずその長さを確認する。
腰まであるかないか…これが長いのか短いのか全然わからない。
「邪魔してしまったかな。」
上から下までじっくりと見られることを照れているのか、不審者として見られていると思われているのかわからなそうな表情で警官の男は苦笑いを浮かべた。
警官の男は私が彼を見たように、私の書いたキャンバスの絵と目の前にある木を交互に眺めていた。このとき初めて服装じゃなく顔をのぞいてみたが帽子の陰に隠れた表情はとても若く警官は20にもなってなさそうな男だった。
髪は帽子に隠れていたが眉が金色であることから、勝手に短髪の金髪と想像する。なかなか似合いそうだなと思える清潔感のある顔立ちをしていた。
私は彼をじっくりと観察したわけだが、その間彼はずっと私の絵を見ていた。私は自分の未熟な絵を穴が開くように見られていることを少し恥ずかしくおもい、彼から受け取った言葉のキャッチボールで気をそらさせようとする。
「いえ、そんなことはないです。」
「ここの人間はあんまりここには近寄らないんだ。」
なんでですか?そう聞くことを私はためらった。もしも話を聞いてしまって近寄らないことにした場合、それは今描き掛けの絵が完成しないことを意味するからだ。なので、私がここにくる理由を語ることにした。
「ここから眺める景色はこんなにいいのに。」
「ああわかるよ。それに、ここは月が2つ見える時がある。すごい綺麗なんだ。」
何かを懐かしむように空を見上げていたので釣られて空を見たら太陽の光がとてもまぶしくて思わず目をつぶってしまった。
きもちいい太陽の光を感じながら先ほど彼が言った幻想的な話が気になった。
「月が二つですか?えーと、湖に写ったとかそういう話ですか?」
「どこをどう見たらここに湖が出来るんだ。一面草原だ。」
「雨が降って、一面にたまるとか。」
「ここより低い町は大洪水だな。」
警官の人にハハハと笑われてしまった。
「俺はちょっとよっただけだからな。お暇するよ。月が綺麗とか俺が言っといてなんだか、あまり安全と はいえない。遅くまで残らないほうがいいぞ。」
そういって、警官は西門のほうに帰っていった。
確かに、町の南にあるここはとても来づらい。町には東西南北全てに門はあるが南門は基本的に開いていない。
目の端に入ってきた時計台を見て、思わずポケットから自分の時計を取り出して時間を確認すると午後の仕事の時間だということに気がついた。
私はお店に戻るために画材をまとる。
もう一度空を見上げたが太陽はひとつだった。
今日は仕事を早めに上がらせてもらって、月を2つ見てみたいと思いながら東門に向かって歩き出した。




